11話:マイナス50m抗争【肆】
人が目の前で焼けて灰になっていく光景に
突然の焼身自殺に、言葉や絶叫すらも出す心の余裕は無かった。
心臓や脈の
加密爾列専用病院の廊下は、既に視界上に広がる業火の路と化しており、何処もかしこも灼熱と黒煙からなる二酸化炭素で溢れて
「火災報知器とか、作動してないのか……」
天井から火災を消すための放水が一向に来ない、となれば敵が作戦に失敗した時に予め仕組んでおいてたのだろう推測はつく。
業火に侵食されていく部屋の白を見渡しながらも廊下を走っていると、資料やパソコンが
灰になったデータは無論回収は不可能、そして加密爾列の部屋へと繋がっている部屋に戻るのも難しい。
加密爾列に導かれるままに炎の中を奔り続け、李羅は問う。
「……何処へ向かってるんだ? 出口、で間違いないんだよな?」
病院には専用駐車場があるから、
──The hospital has its own parking lot, we'll leave from there.
彼女から送信されてくるの文字に李羅は頷き、呼吸をなるべく抑えながら進んで行くと白い自動扉の前へと立つ。
「……?」
すると、李羅の左腕と両脚に装備されていたIIが泥のように溶け出すと、右腕へと集合して
「そうか……入り口が狭いもんな」
目前にある出口は入れて人間一人分、であれば此の姿が正当であろう。
脚を前に出して、地下駐車場と繋がる扉が開いて躰を出した瞬間──乱射の嵐が李羅を襲い、咄嗟に近くに駐車してある大型車両へと身を隠した。
「──ッ⁉ くそ……敵がまだいる!」
三台程車が駐車できる通路に、鉄人と犬型の機影が視覚できる。
「どう突破すれば……また四肢装備に? でもこの数を突破できるか……」
接近してくる敵機の駆動音に冷や汗を流し、焦燥していると加密爾列によって動きだされた右腕が車のリアバンパーへと触れだした。
すると誰も乗っていないはずの車にエンジンが掛かりだし、李羅の前で発進し始めた。
突然の出来事に驚く様子を見せる敵群だが攻撃の手を止めず、車に乱射している隙を突いて加密爾列は李羅の躰を誘導した。
「おい、何したんだよ」
ちょっとだけ動いて良いよ、ってしたの。
──I told the car to go wild for a bit.
「……ほんと便利」
呆れると同時に感心しながらも、李羅は導かれるまま何もないコンクリートの壁の前に立つと右手を
予想外にも繋がっていた道を通って行くと、目前にはエレベーターと玄関で充電されていたはずの加密爾列の車椅子が妙な事に配置されてあったのだ。
あの車椅子は、私の生態を察知して地下を通じて自動的にこっちに来てくれるの。
──That wheelchair senses my biology and automatically comes to me.
李羅が疑問を言葉にする前に答え、「そうかよ」と返しながら李羅は再び四肢装備へと加密爾列を装備し、車椅子を担いだままエレベーターへと入って行った。
何するの?
──What are you doing?
「このままエレベーター使って一階まで動かしたら敵にまた攻撃をくらうかもだろ。
だから……そらッ‼」
左主腕を
「お前のおかげで暗くても見えるけど、何階とかはわからないから教えてくれよ」
わかった。
──OK.
抉じ開けたエレベーターの光に下から照らされながらも九十度の面を車椅子を持ったまま闇雲に登り続け、李羅は額に汗を感じ目に入りそうになりながらも突き進んでいく。
そこ、一階。
──There, ground floor.
「──はぁッ‼」
言われるままに目前に視えた扉を両脚で蹴り込むように突破し、壊れた扉の上に立つと──
唖然とした表情を浮かべる警備隊たちが
「どけっ‼」
IIすら身に着けていない者達の攻撃を光障壁で塞いで照明弾の様に爆発させると、奥にある扉を突破して外へと脱出。
すっかり夕に暮れていた空の下、隠し通路周辺を包囲していた方の警備隊たちをも突破して李羅は空へと飛び跳ねて行った。
──2026年 12月2日 水曜日 17時02分
茜色に色変った空下、救急車が三台並んで奔っていた。
行先は今健在火災報知器が
今頃、マンションの前では『何事か』と集まった見物客により人だかりが出来ているころだろう。
李羅は人気が無い暗がりの路地へと身を隠し、遠く離れた場所からマンションを口おちそうに見上げていた。
深く溜息をしながら背中に隠し持っていた資料を取り出す。
しかし、肝心な物は血や切り傷で塗れていて読める部分が半分以下となっている粗末な状態だった。
「クソ……侵入したのに成果は此れだけか……」
靴を回収する間も無かったので靴下のまま外を歩き、破れて血痕が付着したシャツやジーンズでその辺を徘徊する訳にも行かずこうして動かないまま十分の時が過ぎていた。
そして、先程驚いたのが切られた負傷したはずの
戦闘時に服
──これもきっと、加密爾列のおかげなのは間違いないはずだけど……。
そう思いながら、
まるで全身に疲労が溜まっていると言いたげな表情で、虚ろな眼をしながら
「……今後、どうしような」
李羅がそうポツリと呟くと、静かに桜色の唇が開きだした。
「……遠足……行きたい」
「……遠足……」
彼女の言葉を静かに繰り返す。
すると、加密爾列の双眸からぽろぽろと大粒の飴の様な涙を溢れだして、傷だらけの頬と膝を濡らしだした。
「
──ていうかこんなボロボロな物返せねぇよな。
泣きじゃくる子供の様に、いつかこんな風に泣いてばかりいた時があったことを李羅は思い返し、加密爾列は嗚咽を溢して喋り出す。
「うっ……ひぐっ……ううぅ……遠足……ママとね……一緒に、うっ、行きたいの……ママと、一緒に……──」
すると言葉が途切れた様に落ちていき、李羅は不思議そうに思いながら名前を呼んでみるも返事は返ってこず顔を覗き込んだ。
「……寝た」
愛らしい寝顔を浮かべたまま、加密爾列は深く眠りについてしまった。
溜息を溢しながらも車椅子に表示されていた“Sleep”という文字を見つめながら、しゃがみ込んで李羅は『千葉』というワードを思い返す。
「千葉県の何処かに行けば……
されど、行ったところで千葉は広い。見つかるまで何日掛かるかなど見当も尽かない。
この状況では、二人の体力が持たなくなるのも明々白々。
加密爾列の母親に会う方法を考えていると李羅は突然自分の母親が脳裏を過ぎりだし──救急車のサイレンが鳴り響き、耳に冷たさを覚えながらも彼は少しの
──……今の状態では致し方ないのかもしれない。
そう、一瞬だけ、すぐに出ていく。
迷惑を掛けぬよう、少しの間だけ。
──俺も加密爾列の事は言えないな。
「加密爾列……一旦俺の家に行くか」
と、寝ている加密爾列に話しかけて、李羅は表の歩道へと車椅子を押しだした。
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