第6話 江ノ本 瑞希(E)
バレンタインデーの翌日、私は泣きはらして瞼をぱんぱんに腫らした上に、目の下に黒いクマを作ったひどい顔で登校した。私は声をかけるな!オーラを全開にして自席に座ってじっと机を睨んで俯いていた。それなのに空気を読まないで声をかけてくるやつがいた。
「土屋」
この声はあいつに違いない。無視して俯いていたら丸めたノートで頭のてっぺんをぽこんと殴られた。
「何暗くなってんの?失恋でもしたのか?」
顔を上げてそいつの顔を睨みつけたらせっかく止まっていた涙が再び目から溢れ出して頬を伝い、机の上にぼたぼたと落ちた。丸めたノートを手にして腕を組んで突っ立っていたそいつは、そんな私を見てぎょっとした顔をした。いい気味だ。もっと慌てろ。自分が発した言葉の意味をよーく考えて反省しろ!
私はそいつを睨みつけたまま、涙が流れるにまかせていた。そいつはポケットからハンカチを取り出して私に渡そうとしたが、私は受け取らなかった。ただじっと睨みつける。そいつは渡すのを諦めてハンカチで私の頬をぬぐった。
「あー、まじか……ごめん。泣かんといて。な、な、お願い」
慌ててる。ざまあみろ。いい気味だと思ったら涙は止まっていた。
昼休み。私はそいつと2人でグラウンドの隅のベンチに並んで座っていた。私はそいつにお兄ちゃんとのことを全部、何もかも、つつみ隠さずに話した。私は私の心のうちを誰かに聞いて欲しかったのだと思う。長い年月かけて膨れ上がった私のお兄ちゃんへの想いを。
「江ノ本はぶっちゃけどう思う?妹が実の兄に恋するって」
そいつの名前は江ノ本瑞希(みずき)。ショートヘアで女子としては背が高く大柄で剣道部に所属している。
「うーん……」
「気持ち悪いやろ?」
「別に気持ち悪くはないかなあ。男と女やし。兄妹ってだけで」
その答えはちょっと意外だった。絶対気持ち悪いって言われるかと思ってた。
「私は兄弟おらへんから分からんけど……別にええんとちゃうかな、妊娠さえしなかったら」
「え……そこまで考えてたん?」
「あ、ちょっと深く考えすぎたかな。けど本当のところ、赤ちゃんさえできひんかったら本人たちだけの問題やろ。人に言わんかったら分からん訳やし。ちゃんと避妊さえしたら別にええと思うけど」
私はひどく顔が火照ってくるのを感じた。それを隠すように話を振った。
「江ノ本は男の人、好きになったことあるん?」
「ない」
やけにきっぱりした答えだった。
「私、同性愛者やから」
「え?」
「あれ、分からんかった?つまりレズビアンてことなんやけど。『LGBTQ』で言えば『L』やな」
私はそっと座っている位置をずらせて江ノ本から距離をとった。
「そんなに露骨に避けられると流石に傷つくんですけど」
そっとやったつもりなんだけど分かっちゃったらしい。
「安心して。土屋は私の好みのタイプやないから。迫ったリせえへんよ」
「江ノ本が、その……レズ……だってことはみんな知ってるの?」
「そんなわけないやん。誰にも言うたことないし」
「何で私に言うの?」
「あんたが重い話するから、私も重い話をしただけ。お返しや」
お互いの秘密を伝え合ったってことか。この子、意外といいやつかも。
「けどな、近頃は性の多様化を認めようって風潮やろ。LGBTQって言葉もよく聞くしな。でもその中に近親相姦って含まれてないやん。そやから近親相姦ってやっぱかなりやばいことなんやで」
江ノ本は私の目をじっと見、したり顔でそう言った。
「相姦はしてないから!」
私は思わず突っ込んだ。
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