第11話 夏の祭典2

 私たち華星中学女子剣道部は個人戦と団体戦ともに市大会、県大会を突破して、8月初めの近畿大会に駒をすすめている。

 私、江ノ本は全中予選では個人戦と団体戦両方にエントリーしている。団体戦では大将を務めさせてもらっている。


 剣道の団体戦は1チーム5名で、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順に戦い、点取り戦で勝敗を決める。すなわち先に3勝したチームが勝ちとなる。個人戦は当然ながら1対1での対戦で、3分間、3本勝負、すなわち2本先取した方が勝ちとなる。ソフトテニスと違って勝ち負けのルールはいたって単純だ。


 我が校を含む、各府県大会を勝ち抜いた百を越える団体のチームが今日1日で雌雄を決する。決勝まで進む場合1日で5~6試合をこなすことになる。まあ、決勝に進むような人は日ごろから厳しい鍛錬をしているから、それくらいまったく問題はないだろう。


 さて、今日の団体戦は8つの会場に分かれて試合が進められている。私たちは第5試合場で、さきほど3回戦を終えたところで準々決勝進出を決めた。私は今のところ出番がない。先鋒から副将までで勝敗が決まってしまうからだ。

 こんなことを言ってはいけないのは重々分かっているのだ。だから声に出したりは絶対しない。

「退屈だ」

 一年のときは先鋒だったし、2年の時は中堅だったから勝っても負けても全部の試合には必ず出場できた。団体戦で私自身は負けたことはないし、試合と試合の間は十分に休憩できるから疲れるなんてこともない。

 今年も正直もっと戦いたい。まあ、大将の出番前に負けるよりはいいけどね。

 そう言えば団体戦に先立って2週間前に行われた個人戦は楽しかった。決勝でこそ延長戦になったが、それまでは1本もとられずすべて2本とって勝った。


 一回も戦わないままお昼休憩。やっぱ物足りない。お弁当を広げながらそんな思いが頭をかすめる。

 お昼ご飯を会場で食べないで(食べてもいいけど)去っていくチームもいることを考えると贅沢なことを言っていることは重々承知してはいるんだけど。


 今年の近畿ブロックの予選会は京都のサンライズヒル運動公園内の体育館で行われている。偶然だけど、土屋情報によるとソフトテニスの近畿大会も同じ公園内のテニスコートで行われるらしい。


 準々決勝。相手は名前を聞いたことがない高校だった。事前の戦歴の情報はない。こういう高校がときとして化けることがあるから要注意であることは承知していた。でも先鋒、次鋒がそれぞれ勝って2勝したところで、また私の出番はなさそうだって思った。私はそのとき相手を甘く見ていたのだ。

 続く中堅、副将戦で連敗して2勝2敗で大将戦となった。我がチームの副将は強い。自分が言うのも何なんだけど、私と大差ないくらいの実力者だと思っている。その副将が負けたか。大将はもっと強いやつが出てくると考えるのが妥当だ。私は久ぶりにわくわくしてきた。


 正座したまま防具を付け、準備を整えながら相手大将の様子をそっと伺う。立ち居振る舞いである程度その人の実力は判断できると私は思っている。この人は強い。直感的にそう思った。

 私は元来、間合いをとって見合う時間が長い戦い方が好きではない。どんどん攻めまくりながら相手の隙を見つけて一本とるのが私の戦い方だ。でも、この相手はそうは簡単に攻めさせてくれなかった。攻め込む隙がないのだ。互いに手は出すが決め手がなく、鍔迫り合いの時間が長くなる。

 鍔迫り合いからの引き際、相手が私の懐に飛び込んで逆胴を打ち込んできた。すんでのところで体を引いたので有効打突にはならずにすんだが、かなり際どい一瞬で冷汗が出た。

 でも今の一撃で分かった。相手の得意技は逆胴だ。そのチャンスを待っていたのだ。さっきの一撃で一本取りたかったんだろう。そしてその逆胴を打つ際に右脇に隙ができるのを私は見逃さなかった。

 私はもう一回逆胴を打たせようと誘いをかけることにした。それは一歩間違えると今度こそ一本とられかねない危険な行為であることは百も承知だが、それ以外に決め手が見つからない。

 逆胴をはずされて、相手も決め手が見つからなくて焦れているらしく、ついに相手は私の誘いに乗った。一気に間合いを詰めて私の竹刀を払うと懐に飛び込んで逆胴を打って来た。今度は予想していたからすんでのところで受け止めてうち落とし、そのまま相手に胴を打ち込んだ。

 「一本!」審判の旗が上がった。その後、互いに決め手がなく時間切れとなり、この1本で私の優勢勝ちとなった。


 後になって分かったことだが、この準々決勝が事実上の決勝戦だった。その後の準決勝、決勝は我がチームの圧勝で、私の出番はなかった。

 トーナメント方式って優勝者は一番強いと言えるけど、2位以下は組み合わせの対戦順によって変わるだろう。優勝者と早くに当たってしまった者はそこで終わるわけで順位すらつかないのだ。敗者復活というものはない。非情とも言えるが、剣道に限って言えば、元来が人と命の遣り取りをするものなのだから、強い相手に当たったらそこで命は終わるわけで、次はない。

 我が華星中学校の女子剣道部は私の属する団体1チームと、個人1名(私)が全国大会へ出場することとなった。



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