7話:白き進軍

 李羅りらの懐へと強襲し、肉眼で追う事の出来ない迅速が彼に襲い掛かってくる。


 加密爾列かみつれの叫びを聞いて咄嗟に回避し、顔の真横を突き抜けるような唸りを鳴らしながら後方へと通り過ぎて行く。


 奔って加密爾列の部屋へと逃げ込もうとした刹那──李羅の肩からキャンプ用トートバックが激しい破擦はさつ音を鳴らして、床へと落ちていった。

 突然の事で動揺しながらも回収せず、鼓膜を突き刺すような轟音に追撃されながらも彼女の部屋へと逃げ込んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「李羅、大丈夫……?」


 肩で息をする彼の背を加密爾列が撫でていると、李羅は先程一瞥したトートバックを思い返していた。


 肩から突然落ちた持ち手の部分が引き裂かれた様に破れ、の状態になる前に何かが


 廊下の床を一瞥し、長方形の小物が複数転がっているのを確認した。


 ──まさか……!


 其れ単体では大したことはないが人の背筋を震わせる形状──素人でも否応に解る其の物体を視た瞬間、李羅は立ち上がり机に置いてあった手鏡を手に取った。


「加密爾列、借りる!」


 そう言うと廊下に鏡だけを出し──次の瞬間しゅんかん鏡の中央が貫通され、大音を響かせながら崩壊した鋭利な破片を寄々よりよりと落としていった。


 ──やっぱり……!


「……ほんと金持ちマンションだな此処ここは……日本でこんな侵入者対策するか!」


 鏡越しで刹那に視た確信的証拠、そして地面に落ちていた


 其れは先程まで気付かなかった。

 否、天井からガンタイプ型ネットワークカメラ。

 其の下部に取り付けられていたのは外部動力式短機関銃マシンガンであり──短機関銃が侵入者である李羅を捉えて5.45mm弾を発射していたのだ。


 そして避けられた弾は床や壁を突き抜けるはずが床や壁へと貫通せず、転々ころころと床を転がっている。

 其れを考えるにマンション内のほとんどが、強固な防弾性を有した物で作られていると推察できる。


 ──もう俺たちが家に来た事は完全にバレてるな、この状況。


「加密爾列!」


 自分の家内で銃撃戦が起きているにも関わらず、平然とした態度で加密爾列は繰輪くるりと李羅へ首を回した。


IIアイツー……なれるか?

 この状況、運動部にすら入ったことない俺からしたらかなりキツい」


 本音を吐露しながら協力を求めると加密爾列は雛罌こくりと小さく頷き、李羅の右手を触りだした。




 刹那──加密爾列の美麗なうでが、傷に塗れた腕が、硝子がらす線のように華奢な脚が、服ごと全て溶解し始めた。


 熱で溶けていく鉄の様に全てがモードを切り替える様に変形し、其の全てが李羅の右腕を包み込むように纏わりだす。


 氷でも押し付けられているかのような冷温を感じながらも、李羅の右腕を──水色を彩らせた半透明ハーフクリア銀色装甲シルバーアーマーを持つひとつの兵器へと変態していく。


 融合された半透明装甲に映るモノに人の皮膚は一片も無く、有機物は無機物に、蒸気を上げながら李羅の右腕へと接続を完了する。


 白桃色の内光を血管状のラインから発し、拳を何度か握り締めて感度を確認した。


「やっぱ慣れないけど……右腕以外の関節は諦めるしかねぇな」


 未だに過負荷が掛かっている左手首や両脚首の関節が痛むも、李羅は覚悟を決めて加密爾列の自室から飛び出した。


 其れを空かさず短機関銃が追撃するも──腕部に取り付けられている小盾から放出された粒子で光障壁を作り、攻撃を阻む。


 そして李羅は玄関──




 の逆方向へと走り出し、弾丸を防御してかわしながらリビングへと逃げ込んでいった。




 刹那、リビングにも展開されていた短機関銃が天井から襲い出し、再び躱しながらも李羅はL字型キッチンへと身を隠した。

 するとキッチンの棚を片っ端から開けて、林檎りんごの皮を剥く様なコンパクトナイフを見つけると十本取り出して九本をズボンの後ろポケットへとしまいだす。


   どうするの?

 ──What are you going to do?


 脳内に加密爾列の英文ことばが流れ、李羅は短機関銃の位置を思い出しながら答える。


「テレビの横にある部屋、あそこに入れなきゃ此処に来た意味ないだろ。

 其れを突破する為にも、ずはあの銃が邪魔だか……ラッ‼」


 入れなかった黒い扉を一瞥し、IIを装着した右手にナイフを持つと短機関銃に向けてコンパクトナイフを投げ出した。


 IIによって放たれた投げナイフは目標の短機関銃よりも着弾速度が早く、更には加密爾列からの弾道補正も加わり──見事命中。

 銃機能、同時にカメラ機能も破壊して完全沈黙させる事に成功した。




「よしっ、れで──

 チィッ‼」


 刹那、突然の銃撃を瞬時に回避して李羅は態勢を整える。

 発射してきたのは先程破壊した短機関銃からではなく、また別方向から飛び交って来た射出された弾丸が李羅を狙ったのだ。


 肉眼で弾丸の発射角度、そして位置や数を確認したところ残り二つ。

 IIを纏った恩恵から動体視力や反応速度が上昇しており、李羅は二つの短機関銃も投げナイフでの破壊に成功する。


「もう天井から弾が来ないとは言い切れねぇ、さっさと行くぞ!」


   わかった。

 ──Okay.


 周辺を警戒しながらも李羅は開かずの黒扉前に立ち、IIを纏った右手で触れた。


「どうやって開けるんだ?」


   協力してくれている大人の人たち、それか私とかお姉ちゃん、パパでしか開けられない。生体認証でね。

 ──It can only be opened by adults who are cooperating, or me, or my sister, or my dad. With biometrics.


「生体認証……って、IIの状態でもできるのか?」


   やってみる、IIでのハッキングはやり方知ってるから。

 ──I'll try, I know how to hack in the state of II.


「頼む」


 刹那、装甲のライン箇所が白桃色に発光し、二秒で輝きが途絶えた。


   終わったよ。

 ──It's done.


「早い」


 扉が下に開閉し──シックな室内とは裏腹な、凍気を漂わせる通路へとみちが姿を現した。


 背中を刺してくるような空気が包み込む廊下を恐る恐る突き進んで行くと、数々の扉が有る白い廊下へと出る。

 まるで病院を彷彿とさせる雰囲気に右手にナイフを持って周囲を見渡すも、敵の気配も足音も無いままゆっくりと廊下を歩いて行った。


「加密爾列、此処ここは何処なんだ?」


   私の為の病院、此処でよく検査とかしてるの。

 ──My own private hospital, I often do tests and stuff here.


「……もはや、お前だけの病院ってだけで驚く気力も失せてるよ」



 加密爾列に対する驚愕も感じず──天井から照らし出してくる白光は、しわ一つないシャツと半透明なる銀色の装甲を鮮麗とした艶やかな色合いへと彩らせる。



   もっと細かく検査しなきゃいけない時や訓練の時は、別の場所でやるんだけどね。

 ──If I need to inspect it more closely or for training, I do it in a different place.


「ふぅん、大変なことで──」




 ふと貌を右に回すと『診断室』と書かれた部屋を黙視し──何かしらの資料が欲しい所だな、と李羅は部屋へと入って行く。


 灯りを付けると清潔感漂う小部屋を見渡し、横長机に置いてある棚から大量にある資料を漁りだした。


「なぁ……何処に何が置いてあるとか覚えてるか?」


 適当に目を通しながら聞いてみるも返事は来ず、頭の中で首を横に振る加密爾列を想像する。


「だよなぁ……」


 色々と捲ってみるも、母親の情報らしきものは出てこない。

 しかし、共通点があるワードを何度か発見して李羅は小さく呟いた。


「千葉……もしかして千葉県で訓練をしてたのか……?」


 『千葉での施設』──其処で実施された実験データなどが書かれており、どういうことかと凝視しだす。


「なぁ、千葉県のどの辺りかわかるか?」


   ごめん……いつも其処へは車で送って貰ってて、其の時窓も黒くされてるから道もわからないの。

 ──Sorry...... I always get a ride home and the windows are blacked out so I don't know where I'm going.



 顎に右手を置きながら問くも加密爾列の言葉を聞き、手詰まり感を覚えながらも白い天井を見上げた。


「お前を運んでいる所を視られない為の対策か……? 今時、マジックミラーとかあるだろうに……ん?」


 そう思いながら読み進めていくと、ある一文字に再びページを捲る指が止まった。




「──IIPアイツーピー開発計画……?」



 先程同様知らない単語に李羅は不思議そうに首を傾げてしまう。

 IIまでは敵が装着し、加密爾列が変態できる兵器である事は理解しているが“P”が意味する事を考察してしまう。

 しかし答えが見つかるはずも無く、李羅は一度椅子に背を預けて吐息を吐きながらも資料を机に置きページを捲り続けた。


「IIP、千葉……元紀ただのり先生……?」


 初めて聞く、男であろう名前──彼の箇所だけやけに丁寧に書かれている様に感じて李羅は加密爾列へと再び問く。


「なぁ、先生って──……っ」




 質問の途中、敏感になった聴覚に見知らぬ耳鳴りを感じて李羅は椅子から離れ、再び右手へナイフを装備した。



   李羅、敵七時方向から此方へ接近。

 ──Rira, approaching this direction from the enemy's seven o'clock.


「七時が何処どこの方角だか解んないけど、敵の位置は理解した」


 IIと化した加密爾列の補助を介し、李羅は音の正体を思考する。

 足音からして人の物では無い、敵は四足歩行で生物とは思えない一定に保たれた速度で接近している。



   該当データを発見、転送開始。

 ──The relevant data is found and transferred to the spinal cord.


 淡々と言う加密爾列から腕の神経接続によって脊髄、大脳へと情報の数々が転送されてくる。

 強制的に組み込まれてくる秒速学習に眉を顰め、頭を抑えながらも李羅は持ち直した。


「……相手の特徴や動きはわかった。

 あとは、其れに対して素人の俺がどう対応できるか……だな」


 ガシャンッ、ガシャンッと機械的に持続させられた歩行音で進軍し──敵との距離が十五メートルを切った事を確認すると持っていた資料を背中のシャツの中へ隠し、診断室を飛び出し構えだした。

 乱れようとしてくる呼吸を整え、右側の角から飛び出してくる敵にナイフを投擲する体制を作る。




「来た……!」


 李羅の聲──二秒後に角からが姿を現し、激走を続けながら彼へとAIはターゲットを定めた。


 犬を模した一メートルの機械躰躯たいく、四肢は細長でいとも容易く折れてしまいそうな見てくれをしていれど一歩一歩が力強い。

 青金こんじょう色の胴体には広範囲カメラが取り付けられており、頭部には愛らしい長顔の代償に憎たらしい一丁の機関銃が取り付けられていた。




棄世の猟犬ハンタードッグ……‼」

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