8話:マイナス50m抗争【壱】

 有無を言わさず先手必勝──ハンタードッグは接近し、頭部代わりにある突撃銃アサルトライフルの標準を李羅りらへと定めた。

 ハンタードッグ専用に改良を施された『M4 カービン』による5.54mm弾は侵入者の肉を貫こうと空を飛び、目標に噛みつこうと疾走する。


 されど、ほとんどが風を切るように避けられ、李羅が『避けきれない』と判断した弾は腕部にある小盾で抑えられた。


IIアイツーの動きには慣れてきたけど……殺すことに躊躇ちゅうちょの無い奴はりづらい……!」


 彼奴きゃつの目的はあくまでも李羅の射殺、そして加密爾列かみつれの確保である事は明々白々。


 忠実だからこそ、隙なんて無駄な物はイレギュラーが無ければ産まれない。

 何よりも弾丸発射時による脚部の反動のブレが少なく、失速せずにはしりながら射撃も可能とは細身とあなどれぬ両脚の支持力、耐久性を誇る機体に油断は許されない。


 されど──


「……対策はある! はぁッ‼」


 突撃銃による連射を華麗にかわし、虚空にからだを飛ばすと李羅は右手に持っていた四本目のナイフをハンタードッグに向けて射出した。

 カメラに取り付けられていた短機関銃マシンガンを破壊した時と同じく策だが、ハンタードッグの装甲ましてや脚部を切り裂くまでの力はない。出来て表面装甲に傷をつける程度だ。


 されどて、狙うは動力部でも脚部でもない──命中させるはただ一つ。


 トビウオの様に目標へと飛翔して行くナイフは、突撃銃の銃身バレルを貫通させた其の一瞬、明らかにハンタードッグは行動を停止した。


 そして一秒後にすぐ行動を再開するも、が産まれたことにより破壊には十分過ぎる時間を得る事が出来た。


 瞬時に後方へ回り込むと、粒子によって形成された加密爾列かみつれの近接武装である太刀を生成し──ハンタードッグの胴体を背面から貫く。

 貫通して串刺しになったハンタードッグは痙攣を起こすかのように脚部を震わせるとすぐに停止して、李羅は剣太刀を振るって地面へと猟犬を投げ捨てた。


 青金色こんじょうしょくの装甲の破片が散らばり、横たわったハンタードッグの敗北を色付け、反撃して来ないという確信を与える。

 心中で加密爾列に感謝をしながらも敵が出てきた角からかおを出すと──突如とつじょ複数の弾丸が李羅を襲い、瞬時に身を隠した。


 一直線に面廊めんろうから飛び出して来る弾は頑丈な白い壁やマジックミラーとなっている防弾硝子ガラスに弾かれ、大量の弾が床を転がって何本か李羅の足下へとやってくる。


「音からして……二、いや三か。……一体だけ走る音が違う?」


 二体は先と同じハンタードッグである事は間違いない、しかし一体は二体を先行しながら何処か妙な足鳴らしをしている。

 同じ四足歩行でありながら、動きにキレはあるが他のと違い一律な動きをしていない。

 すぐさま李羅は加密爾列から転送されて来たデータから脳内で答えを導きだす。


「……二機はさっきと同じAI操作、其れは間違いないよな加密爾列」


 言葉はないが雛罌こくりと頷いているのを想像していると──先頭を切る謎のハンタードッグが此方へと接近を再開してくる。


「やっぱり……!」


 李羅は小盾を構えて、剣太刀で斬る際の動作を見極めながらタイミングを伺う。




「もう一機は……だな!」




 李羅が視た其の機体は他機とは違い水色の動体をして、突撃銃のある可動式頭部左右には通信アンテナを生やしていた。


 大量の羊を誘導する牧羊犬であり──自律支援機他の機体は本来主人の援護に回る羊、そしてドローン遠隔操作機こそが真なる猟犬なのだ。

 自ら接敵せず、命の危険に怯える事なく遠方から銃爪ひきがねを引く──兵士の減少を抑える理にかなった遠隔操作戦術。


 ハンタードッグ達が駆け抜けている面廊の長さは約八メートル、横幅二メートル──今やまさに魔の通路、地獄のドッグラン。


 すると加密爾列が情報を共有し、李羅は不安が入り混じった表情を浮かべて静かに頷いた。




此処ここにおいてはお前の方が詳しい……其れしか、ないよな」


 身を隠しながら、転がって来た銃弾を七本程ポケットにしまうと李羅は角から身を乗り出して突撃を開始した。




 遠隔操作機──もとい隊長機を中心にしかばね同然の機械猟犬は李羅を狩るべく、突撃銃を連射した。

 小盾で塞ぎ、剣太刀で斬り──IIの装着により上昇した身体能力によって宙を舞う様に彼奴等きゃつら後方へと回る。


 刹那、李羅は持っていた剣太刀を敵陣へと槍の如く投げ入れた。

 されど攻撃は先頭にいた隊長機の背面装甲を傷つけ抉りなが交差し、傷一つつかなかった床へと突き刺さってしまう。


 ハンタードッグらは李羅へと再び突撃銃を回した刹那、一機の自律支援機が斜めへと倒れだした。

 隊長機のカメラ──遠方で待機している車両から操作していた操縦者の眼には、後左脚が妙な方向へと貫通して折れ曲がっている自律支援機が映っていた。


 周囲を見渡すと損傷した自律支援機の近辺に落ちていた5.54mm弾を確認し、操縦者は敵の攻撃方法を察した。

 李羅の右腕、IIを纏った手は拳の形を作り親指を斜め上へと上げている体制を取っていた。

 其処からまるで何かを射出したかのような硝煙が微かに揺らめいているのが視え──左手をポケットに入れた瞬間、ハンタードッグ達は射撃を再開した。


 後左脚部をやられた自律支援機もまだ戦いようはあると判断したAIによって、共に射撃を行っている。

 三機の射撃は敵を蜂の巣にしようとするも命中せず、李羅は斜めに突き刺さっていた剣太刀の刃を足場にして膝を折り曲げ──


「……ッッ‼ グアァァァァ‼」


 両足首の痛みを覚えながらも発条ばねの要領で三機へと吶喊とっかんした。

 李羅は倒れていた自律支援機の背後へと着地し、右手で頭部の突撃銃を掴むと方向を変えて他の自律支援機に向けて発砲させる。


 二機目の自律操作機の右前脚部に被弾させると、掴んでいた突撃銃を上へと引き抜き──再び機体に向けて力強く振り下ろす。




「ガァぁぁああぁぁぁあ‼」


 衝突し、鋼の曲がる音が面廊へと残響する。




「はぁ……まず一」


 倒した敵の数を呟き、二体目の撃破へと望む。


 再びポケットから弾丸を取り出すと右手の人差し指と親指に挟み、手製の命中率最悪な拳銃を作りだす。

 先程当てられたのは加密爾列の弾道補正、タイミングを教えてくれたからだ──彼女に頼りっぱなしになっている自分に落胆を覚えながらも、小回りの利く敵を翻弄して銃弾を発射する。


 親指を押し出して放たれた銃弾は自律支援型ハンタードッグを目標に──其の内部に搭載されている装弾機構と機関銃を繋ぐベルト部分を貫き、内側から弾丸を溢れさせながら援護射撃の手を停止させた。




「──二つ‼」


 最後に残るは人の操る隊長機のみ。

 敵のいる方角に振り返った刹那、貌の真横を弾丸が通り過ぎながらも奔り出して李羅は突き刺していた剣太刀を抜いた。

 近くで沈黙している二機目のハンタードッグの突撃銃も引っこ抜き、投擲してみるが隊長機は回避して此方こちらへと射撃を続ける。


 AIは何万もの複数パターンがあれど、其れを読めさえすれば対処は出来なくはない。

 されど今相手にしているハンタードッグ、その奥にいるのは同じ人間。


 臆病者な狐の威を借る虎であり操縦のプロ。

 人間とは明らかに異なる動きの猟犬になりきれている相手に、李羅は光障壁で防御して再び眩い輝きによるホワイトアウトを狙う。


「そこだァッ‼」


 剣太刀を振るい、機械の四肢を全て切り落とそうと刃が唸る。





「──ッ⁉」


 彼の目前にハンタードッグは姿を消していた。


 敵の位置に気付き後方へと顔を回した時には、空を跳ねていたハンタードッグの突撃銃が火を噴いている瞬間でもあった。

 小盾で塞ぎ、隊長機の突撃銃も引き抜こうと右手を伸ばした瞬間──ハンタードッグの両前脚部の先端から両刃のクローが展開され、加密爾列を装着した右腕を刺して捉えてきた。


「な⁉」


 其の圧力によって持っていた剣太刀を落とされ、突撃銃の照準を向けられると李羅は慌てながらも左手で射撃を防ぐべく銃身に掴みかかった。

 加密爾列のおかげで左手にも力が入ってはいるが、機械相手では軍人でもない李羅の腕力ではが悪すぎる。


「ぐぅ……! チィ……離れろよ……クソォ‼」


 掴まれている右腕を強く放そうにも固定されていて身動きが取れず──李羅は動く右手、加密爾列に何かないか対策を乞いた。


「──……わかった!」


 すると、右手に装着されていた加密爾列のIIは五本指の先端──爪の形状を鋭く、獅子よりも鋭利な鉤爪かぎづめへと変貌させる。


「ガァッァァァァァ‼」


 鉤爪と化した指で左前脚部の接続部を掴み、荒々しく引き抜いていった。

 其れでも力を緩めないハンタードッグに対して、李羅は引き抜いた前脚を突撃銃から手を離した左手に移し──


「ハァァァァアァァ‼ ブッ潰れろォォォ‼」


 此方へと向けた銃口に向けて、クローの生えた前脚部を押し込みだした。


「口付けていなくなれェェェェ‼」


 銃身が歪みだして射撃が不可能になると、敵は右前脚部のクローで李羅の貌目掛けて襲い掛かってくる。

 されど先程から散布されていた粒子による光障壁が既所すんでのところで塞ぎ、自由が利くようになってきた手を下ろして剣太刀を逆手に装備する。




「これで終わりだ、玄人ッ‼」


 左手で右腕に張り付いているハンタードッグを上へ剥がし投げると、逆手装備のまま腹部目掛けて突き刺した。

 刃の先は背の内側から貫通し、そのまま下へ殴りつける様に切り裂き抜ける。




「あぁぁ……‼ 三つ──」






   李羅、後ろに避けて。

 ──Rira, get behind me.



「え? ──あっ」


 加密爾列の英文こえが聞こえるとからだが一人でに、加密爾列に襟首を引っ張られているかのように廊下から脱出した瞬間──


「──うわぁぁッ‼」


 何の前触れも無くハンタードッグの残骸が全機ぜだして、面廊を火の海へと造り上げた。

 炎は静寂の雰囲気をも燃やし──自爆した敵達を凝視しながらも、加密爾列が展開してくれた光障壁で爆風の衝撃を防御していた。


「……最後まで殺す気だったんだな」




 熱風が皮膚や髪を撫でて双眸そうぼうを狭めさせていると、虚空を浮かんでいた光障壁が突然とつぜん李羅の右側へと回りだす。

 其の瞬間しゅんかん光障壁と弾丸の衝突音が鼓膜を刺し、李羅は空かさず剣太刀を構え相対した。




 李羅の背丈をも軽く超える巨人の刺客──剛力を誇るくろがねで作り上げられた四肢、光障壁に着弾した時の威力からとは全く異なる装備だと理解する。


「よぉ、昨日ぶりだな……」


 二メートル半の巨人──突如二人を襲撃してきた四肢装備の丼鼠どぶねずみ色の装飾をした機械兵IIが加密爾列専門病院の廊下に三機一個小隊が配備されていた。


 更には手に持つ其の武装、──対人や対戦車ではなく、同じ“対II戦”を想定した威力と傲然たる掌に握る為のII専用機関銃マシンガン──『IA-21B』を構えている。

 試作品ではあるが、今の一撃で其の実用性は容易に理解できた。


 李羅は加密爾列から導き出される距離を見定め、敵の攻撃するタイミングを待っていると──敵後方からまた別のII一個小隊が姿を現した。




「──ッ」


 其の姿に、一瞬李羅の躰が硬直した。




 不可解な、視界に映しただけで其の人に暴圧感を与えるような感覚が全身を駆け、心臓を抉り取ろうとしてくる。


 姿を現したIIらの四肢は同様、武骨で人の頭など軽く潰せる程巨大であるが──其処は問題ではない。




 違う点と言えば、という事だ。




 露出していた胴体、頭部を全て丼鼠どぶねずみ色をした重装甲の鎧で其の身を隠し──殺戮相手に威圧感を与えてくる。

 四肢のみを装備したIIをも越える三.三メートルの巨体。

 丸みを帯びながらも重圧感を感じさせる鉄仮面のバイザー型メインセンサーが緑色に発光し、目前にいる李羅対象の敵をモニター越しに捕らえて睥睨へいげいする。

 メインセンサーを覆い隠すように内部カバーが外側から中央へと展開していき、球形内部メインカメラのみが輝きだし──李羅は“一つ目の処刑人”を彷彿とさせた。


「二陣、其れも本命ってわけだ……!」


 完全に此方を認識したII計六機に李羅は冷や汗をかきながらも気を引き締め、ハンタードッグと一緒に転送されて来たデータから其れらの名称を確認する。


「前にいるのが四肢ハーフ装備……

 んで奥にいるのがの……完全オール装備!」


 強化外骨格──其の言葉のみで形容するには末恐ろしい、人間たちを恐怖に陥れる未来の兵器マシン




 戦車を翻弄し、


 戦闘機を裂き、


 戦艦を沈め、


 歩兵をなぶり、


 自律兵器を無力化する。


 次世代の戦局を変える、加密爾列の父親によって産み落とされた愚子。






 強化型機動人甲機“II”──『鉄華の寒白菊クリサンセマン』が李羅達の行く手を阻む。






 そして地球上に産まれた新たな化物兵器は、たった一人の青年に向け──




 今、銃爪ひきがねを引いた。

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