14話:旅立ちの前に
──2026年 12月2日 水曜日 18時19分。
「……
この
退勤時間は過ぎているにも関わらず書き続けるのは、職場の方が身を引き締められるからだ。
担当の事件でも何でもないのだから
友人や家族、産まれたばかりの甥を殺されといて何も感じないなど感情まで冷徹になれる訳が無い。
──にしても……午前に行った
勇威は提出した調査報告書や撮ってきた写真を見直し、現場で見た記憶を遡りだす。
通報された場所は特に事件性があるとは思えない、変わり映えもしない普通の公園だった。
そして撮っていた画像をパソコンの画面に広げ、勇威は顎に親指と人差し指を置いて眉を狭めだす。
「この跡は一体何なんだ……?」
アスファルトで舗装された道路に、二センチ程度の凹みを中心に罅割れている箇所が幾つか発見されていた。
舗装表面全体の経年劣化にしても
周りの住民に聞いても『銃を撃ったような大きな発砲音も聞こえていた』と言うが、実弾の薬莢らしき物も転がってはいない。
──何が起きていたのか誰も視ていない事も
「……今日はもう帰るか」
──今日の夜飯はいつものとこで済ませるとして、その前に……。
勇威はスマホの画面を視て
※
──2026年 12月2日 水曜日 18時43分。
「ん、んん……」
「……ん?
おはよう
重い両
暁に染まっていたはずの街は既に星と月以外の光を失い、彼女の白桃色の長髪と傷だらけの白肌を不思議そうに見下ろしてくる街灯と民家から毀れ出す電気のみが夜の闇を照らしていた。
住宅街の中、車椅子をゆったりとした速度で押してくれているのは
「今どこに行ってるの?」
「……俺ん
彼の言葉は深く、低い聲で背中越しに聞こえてくる。
「お泊りするの?」
「いや、お前の母さん探すのに必要な物とかを取りに行く。
大丈夫すぐに済む」
まるで誰にも聞こえないよう相槌をするみたいに話す彼に、代わる代わる様々な街灯に長髪を照らされていた加密爾列は「うん」と静かに頷いた。
「なぁ」
横から寒風が吹いて、防寒着を着ていなかった李羅は少し体を縮こませると李羅が静かに聲を掛けてきた。
先程からまるで元気の無い彼に、加密爾列は「はい」と返すのみ。
「お前ってさ、
李羅と加密爾列の間に一瞬会話が失う。
鉄で作り上げた巨人の様な
右腕のみに装着される
手足を伸ばして何十台の戦車すらも撃退出来る
加密爾列はIIへと変身し、其の二種類になれるのであれば完全態の完全装備状態になれるのかもしれない。
そういう確認だった。
二人の間を夜風が何の権限もなく通り過ぎていくと、彼女は傷が付いた唇をゆっくりと動かした。
「なれる。けど」
「……けど?」
「疲れる」
「……そっか」
一人表情も変えずに納得する李羅に、どうして聞いたのかと其れ以上加密爾列も問おうとはしなかった。
聞いた所で自分は
何も考えず、無垢のまま、人殺しの手伝いだけをすれば良い。
幾ら
綺麗なままいつも通り、気ままに、人の言う事を聞いていれば良い。
加密爾列はそう思いながらも、押される車椅子に身を任せて車椅子のシートヒーター温度を上げた。
※
「
アパートの敷地内にある茂みに加密爾列と車椅子を隠し、彼女が李羅の言葉に
──この時間はほぼ帰ってきてる。荷物って言ったって多少の食料と飲み物だけだから其れと上着を回収して、三分以内に家からは出たいが……。
部屋の前に着き、扉のドアノブに触れると鍵が掛かっていない事を確認して物音を立てぬよう室内へと入って行った。
すると台所の横にある風呂場から勢いの良いシャワー音が響き渡り、李羅は自身の心音が弱まるのを聞きながら『好都合だ』と思いリビングへと向かった。
──だからって、のんびりしている暇もない。荷物を早く纏めなきゃ。
掛けていた黒のジャケットを着て、
──賞味期限が一ヶ月後までのマシュマロ……いつ買ったか覚えてない。だけど加密爾列は喜びそうだな。
「疲れには糖分が必要って聞くし……」
何気なくそんな事を呟くと、李羅は少し自分が嫌な奴だと実感した。
今後、敵が追ってくる可能性は高い。その時己の力だけで振り切るのは不可能だと言う事は彼自身二度に渡る戦闘で理解していた。
だからこそ強靭な性能を持つ、彼女は必要不可欠となる。
……其れだ。
──結局は、俺も
明らかに人以下の物の扱いをしている自分自身の哀れさに嫌悪し、他の食事を探すが──
毎日、買って食うか自炊するかの二択なのだから。
残る問題は資金面だが、加密爾列の様に家にある金を取るというのも考えたが李羅には出来なかった。
人が殺せて金は盗むことが出来ないという、己の倫理観が欠如し始めている事に気付きながらも李羅はバックを閉めて狭い廊下へと歩き出した。
スマホの着信履歴を開き──午前中に何度も母親からの着信来ていたが午後になると一通も来なくなっているの再確認し、シャワーというノイズが響き続ける暗がり廊下を歩き、玄関で靴を履こうとする。
──家を出る前に玄関前にスマホは置いてって、アプリのメモ機能で『千葉に行ってきます、当分帰って来れませんがちゃんと帰ってきます』って残しとくか……母さんは警察に連絡はしない性格だから、警察沙汰になるとは思わないけど──
「李羅?」
凍てついた空気に重力が加わり、李羅を囲むように溢れてきた悪感が脳天から侵入し尾骶骨へと駆け巡りだす。
彼の名を呼ぶ
少々目を見開いたまま、
風呂場の扉越しに其れは響いて来た──壁は薄く、様々な音が響きやすいため扉越しでも繊細に彼女の聲が聞こえてきたのだ。
怒ってる訳でも、悲しんでいる訳でも喜んでる訳でもない、
『早く逃げなくちゃ』──そう思い、李羅は急いで靴を履き出そうとする。
「待って李羅、待って、行かないで李羅、ちょっと話そ、ね」
音を聞き取ったのか慌てた様子で停止を呼びかけながら、着替える音が聞こえてくる。
彼女の言葉に金縛りを掛ける呪いでもあったのか、李羅の脚が固まり動き出すことが出来ない。
そんな物は人間が作り出す幻想、早々に忘れて加密爾列のもとへと逃げれば良いのに其れが李羅には出来なかった。
そして、建付けの悪い扉は──
ギィィ、と歯軋りの様な音を鳴らしながら開きだした。
電気すら付いてない暗がりの部屋から覗き込むように、李羅の母親が貌を出す。
服を急いで着たせいか身体や髪は濡れたままで、衣類や床に水滴が付着していたままにも関わらず彼女は拭こうともしない。
家を空けて約一日ぶりに会った母親の貌は──年齢を感じさせる老いた容貌を感じさせ、何度も泣いたのか眼の周りを赤くして
李羅は鼻から吸い出す酸素が重く感じ、自分を産んだ母親の
「李羅……先生の娘さんといるって本当?」
重たい空気を吐きながら、母さんはそんな事を聞いてきた。
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