9話:マイナス50m抗争【弐】

 先より二倍、六機の鉄人が──李羅りらの肉を抉り貪ろうと六ミリの何百発以上もの弾丸を撃ち込み、襲い掛かってくる。


 両脚首から響く悲鳴に耳を塞ぎながらも肉体は生を求め、射るべき敵を目掛けながらも弾を回避する。

 狭隘きょうあいな室内戦闘、殆ど傷すらつかなかった防弾性の白壁に亀裂と凹みが出来てゆく。


 ──避けてばかりじゃらちが明かない! 無理にでも攻めなくちゃ!


 小盾から生み出した光障壁で弾丸を弾き、李羅はタイミングを狙って反撃に出た。

 六機のIIアイツーによる一斉放火を俊敏な雁木形ジグザグ動作でかわし、李羅は左側にある白壁へと両足を付け、駆けだして行った。


 両脚が壁にくっ付いたかのように蹴り──重力を外視し、疾走する。


 放たれる銃弾をも踏みつけるよう壁を踏み込み──李羅は前面にいた四肢ハーフ装備型のクリサンセマンへと飛翔する様、壁を勢いよく蹴って懐へと飛び込む。


「はぁァァァァああああァッッッ‼」


 刹那の瞬間にIA-21Bマシンガンを装備している右主腕を斬撃し、李羅は敵が装備していた武器を回収──からだの大きさと不釣り合いな大型機関銃マシンガンを抱える様に構えて、目前にいる四肢装備型のほぼ生身となっている胴体を撃ち抜いた。


 全身に激しい勝利の振動と痛みを覚えながらも、れで残存五機──膝から大きな音を立て、塊のような血液を溢れさせながら倒れていくクリサンセマンを尻目に五機のクリサンセマンは連携を取る。


 一対五による一方的な銃撃戦の最中──後方にいた完全オール装備型クリサンセマンの一機が左腕部ナイフシースを展開する。

 其処から昨夜とは全く異なる、れまた対II戦を想定した“アタック型高硬度化合カーボン製ファイティングナイフ”『フルメタルブレイド』を右主腕に着剣、天井の光に反射してにきら黑刀こくとうを差し、李羅へと接近する。


「なっ……! ……ぐぅぅぅ‼」


 持っていた敵のIA-21Bマシンガンを捨て、咄嗟に剣太刀で応戦する。

 されど敵の圧倒的な性能差に押されて、李羅の膝が後ろへと折れだす。


「昨日戦った奴らとやっぱ違う……!」


 完全体であるクリサンセマンに圧され、李羅は『まともに戦ってても勝ち目はない』と判断すると──剣太刀を持つ力を横にズラし、敵の躰を横に流すと隙をついて敵の後方へと抜け出した。


 彼奴等きゃつらの背面へと回り、銃弾や陣形配置の隙を掻い潜っていくと一機の四肢装備型クリサンセマンの背に向けて剣太刀を突き刺し、振り上げる様に刃を抜き裂いていった。


「があぁぁぁああああああッ‼」


 喉が裂け散る程の咆哮を上げながら敵の肉諸共もろとも一機を真っ二つにして空中を跳躍すると──

 空中弾幕を華麗に避けながら李羅は完全オール装備型の頭部を足場にし、再び後方に抜けるとそのまま振り返らずにクリサンセマン達と距離を離しだした。


 激しい銃声が後ろで弾けながらも逃走し、奥へと続いて行く面廊を快走していく。




 四肢装備型が一、完全装備型が三──状況としては此方こちらが不利。

 されど目的は戦うことではない。


 ──今は態勢を整えて、此処ここから脱出する事の方が先決だ!


 漂ってくる硝煙の空気にしかめる事も無く、大層な距離を離したと思うと脚を遅くしていき──李羅は剣太刀を消滅させると、天井の光が微かに差し込む暗いがりの廊下で壁に背中を預け、呼吸を荒く繰り返した。


「はぁ……はぁ……やっぱ、加密爾列かみつれの力があっても……右腕以外生身じゃ、コレが限界か……はぁ……」


 大脳インストールによる強制学習によって得た情報から、李羅は敵に対するデータと自分が纏うIIのデータを躰を休めながら比較する。


 左右どちらかの腕に纏う──李羅の今の状態“一点ポイント装備”。

 性能差では加密爾列が規格外である事は解ったが、一点装備ではあの完全装備型クリサンセマンと互角の性能差。

 一対一ではわからないが敵の完全装備型は三機──真向勝負は不利と視える。


 李羅は闇で塗りたくられている壁を見つめると、周囲を警戒しながら宛ても無い出口を目指した。




「なぁ、加密爾列……他にもお前みたいにIIに変身できるのはいるのか?」


 反響せぬよう聲を抑えながら問うと、返事は脳内にすぐ返ってきた。




   私以外はいない、皆、普通に着るやつだよ。

 ──No one but me. Everyone is a regular wearer.


「そうか……」


 強化外骨格を全身に纏い、ロボットみたく操縦する。

 SFでは在り来たりな設定だが理解はできる。


 となれば、加密爾列に対する疑問は比例して増えていくというものだ。

 などナンセンス甚だしい、肉体構造以前に不明な点が多すぎる。


「其れも加密爾列の家ここだったらわかると思ったんだがな……ん?」


 すると、病院の手術室を彷彿とさせる白い自動大扉に辿り着き、李羅は番号キーやカメラを搭載していた認証口に右手を置いた。

 すぐさま加密爾列がハッキングし、扉が左右に開くと周囲を見渡して部屋の中へと入って行った。


 また新たな、全身の毛穴に氷の矢を差してくる様な幻怪的な通路が広がっていて──其処には大きな部屋が六程有り、李羅は適当に一つの部屋へと侵入する。


「なんだここ、でっけぇモニターが三つも……」


 大量のパソコンと机が整列し、奥には横幅二メートルある大型モニターが三台も並べられた空間に李羅は周囲を凝視しながらも右手で触れてパソコンを起動させた。

 ファイルやデータを調べ、専門用語の数々を飛ばし飛ばしで見て──“IIPアイツーピー”という文字にスクロールを止める。


此処ここにも書いてある、IIP……其れに、お前の名前も……」


 その横に書いてある加密爾列の名前も確認し、様々なワードを記憶するように呟いていく。


「変態のギミック、傷の転送……大事な部分なんだろうけど、さっぱりわからないな」


 自分の知能に限界を感じ、李羅はパソコンを持ち出せないかと検討するも荷物が増えるのは頂けないと、そのまま廊下を出て別の部屋へと移った。


 其処に入るとまた白い大部屋があったが──次に入った部屋はというと目前には巨大な硝子ガラスが遮っており、奥を視ると部屋の隅までが一面いちめん白に塗装された広々とした空間のある場所だった。


「今度は何だ……あっ、オイ! 加密爾列!」


 不気味な雰囲気に警戒心を高めていると李羅の躰が一人でに動き出し、加密爾列によって導かれるよう──核シェルターの様に分厚い扉の前に立つとロックを解除して、奥にある空間へと入って行った。


 入った瞬間、天井の明りが点灯し──まるでドラマに出て来るような凶悪犯罪者の監禁室を彷彿とさせる雰囲気に肌寒さを覚え、脳が自然に危険と判断して一歩後ずらせた。


「……何処なんだよ、此処ここ。一体何の部屋だよ」






   皆が私を見てくれる場所。

 ──Where everyone can see me.


「……見るって、何を」


 加密爾列の文字に眉を寄せて天井を見上げると無数のシャワー口を見つけ、壁と壁の隙間に内蔵している小型カメラをも発見してしまう。

 此処ここで何をされたのか、何を視られていたのか見当も尽かぬまま、李羅のひたいに嫌な汗が流れてくる。




「なぁ、どういう事だよ──

 そ……れ…………ッ!」




 李羅は突然防弾硝子の下にある壁に身を伏せて、加密爾列によって研ぎ澄まされた聴覚で音を掻き分けた。


「足音が一つだけ……四肢ハーフか」


 敵が此方の通路まで迫って来ているのを感知し、次の行動を考える。

 通り過ぎるのを待つ方が良いかもしれないが、探知されている可能性は大いにある。


「だったら、やっぱ迎え撃つしかねぇよな」


 剣太刀を生成し、扉を敵が突破してくる瞬間を待つ。

 駆動音が重く響き渡り、扉の近くへと少しずつ迫っていく。

 構え、敵を斬ろうと神経を研ぎ澄ませる。






 すると──突如、大音と共に扉側にある左の壁が破壊され、大量の瓦礫がくうを舞った。


「──ッ⁉」




 煙と共に突破された壁越しに二機のクリサンセマンがメインセンサーを発光させ、重量感のある歩行音を響かせながら此方こちらの方へと接近してくる。

 先頭にいた一機は全高を覆い隠せる程巨大な三メートルの盾『D-3 ハヤトノタテ』を構え、右腕に装備したIA-21Cマシンガンを突き出す。


⁉ そんなことまで……!」


 駆動音を極力消去する“ステルスドライブ”で回り込まれ、予想外にも隣の部屋から突破してきたクリサンセマンに李羅は剣太刀で斬り掛かる。


「はぁぁぁぁあぁぁああああ‼」


 光刃こうはを発生させた剣太刀が敵の大盾に先行する。




「──ッ⁉」


 直撃のが鳴り響く。

 されど事態は驚愕、様々な装甲を斬り裂いてきた光の刃は大盾に阻まれていたのだ。


 クリサンセマンに採用されている装甲合金を特殊加工し、四層構造で製作したハヤトノタテには加密爾列の武器も通らない。


 李羅は苦悶に満ちた表情に浮かべながらも後方へ下がった。

 彼奴きゃつの大盾には掠り傷一つ程度のダメージしか与えられていない。




 次の瞬間、ハヤトノタテの上前面に固定装備されてる二門の小型機関銃マシンガンが火花を散らし、李羅は俊敏に右側へと躱させる。


「盾に銃まで──」




 刹那、李羅の前面へ後方にいたもう一機のクリサンセマンが接近し、フルメタルブレイドファイティングナイフで斬り掛って来た。


「クッソォォォォォ‼」


 剣太刀の斬撃を唸らせ、フルメタルブレイドと対峙して幾度と鋼同士を打ち合う。


 全ての風を切り裂く剣同士の戦い──其処にハヤトノタテからの援護射撃が李羅を襲い、回避のために態勢を変える。


「──ッ⁉」


 其の瞬間を逃すまいと──接近してきたクリサンセマンのフルメタルブレイドが李羅の背中を上から裂いていった。






 一瞬、衝撃が走りだした。


 されど痛みはない。


 血も出てない。


 着ていたシャツが破れているのみ。


 あと少しズレていたら。


 そう考えると、焦りが全身を鈍らせてくる。




 李羅の動揺につけ込むよう、盾を装備しているクリサンセマンはハヤトノタテとIA-21Cによる追撃が李羅を猛襲する。


 加密爾列を纏った右腕に弾丸が掠り、頬を通り過ぎ、左腕に違和感を覚えた。


 ふと見下ろすと、シャツの左袖に孔が開いており其処から赤黒く血が流れている。

 躰に少しずつ鈍い痛みが広がりだし、痛覚が示す箇所は三つ。

 左腕に力が入らなくなり、代わりに躰に蝕むほどの高熱がやってくる。

 着ていた衣類が破れ、白の繊維をが侵食していく。


 右腕は硬く丈夫な装甲で守られているが、れ以外はそういかない。


 フルメタルブレイドを装備していたクリサンセマンが片手にIA-21Cを構えている。

 後方にいる大盾装備の機体と合わせて──四つの銃口が李羅を捉えている。




 されど、李羅は思考を冷静にしようと傷ついたからだを動かそうとする。




 己は別に良かった、命を失っても母が泣くかどうかなど解ったものではない。


 ──しかし加密爾列は──俺が死んだら、加密爾列はどうやって母と会える。


 約束してしまった、ハンバーガーを一枚ずつ食べながら真剣な眼差しでう同い年の少女に了承してしまった。


 せめて、

 其れまでは、

 だから、






   李羅。

 ──Rira.




 月下の風に踊る華々の様な、そんな小さな女聲じょせいが木霊した。


 そして、






   ちょっと、がんばるね。

 ──I'll work a little harder.




 加密爾列の確保──そして、誘拐犯“加賀李羅かが りら”の生存させた上での身柄拘束。


 其の任務を果す為、クリサンセマンたちは再び少年へと銃口を向けた。

 実戦の対II戦など全員が初めての事だった、其れも相手はまだ十代の童。

 されど、此方は既に仲間が二人もやられている。最早子供だからと容赦はしまい。


 右腕以外の四肢を無力化すべくと合図を出し──銃弾の散列が李羅へと振り注いで往く。


 銃弾の嵐、死は一直線に有り。




 それでも、


 李羅はの躯は歩き出し、血に塗れた左の拳を握り締める。


 彼を動かしていたのは加密爾列だった、しかし人形のように操られながらも闘志を絶やさないのは李羅の意志だった。


 左腕を弾丸の豪雨へと突き出し、銃弾が彼の拳に触れた。

 指が弾け飛ぶ、手が裂けて中にある骨と血が破裂する。




 しかしそうはならない。


 李羅の手へと直撃した弾丸は不自然にも殴られた様に湾曲し、地面へと無価値になって落ちていった。


 クリサンセマンが彼の左手──IIを視た瞬間、隊長は次の行動を指示して二機による連射を続けた。


 装着していた加密爾列の右腕から水銀の様な粘液の在る液体が地面へと垂れ落ち、蠢きだした液体がそれぞれの両脚にくっ付くとそのまま銃弾へと蹴り上げ──

 李羅を狙っていた弾を全て滅し、足先にヒール状の大型の主脚が包みだした。


 それでも攻撃の手を止めず、李羅が四肢で銃弾を跳ね返す度に侵食するように装甲が埋め尽くしていき──




 IA-21Cのカートリッジが切れた時には、




 右腕と左右対称シンメトリカルなIIが左腕にも装備され──両脚部も新たな装甲が装備される。

 白桃色のラインが刻まれ、表面を半透明水色クリアブルーで覆ったヒロイックな銀色装甲シルバーアーマーと、様々な鋭利なパーツを重ねて構築した両脚部に装着した李羅ですらも驚きを隠せない。


 何よりも其れによって背丈が上昇しており、一九〇センチへと伸縮した鋼鉄の脚は生身の頃よりも身軽。




 加密爾列は一点ポイント装備の上──四肢ハーフ装備へと李羅の手足を包み込んでしまったのだ。




 母に会う為、此処ここを抜ける為、勝つ為──

 加密爾列は絶対軍神なる様を見せつけるかのように、IIを纏っている李羅の右手を前へと突き出させた。

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