10話:マイナス50m抗争【参】

 四肢ハーフ装備との姿を改めた加賀李羅拘束対象に瞠目し、敵達の通信ごしに漂っていた空気が徐々に凍てつきだす。


 今置かれている状況を“厄介”などと形容できれば、どれ程良かったであろうか。

 人生のどの瞬間よりもを認識してしまう風の流れ。


 されども平静さだけは失わぬよう、あの“戦迅せんじん”と名高い機体と距離を摘め──


 ハヤトノタテ大盾を持つ、クリサンセマンがIA-21Cマシンガンのカートリッジを交換したと同時に──もう一機のクリサンセマンは装備しているフルメタルブレイドファイティングナイフで李羅へと切り掛かりに行った。




 の瞬間、加密爾列かみつれによって前面に突き出されていた右腕部の小盾がハッチの様に上へと展開し、中から銃口が横三列に並んだ銃装備──

 一基の三連装機関銃マシンガンがIIを纏っている右腕部から駆動音産声を上がり、顕現した。




 装着者である李羅彼自身の驚きを他所よそに、銃口は敵へと牙を向いたまま──が炸裂した。


 熱を帯びた閃光が何百物の塊となって解き放たれ、クリサンセマンの装甲を灼き払う。


 弾が二機のクリサンセマンに被弾し、鋼鉄の装甲を抉っていく。


 と、思いきや違う。




 被弾した装甲箇所はあろうことか溶解した鉄の様に赤白くけだし、熱を帯びて次々と蜂の巣を彷彿とさせる孔々あなあなが生み出されていく。


 今まで視てきた弾丸とは明らかに異なり、ましてや李羅ですらも視たことがない──明らかに“光の弾”である其れに自らの双眸そうぼうを疑う。

 れは、と脳内にあるデータを拾い、正体を確認した。




「指向性エネルギー兵装──

 レーザー……! なのか⁉」


 四肢装備型IIアイツーとなった加密爾列かみつれが解き放つは敵の鋼や虚無をも灼き裂く光線機関銃。

 此処ここまで小型化され固定兵装となった光学ビーム兵器は、未だ一握りというモノ。


 其れをも成し得た御子おこ──修羅の鉄女てつにょが目前にる。




 李羅は剣太刀を右手に構え、三連装光学機関銃ビームマシンガンのハッチを閉じると──今度は左腕部の小盾からハッチを展開し、続けて光弾を連射した。

 接近してくる光の矢群に後退しようとするクリサンセマンの各部位を灼け壊していくと、ハヤトノタテ大盾を装備したクリサンセマンが一機を守護するように李羅の前へと回った。


「クソッ! ……反動で狙いが!」


 腕部固定兵装となると狙いは中々定まらず、周りの床や壁を灼くのみと照準に当てにくい。

 時折命中はするが、ハヤトノタテによる防御は装甲表面を丸くがすのみで直撃には至らない。


 すると後方のクリサンセマンが遥か上へと弾丸を放った瞬間、天井から激しい豪雨が吹き荒れ出した。

 口に入ると妙な味がして、多少刺激するような匂いが李羅の臭覚を刺す。


「これ、か! 怪訝おかしな事を……アッ!」


 雨の正体を分析し目前を見ると、既にクリサンセマン達は自分たちが壊した壁から脱出を図っていた。


「待て!」


 李羅は全身を濡らし、水溜まりを踏みしめ数々の水面を作りながら後を追った。


 再び暗い面廊めんろうに抜け出し、己の髪先や袖から垂れ落ちる音を耳にしながらも──左側に待機していたもう一機の完全装備型クリサンセマンと四肢装備型を目視し、右側には先の二機がいる事を空気で察知する。


 計四機に左右の道を阻まれた──黒い空気と白い空間の逃げ場のない一本道。

 周囲を警戒する最中さなか、右側にいた二機のクリサンセマンが先行して同時にIA-21マシンガンを斉射した。


 己の肉に命中する。

 其の寸前、李羅は粒子による光障壁を複数発動。

 四肢装備になった事により展開量が増え、此方へと放たれて来る弾を全て防御できた。


 背面に光障壁を展開したまま、李羅は左側にいる二機のIIへと首を回し──格闘家の様に左右の腕部を突き出したまま奔り出して両椀の三連装光学機関銃を展開した。

 放たれる六口ろくくちによる光弾は闇を照ら上げ、敵の装甲と操縦者諸共もろとも灼き払おうとする。


 迫り来る乱光弾に二機は身を構えるも──四肢装備型の前に完全オール装備型クリサンセマンが立ち塞がり、右手にフルメタルブレイドを構えて接近戦へと持ち掛けた。

 直面する数々の光を避け、装甲への被弾を抑えながらも敵へと距離を摘めていく。

 恐れを消して最小限の傷で敵を撃つ戦法、勝利を得たくば身を削るが如し。


 されどて、此れは弾丸ではなく光線。光の矢であり装甲にくを瞬時に灼き焦がす。


 無数に来る光弾が一度左主脚を貫くと──一瞬バランスを崩した隙を突かれたかのように、光弾は更にクリサンセマンの分厚い装甲を次々と貫いていく。


 武骨な鎧に球状の空洞を開けていき、右腕を焼き落とし、操縦者の頭部に当たる部分をも貫通して其の巨躯きょくを静かに停止させる。

 全身を蜂の巣にされた鎧の巨人は李羅の前まで接近する事が出来た。

 されども其の身は痙攣を引き起こし、二秒後には巨体を地面へと倒れさせて呆気なくも活動を停止してしまう。


 人が入っているにも関わらず、孔からは血の一滴も流れ出ない。

 装甲と共に肉が焼けて止血してしまっているのだろう。


 李羅をバイザーヘルメット越しに睨みつけ──最後に残った四肢装備型クリサンセマンは腕部ナイフシースからフルメタルブレイドを着剣する。

 左主腕のIA-21Bマシンガンで迎撃しながら突撃すると──李羅は壁の方へと跳躍し、先と同じように壁を蹴って敵のもとへと踏み込んでいった。

 其の瞬間しゅんかん、衝撃で壁に巨大な凹みが発生し、先以上の威力と速度に衝撃を受けながらも、李羅は持っていた剣太刀で敵の左主腕を切り裂いて──そのまま奥の通路へと敵の生身である胴体にストレートキックを叩き込む。


 吹き飛ばされた四肢装備型の敵は凄まじい速度で後方へと飛んで行き──すると、最奥にある壁と衝突して未だ知らぬ部屋の扉を破壊してしまった。




 ──そうか、あそこにも部屋があったか。


 李羅は新たな部屋を見つけて急いで其方そちらへ向かうと、残った二機のクリサンセマンも追跡を開始した。


 ──四肢装備型……一点ポイント装備よりも性能は格段に上昇しているけど狭い所で戦うには向いてないぞコレ。異様に軽いけど体がデカくなってる分廊下こんな場所だと移動がしにくい……。


 四肢装備形態における不向きを容認しながら扉前まで来ると、先程蹴ったクリサンセマンを疾走したまま一瞥する。

 其の腹部は蹴られた衝撃によって異常なまでに圧迫されており、内臓破裂はおろか背骨までいっている。

 マスクからは血が溢れているのが視え、剣太刀を握る手が強まりながらも部屋に入ると──


 またも伽藍堂がらんどうとした白い広空間ひろくうかんが存在し、パネルや紙に書かれてある内容を流し見するとどうやらIIのようだった。

 すると後方から二機の完全装備型クリサンセマンが合流し、三機は互いを鋭い眸で睥睨へいげいする。




 白一色、雪原にも似た色合いの訓練戦用空間で機械同士が対峙──そして、三機は同時に機関銃マシンガンを向けた。




『──このルーム内では実弾はご使用になれません、直ちに訓練用装備へと換装してください。

 ──このルーム内では実弾はご使用になれません、直ちに訓練用装備へと換装してください。

 ──このルーム内では』


 消魂けたたましい警報と実銃を捉えた監視AIが即刻戦闘中止を呼び掛ける。


 されどて、其の銃爪ひきがねを互いに離す事など有るはずも無く──警告は銃声によって掻き消された。

 AIは即刻中止を呼び続けるも、室内に実弾と光弾の残痕は疾走し続けていく。


 ハヤトノタテ装備のクリサンセマンが前方で光弾を防ぎ、後方にいるクリサンセマンが射撃をするという二機連携エレメントで李羅攻略を狙う。


「チッ! あのシールドが厄介……!」


 新たな武装である三連装光学機関銃をも黒く残痕を残す程度で止める盾に、李羅は無意識のうちに舌打ちをする。




 ──だが、この広さだったらやりようは……ある!


 刹那、李羅は姿勢を低くしながら加速を掛けて、ハヤトノタテを持つクリサンセマンの右側に回り込んで敵のIA-21Cマシンガンを持つ左腕に膝蹴りを与えた。

 装甲を纏った脚部による衝撃は、敵の手から武器を落とし──李羅は空中でそのまま拾い上げた。


 すると──李羅は左腕部に纏っていた装甲を突如解除パージし、そのまま左手に握っていたIA-21Cごと


 予想外過ぎる行動に、二機のクリサンセマンは空中に投げられた左腕を視線で追いかけてしまうと──ハヤトノタテを装備していた機体の主脚関節が、突如沼に飲まれようかのにバランスが崩れた。


 視線を降ろすと両脚部が李羅の剣太刀によって切断されているのが視え、操縦者は機体内で絶叫する。


 態勢は完璧に崩れ、後方へと倒れていくクリサンセマンのメインセンサーには先程李羅が投げた──IA-21Cを握ったままの左腕部が虚空を飛んでいる様子が映し出されていた。


 無抵抗であり、自由に操輪操輪くるりくるりと回転し続ける左腕の銃口と視線が重なり──






 空中を踊る左主腕は、を引いた。




 IA-21Cから溢れてくる六ミリ弾のシャワーが、背中から倒れていくクリサンセマンへと集中攻撃を浴びせられ──地面に倒れ伏し、メインセンサーが消滅する。




 大破した機体から巻き起こる火花は敵の戦果を照らし、最後の味方の戦士を伝えた。


 残ったクリサンセマンは空中に投げた左腕を捕まえて再装着した李羅を凝視すると──内部カバーでバイザーを覆い隠して球形状態モノアイに変え、威嚇を掛ける様に緑へ発光させる。

 『れは警告』──敵を無力化するという戦闘意志を示すモノだと、李羅は敵機から放出される熱風で理解する。


 そして両椀からフルメタルブレイドファイティングナイフを二刀抜き出すと──刃部分が赤熱化し、黑鉄が見る見るうちに鮮やかなあかへと変色して訓練室の空気を燃やしていく。

 全身の駆動系を唸らせると全身に流れている流体電池をフル稼動させ、一瞬のうちに彼らは接近戦へとお互いを持ち込んだ。


 背丈の差は一メートル以上。

 されども剣は互角に軌跡を奏で合い、剣戟の鼓動を残響させる。


「おおお……‼︎」


 敵を溶断しようと灼熱の短刀を振るう溝鼠どぶねずみ色の鉄人。

 其れに対し、斬撃による余光よこうで敵の鐵を断斬せしめんとする剣刀を半鉄人がくるいだす。

 お互い死を拒絶しようとする速度の密接。


 されども、長時間使用による刃の耐久性低下と敵の一撃一撃から来る凄まじい威力にフルメタルブレイドの刃が欠け──四肢装備となった加密爾列IIのスペックに苦戦を強いられる。


 有利は李羅にり、されどて彼も苦戦している事には変わりない。


 先に敵の刃が折れるのを待って耐久戦に持ち込むか。

 しかし、そんな事をしていたら敵の増援が来る可能性もある。


 李羅は再び思考を張り巡らせると、加密爾列によって左眼だけを別の方向へと逸らされる。

 


 するとクリサンセマンの前に光障壁による照明弾を展開し、視界を一瞬怯ませる。

 クリサンセマンの操縦者はモニターが示す方へ頭を横へ回すと、


 視界を覆う程巨大な物体が回転しながら、此方こちらに迫ってくる瞬間を捉えた。


 回避行動が間に合わず胴体で受け止めた其れは、先のクリサンセマンが装備していたハヤトノタテであった。


 李羅は照明弾を放った一瞬で先程倒したクリサンセマンの前に戻り、ハヤトノタテを拾って投げつけたのだろう。

 と推測して、ハヤトノタテを退かした。






 前面に加賀李羅が接近していた。


 ただの少年が簡単にIIの懐に入れるはずがない、では矢張やはり加密爾列の才能性能か。

 亜光速とでも表現すべき俊敏さであろう、そんな怪物に適う筈がない。

 最早もはや剣太刀の斬程圏内、回避は不能。


 童の双眸がモニター越しに重なり、




「はぁぁあああああぁぁぁぁぁっ!!」




 繰り出された一閃は右腕から右脚、そして残った左手足をも斬り落として屑鉄と造り替える。






「……ふぅ……はっ、終わった、か……」


 ようやく敵を全て殲滅出来た事に安堵と眩暈めまいを起こしながらも──李羅は四肢を失ったクリサンセマンへと近付き、右手をスーツにかざして強制解除させた。

 直ぐに脱出機構が働き、クリサンセマンの装甲は開花する花のように展開される。




 操縦していた者を覗き込むと──首まで身を包み、ボディラインを強調された黒色のII用戦闘スキンを装着している三十代の日本人男性が額に大量の汗を垂らして、李羅の方を静かに凝視していた。


 重くなった唾を呑み込み、李羅は彼のかおに右腕部の光学機関銃ビームマシンガンを向け──唇が震えようとしているのを堪え、こえを出した。


「……聞きたい事がある。

 ──話してくれるだけで良い、言わなきゃ……殺すかも」


 機械越しとはいえ人を殺していた。そんな彼が生身の人相手に銃口を向け、残虐な死体から視線を背けたい気持ちを抑えつけながら問いた。

 操縦者の男は目の色を変えず、鼻呼吸を繰り返すのみで其れ以外は喋る気配を見せようとはしない。


 言葉が通じるかも解らない敵に話を続ける。


「この施設で何をやっていたんだ、れと……の、加密爾列の母親は何処にいる」


 其の瞬間、ピクリと男の唇が動いたように李羅は視えた。


 ──やっぱり、何か知ってることに間違いはない。


「俺は加密爾列コイツを母親に会わせたいんだ!

 言え! さっさと!」






「……あぁ……」


「ッ⁉」




 光学機関銃を貌の前まで近付けて脅しをかけると、男は口角を少し上げて両手でII越しに右腕を触れてきた。


 まるで仏にでも触れる様な優しい手触りに驚き、「離せ!」と叫びながら両手を離すと距離を取って再び銃口を向けると──李羅の手は遂に震えを起こしてしまった。


 ──目的は殺しじゃない……一発撃ってビビらせるか?


 不敵の笑みを浮かべる男に様々な思考を浮かべていると──先端が斬られたクリサンセマンの右腕が微少に動いているのが視えて、李羅は何かを察して再び銃口を近づけた。




「動くんじゃ──」

「……加密かみ爾列つれ、様」


「────」


 恍惚に、そして神様へ祈るように純朴とした冷聲が李羅の鼓膜に届き、彼の動きが金縛りにあったかのように止まってしまう。


「……どうか……」









 刹那──


 クリサンセマンの残骸から内側に蒼炎が吹き上がりだした。


 蒼白く光り輝き、燃え盛る炎群は中にいる操縦者を包み込んで言葉の続きも呟かせぬまま、焼屍しょうしたいの踊り子へと着替えさせ、徐々に香ってくる死臭は箱舟となって彼を黄泉へと導いていく。


 其の光景に、李羅は心も血の一滴も奪われてしまう。

 皮膚や骨を失っていく黒色に染めていきながらも、忘我ほうがとして笑みを浮かべる操縦者の男に眼を離せられなかった。

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