6話:寄り道は獣道
──2026年 12月2日 水曜日 15時43分。
「へっくしゅ」
色が夕日によって落ちてゆく紅の空下、
「やっぱり寒いか?」
「……破れたとこから風が入って来て、寒い……」
「寒そうだったから破れていたコートも着せたが……
やっぱり服を取り換えるしないよな……」
敵が来る可能性が最も高く、入るには危険すぎる加密爾列邸。
「こんな状況で帰宅なんて」と李羅は反対したが、加密爾列は
着いた先は約百二十メートルもある高層マンション。
建物の大きさに加密爾列の父親の凄さを再認識する。
彼女
「ふぅ……んじゃ、入るぞ」
広々とした豪華
「あっ、ちょっと待って。其処からじゃない」
加密爾列の呼びかけに車椅子を押していた李羅の手が止まる。
「な、何だよ、んじゃどっから……」
「こっち」
と、加密爾列は左方向に指を差すのでエントランスを無視し、彼女が示す方向を進んで行く。
マンションの周りを九十度程回った所で加密爾列に聲を掛けられ、差し示されたのはマンションに取り付けられていた地味目な扉だった。
「此処……管理人用って書いてるぞ。しかも鍵穴なんて何処にも無いし……まさかIIに変身して突き破るなんて言わないよな?」
「そんなぁ、普通に入れるよ」
李羅の質問に答えながらも加密爾列はドアノブに顔を近づけ、其処に内蔵されていた小型カメラへと右眼を合わせた。
すると解除音が鳴り、ドアノブが一人でに捻られると自動的に内側へと開かれていった。
「……虹彩認証ってヤツか……初めて視た」
「そぉ? 普通じゃない?」
富豪一家の差を見せつけられながらも狭い通路を進み、管理人室の手前にあったエレベーターに入ると──
加密爾列は李羅に貰った財布から黒いカードを取りだし、階数ボタンの横にある専用のスキャン口にスライドさせる。
次に階数ボタンを“23、14、8、10”の順番に押すとエレベーターの扉が閉まり、下へと降り始めた。
「毎日番号が変わるから面倒なんだよね」
「セキュリティ厳重だな……つーか、一々毎日変わる番号をよく覚えてられるな」
「そぉ? 普通じゃない?」
記憶力の差を見せつけられながらも轟々と駆動音が鳴り響き、無言のまま時が過ぎると──エレベーターが停止して、電子画面に“B15”と表示される。
車椅子を押して行くと目前には、またもドアノブの無い扉がポツリと立っていた。
そのまま進んで行くと目前の扉は下へと開閉し、中から玄関の様な一室があるのが視えた。
されど玄関というにはあまりにも広々としており──三十人程が靴を並べても余りあるスペースで、右横には加密爾列の車椅子専用と思われる車椅子設置個所が付いている高級旅館の玄関と大差ない広さをしていた。
「はぁ、すっげ」
李羅は素朴な庶民的感想を呟きながらも繊細に並べられた石畳の床を踏み締め、再び広大な玄関を見渡した。
廊下もまるで豪邸の様に広々としており、人が五人程並んで歩いても余裕のある空間に自動点灯した電気に照らされたモダン的で純黒の壁が高級感を更に醸し出している。
加密爾列は李羅の手から離れ、自分で操作すると設置個所に止めて車椅子の充電をし──
「よっ……と」
「お、おいおい」
産まれたばかりの動物の様に震えている膝を視て、李羅は肩で支えて式台に座らせると靴を脱がせてあげた。
「初めて会った時は完全に歩けないと思ってたけど、脚が弱いから長い時間歩けないとかそんな感じなのか?」
「まぁ、そう。
小さい頃にちょっとだけ壊しちゃったから」
「え?」
気に掛かる言葉を呟かれ、間抜けな
白い床と天井、自分の貌が綺麗に映される黒い壁の
自動で扉が開くと、其処には白一色の空間に三メートルもある窓硝子が複数設置された高級ホテルのスイートルームを彷彿とさせるリビングが広がっていた。
テレビ番組で視る様な高級住宅の間取り──成人男性一人分程の幅があるテレビが壁に設置され、ワインレッドの大型ベッドソファが大理石のテーブルを囲むように二台設置されている。
何よりも──窓からは青空や草木に囲まれた庭が広がっていた。
夕方にも関わらず、部屋を照らしているのは青白い朝の陽光──李羅は加密爾列をベッドソファに座らせ、自然が広がる窓へと近付いて双眸を凝らした。
「……これ、全部映像か」
リアルな色彩に思わず聲を漏らす。
地下なのだから察しはつくが、
加密爾列が住む家の広さに『俺が住んでいるとこ何部屋分だろう』と考えながらも、李羅は加密爾列の隣に腰かけた。
深々としたベッドソファが腰部を包み、このまま此処で眠ってしまう事も出来るが
「……とぉ!」
すると隣で寝ていた加密爾列は李羅へと小動物の様に襲い掛かり、腹の上に乗りだした。
「……重い」
比較的軽い加密爾列だが腹に全体重を乗せられると、李羅も苦しい表情を浮かばずにはいられない。
「えへへ、初めてのお客さんだ……」
口元を緩ませ、傷に塗れた
「あっそうだ! お菓子食べる? 食べて良いよ!」
友達を家に招待するという目標が叶えられて心の底から喜ぶ加密爾列に──李羅は上半身を起こして背中を支えてあげると、至近距離で見つめ合った。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ、此処に戻って来たのはお前の母さんに合う為に必要な事があったんだろ?
──それとお前は着替えもしなきゃな、あと数日分の食料や衣類、入れる為の大き目なバックとかもあれば最適なんだが……」
「じゃあ、私の部屋に行こ!」
「そうだな、荷造りもしなきゃだし」
二人で決めると早速リビングを抜けて、長い廊下を再び歩くと加密爾列の自室前に辿り着き自動扉が開いた。
「さぁ、入って入って!」
「お邪魔します…………ッ」
部屋を視た瞬間
辺りを見渡し、
始めて入る女子の部屋で多少の抵抗はあったが、幼稚すぎる部屋の物に妙な違和感を覚えた。
本棚に置かれているのはどれもや小学校の図書室で置いてありそうな小学生向けの本ばかりで、大き目のベッドにはピンクの兎のぬいぐるみが沢山、机に置かれていた筆箱もピンク色で女児向けのキャラクターが装飾された物となっている。
歳に見合っていないまるで幼女の自室に驚く彼を
「うーん、と……コレとコレ!」
独り言を呟きながらハンガーからフリルが付いた白のブラウスと紺のスカート、替えの白タイツも取りだしてベッドへと無造作に投げた。
「おい、服はちゃんとしろ」
「着替えさせて」
「せっかくの服が
「いつもお手伝いさんがやってくれてるから」
「……俺がやるのは問題しかないだろ」
「私別に怒らないよ」
「俺『が』問題なんだよ」
静かに頬を膨らませ、ブラウスを抱きしめる加密爾列と睨み合いながらも──深く溜息をついて彼女からブラウスを受け取った。
「変なとこ触ったら言えよ」
「平気なのに」
ベッドへと腰かける加密爾列の後方へと回り、白桃色の後髪に顔を近づけながらも後ろから手を回して上からボタンを取っていく。
「こんな所にもし、お前の両親が入ってきたら俺はぶっ殺されても文句言えないな──」
シャツを脱がしていると、衣類によって隠されていた腕や背中に李羅は言葉を途切れさせる。
露出していた
彼女の傷跡は全身にも隈なく刻み込まれ、まるで呪いの様な数多の痕跡が面前に広がっている。
切り傷や火傷、様々な残痕が彼女の白い肌を犯し、ザラついた肌触りへと変えてしまっている。
中のインナーも脱がし終わり、薄ピンクのブラジャー一枚の上半身を露わにするが──小振り程ある乳房にも丸くて小さな、まるで拳銃で撃たれたかのような跡が刻み込まれていた。
妙な手汗をかきながらもすぐに替えのインナーを着せ、ブラウスを丁寧に着替えさせてあげる。
李羅は俯きながらも次にスカートと伝線したタイツを脱がせ、今度は下半身を下着一枚だけにさせると
しまいには足首に絞められたような跡や下着近くの股関節にまたも銃弾に撃たれたような跡が視え、彼女がまともに歩けない理由を察しながらも──白タイツと紺のスカートを尻を触らぬようにしながら着せてあげた。
まるで全身刺青を入れた様な傷跡の数々に、全ての痕が蟲のように
着替えが終わると加密爾列はゆっくり立ち上がり、爪先立ちで
光を浴びて美麗に揺れる白桃の長髪に、
「良いなそれ」
「でしょ! でしょ!」
「それじゃお前は着替えとか大事な物を纏めてろ、俺は食料とか使えそうなバックとか探してくる」
「うん。食料は冷蔵庫の中、お菓子とかは上の戸棚にあるよ。あっ! バックは……多分カテリナの部屋にあると思う」
「カテリナ?」
起き上がって其の名を復唱する李羅に話を続ける。
「二週間くらい前まで来てたお手伝いのお姉さん、アメリカ人で金髪の美人さん……前に大きなバック持ってたの視たの」
「んじゃ、最低だが……その人の部屋から盗むか。場所は?」
「部屋を出て右にある所を左に曲がって、手前にある部屋」
「わかった。なんかあったらすぐに叫べよ」
李羅は教えられた部屋へと歩いて行き、カテリナという人物の部屋へと侵入した。
カテリナの部屋は加密爾列の部屋よりも質素で片付いており、ベッドと机、本棚以外の物が殆ど無く──
机の上には四人の人物が満面の笑みで映った写真が飾られており、両親らしき二名の男女と日系人であろう坊主頭の
失礼ながらもクローゼットを開けると上棚にキャンプ用のトートバックが置かれていて、李羅は背伸びをしながら取ると自分の肩に掛けた。
すると李羅は見下ろした瞬間、自分の服にある染みに違和感を覚えて深々と観察し始めた。
「これ……血か」
地味目な暗い色の服を着ていたので気付かなかったが、血痕が付いた状態で自らも歩いていた事に多少の焦りを覚える。
思考していると李羅はクローゼットから彼女の白シャツと紺のズボンを取りだして、一枚ずつ着替えた。
サイズは丁度合っており、全て着替えると自分の衣類を手に持った。
「お借りします……」
偽善でしかない無意味な謝罪を呟き、李羅は次にリビングへと向かう。
リビングにある二メートル半もある冷蔵庫を開くと微妙そうな表情を浮かべてしまう。
「なんだコレ、ペットボトルの水と薬の瓶しかないぞ? 野菜とか肉はどうしてるんだよ、でっけぇ冷蔵庫しといて」
冷凍庫や野菜室も開くが案の定何もなく、あるのは氷ぐらいのもの。
加密爾列の言葉を思い出して戸棚を開くとお菓子があり、チョコクッキーとプレーンクッキーを二箱ずつ手に取り──李羅はプレーンの方を一つ口にした。
しっとりとしながらもサクサク触感のある味わいに心を落ち着けながらも、後で適当に捨てる予定の自分の衣類やクッキー四箱、ペットボトル五本をバックへ入れて戻ろうとする。
「……ん」
ふと、テレビの横を視ると一つの黒い扉が有るのを発見した。
近づいてみるも反応せず、他の部屋同様ドアノブらしき物も無いので李羅は不思議に思う。
「この部屋、どうやって入るんだ」
「おーい、こっち終わったよー」
「ん? ああ、今行く」
加密爾列の聲に反応して扉から離れ、廊下へと李羅はリビングを出ていく。
モノトーンで映画やミュージックビデオのセットにも思える廊下を歩いて行き、遠くにいる加密爾列へと話し掛けた。
「こっちも色々と集めてきた。
それで、
「えぇーっとね、テレビの横にドアがあると思うんだけどぉ」
「あぁ、アレか。さっき試しに近づいたけど何も反応しなかったぞ」
「あー、其処に入るにはね…………」
突然、加密爾列の聲が故障したラジオの様に途切れだした。
「加密爾列……加密爾列?」
名前を呼んでも反応が無く、微かに悪感を感じた李羅は彼女の部屋へと足を速めていく。
「加密爾列? なんかあったのか? おい加密爾列──」
「ダメ! 李羅、逃げて‼」
「え」、そんな間抜けな言葉を出すよりも早く──李羅の目前、取り乱した様子で叫び貌を出した加密爾列の頭上にある天井から──
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