4話:一難は始まりに過ぎなくて

「……あ──また、体が……!」


 襲撃してきた機械兵は全て駆逐した。


 だというのに李羅りらの脚は呪われた様に、まだ一人でに動き出そうとしている。

 自分じゃない何かがからだに指令を送り、本来の肉体主である李羅のう事も効かぬまま──

 首に肘打ちを受け、俯せの状態で倒れていた敵の前へと立つ。


 何をするのかもわからぬまま、李羅は右手に持っていた剣太刀を振り上げさせられ──




 首の根元で光っている装置へと刃先を突き刺した。


 装置が壊れて消灯するのを見守ると、また一人でに動き出して今度は上半身と下半身が真っ二つになった機械兵の首に同じくある装置も潰した。


 の瞬間、李羅は躰が解放されたかのような脱力感を感じ、蹌踉よろけながらも近くのガードレールに背中を預けもたれ掛かった。


 最後に倒した機械兵は縦に真っ二つしてしまったせいか、何も手は加えず李羅は静かに敵の死体を見つめた。

 一に横へ上下に切り落とされた肉塊、二に首の骨を折られ息も出来ぬまま絶えた屍、最後に縦へと頭蓋骨も背骨も綺麗に切り裂いた元々一つだった半身分かれの死骸。


「こんな……どうして──」


 起きた事、終わってしまった事を疲れ切った表情を浮かべて虚空に呟きだす。


 自分の周囲に起きた事がいまだに信じられない、最後に壊した首の装置も一体何故に──




 ──The neck was a recording device, so I crushed it.

 ──首のとこは記録装置だったから、だから潰したの。




「え……」


 また考えてもいない英文が脳内を過ぎりだす。

 されど先程と明らかに違う点は、何を喋っているのか理解できたこと。

 そしての文字にはすらも聞こえてくるのだ。


 ──其のこえ……お前……。


 すると突如、右腕に装着されていた機械が溶けだして泥の様になりながら、李羅の足下へと落ちていった。

 泥へと分離されていったモノは生物の様に卷曲うねりだして、不気味にも一つの形に結合していく。

 機械が別物へと変異していく光景に言葉を失いながらも、鋼の質感や銀色装甲シルバーアーマーは徐々に柔軟せいのあるモノへと


「う……嘘だろ」


 李羅の体内で怒号するように吹雪が吹き荒れ、一向にもうとしてくれない。

 轟々と叩きつけてくる胸騒ぎが、現実ではないと訴える己の現実逃避を全て掻き消してしまう。

 鋭い鋼は丸みを帯び、銀色は肌色に変色し──へと組み上がっていく。


 現状を否定しようとする李羅の思考を殴りつける様に、彼の目前で姿を変え、其の場に生まれ落ちた様に出来たモノ──


「────ッ!」








 機械の腕は、突如姿を消した少女──加密爾列かみつれに変態を完了した。




 李羅の足下で横になっていると加密爾列はぐに眼を覚まし、双脚を震わせたまま近くにあったガードレールの柱に捕まると、李羅の太腿ふとももに傷だらけの右手を置いた。

 李羅は彼女の姿に違和感を覚えた──服は破れ、タイツは伝線したままだが、斬られたはずの右腕と右脚の腱がのだ。


「……い、痛くないのか、お前……斬られてたろ……あと躰、その」

「うん……? うーん……」


 言葉が纏まらないまま李羅の前で気怠けだるそうに頭を抱え、今度は左手を彼の左肩に伸ばすと足腰に力を入れてゆっくりと起き上がりだした。


「大丈夫、直ぐにから平気」

「……大丈夫……こっちは色々と大丈夫じゃねぇけど……」


 新たな疑問が産まれに産まれ、加密爾列及び彼女を取り巻く環境に拭え切れない程の不信感を抱きながらも──


「とりあえず、こっから逃げるぞ!」


 李羅は加密爾列をぶり、彼女の車椅子へと走り出した。

 横倒れになっていた彼女の車椅子を起き上がらせると、意外にも外傷は左側のヘコみだけで済んでおり、動かすことにおいて問題は無かった。


「お前ほんと頑丈なの使ってんだな……っと」


 加密爾列を車椅子の座席へ下ろし、早々にこの場から逃げようとする。


「あー、鞄」

「……あぁ、そうだな」


 彼女が指さす方を向くと、李羅は落ちていた鞄を見つけて拾いに行った。


 ──何で俺、こんな冷静なんだろう。


 鞄を拾って加密爾列のもとに戻ると、李羅は辺りを注意深く見渡して『警察に通報したら良かったのか……?』と思考しながらも──車椅子を押し出し、四肢に機械を纏った死体たちの前から走り去って行った。


 動かぬモノとなった彼らは静寂の闇に投げ出され、初冬の風は溝鼠どぶねずみ色の表面装甲を撫で──其処に宿っていた魂をも一緒に連れて行ってくれた様に静寂だけが留まる。


 ※


 ──2026年 12月1日 火曜日 20時半。




 何処へ逃げるか、逃げれるのか、二人とも捕まるんじゃないのか? 人を殺したから死刑かもしれない。捕まった時、其の時、どう説明するんだ?




 恐怖と不安を交差させ、車椅子を押していると広大な河川敷に辿り着いた。

 夜に青く彩られた草花が生繫おいしげ、街灯以外は誰もいない事を確認すると李羅は階段の前で車椅子と共に背を向け──転ばぬようゆっくりと逆歩きで下りていった。


「李、羅、こ、れ、ガ、タ、ガ、タ、す、る、よ、お、お、お」

「耐えろ」


 一段下る度に加密爾列の言葉が途切れて上下に躰を振動させながらも下り終えて道橋の下へ身を隠すと──李羅は気が緩んだせいか、加密爾列の隣で尻もちをついてしまう。


「……はぁぁ」


 全身を折りたたむようにして両脇へと両膝を置き、深く溜息を吐くと多少の脱力感に襲われた。

 ようやく解放された疲労と緊張感が李羅の全身に駆け抜けていく。


「──ッ!」


 すると左手首と両脚首に鋭い痛みを覚え、青くなっていた手首の関節を一瞥して戦闘の時に激しく振られたせいだと理解する。


 李羅は横に視線を移すと、小さな頭を雛罌雛罌こくこくと動かして眼を閉じかけていた加密爾列の両肩を揺すった。


「うわぁわ! ……ど、どうしたの? 李羅」

「どうしたのじゃねぇ、お前話すべき事あるだろ」


 驚く加密爾列を問い詰めるようにして近距離で顔を合わせるも、キョトンとしたままの加密爾列を見つめて、李羅は肩の力を抜き、鼻で小さく息を吐いた。


「……二つ質問。

 一つ目、俺達を襲ったアレは何?」


「……“IIアイツー”、パパが作った鎧みたいなの」

「作った? あのロボットの兵隊みたいなのを?」


 雛罌こくり、と加密爾列は小さく頷く。


 ──金持ちどころか、開発者んのお嬢様じゃねぇか……。


「二つ目……──お前、何で右腕のに変身できるんだ? 人間の出来ることじゃない」


 人が別物へと変貌する現実で有り得るのかすら疑わしい現象。ましてや機械に、人に纏われる右腕となるなどSFでの話だ。


 彼女、そして彼女を取り巻くモノに対する疑念を問いかけると、加密爾列は表情一つ変えずに小さな唇を動かした。


「私はパパや皆を守る為に産まれたの。……サキモリ? だっけ。……よくわからないけど、に私はこうなってる」

「守る……って何から?」




「私たちの敵全部」




 加密爾列の返答に返す言葉すらも思いつかぬまま、李羅は再び彼女の隣へと座り直した。


 彼女の口から出た言葉が全て真実だとしても、あまりにも飛躍的過ぎる。

 実際に起きた出来事が完全に映画やアニメなどの創作のソレだ。


 少なくとも加密爾列と其の姉は、想像を絶する使命を持たされているのだと──李羅は理解できぬ脳で考えるのをめ、心で何とか受け止めた。


 記憶の中にある様々な要素を繋ぎ合わせて理解しようとしながら、李羅は橋の裏側を見上げた。


 黒くくすんだ天井の上を丁度車が通過して行き、自分たちを探しているのではないかと不安が押し寄せて来る。

 厚着なので寒くはないが、次いつ狙われるかと脅えなければならない事に李羅は不安を積もらせてしまう。


 そして緊張を惑わせるべく、もう一つ思いついた質問を投げようと顔を上げた。


「……あっ……質問三つ目、なんでアイツらお前を攻撃して……って……おい」


 顔を見上げると、加密爾列はオッドアイの双眸を閉じて既に眠りについてしまっていた。


 車椅子に躰を預け、寝顔を晒す彼女を軽く揺すり頬を引っ張り、聲を掛けても起きる気配はない。

 起き上がって、腕掛けに付いていたパネルを見下ろすと『睡眠中Sleep』と表示されており、李羅は諦めて自分も休もうと考える。


 地面に座り直した瞬間車椅子の背凭れに手の甲が当たり、其の温かさに妙な気分を覚えて今度は掌で触れてみた。

 すると、じんわりと温かみを感じ──寒空の下にいても平気な程の丁度良い熱を発していた。


「程よい暖かさ……」


 ──この車椅子も……パパって人が作ったのかな。


 ※


 ──2026年 12月2日 水曜日 10時15分。


 某所に建っている警察署の、建物内の一角に大量の資料を広げたデスクがあった。

 欠伸あくびや未だ眠たげな様子を見せる他の警察官と違い、デスク主である男は真剣な眼差しで紙とパソコンに表示された内容を見比べて、考え事をしながらキーボードを打ち続けていた。


 過去に渡りれで三度目となる、過疎地や集落などの田舎ばかりを狙った連続大量殺人事件。

 一回目は九州にある村だった。

 分校や民家が焼かれ、村人は皆殺しにされたにも関わらず犯人グループの証拠が殆ど無い。

 二回目の四国にある土地も同じようなもので、そして三回目となる東北の事件。


 半月前に起きた事件に幾度と目を通し、の度に男は怪訝けげんそうな表情を浮かべていた。


 此処ここでも証拠となりそうな物は特に見つからなかったが──撮影機器で記録しようとした人たちのスマホやカメラであろう全てには、広範囲電子パルスEMPが掛けられていた痕跡があった。

 しかし其れも最初の一回目から同じ、新しい情報ですらない。


 されど、犯人たちは警察が思うよりも強大である事は容易に想像できる。


「……クソ」


 誰にも聞こえないようなこえで男は悪態をつく。

 今回の事件で彼がどれほど怒りに燃えているか。人々を無惨に殺め、其の目的は未だ不明。

 男は一人葛藤し、積もり積もった苛立ちを誰かにぶつけてしまいたいという衝動すらも沸いてしまう。


「……よッ」


「──う、うわぁ!」


 低い男声だんせいと共に首の後ろへと冷たい物をくっ付けられ、飛び上がる様に椅子から起き上がると──男はアイスコーヒー缶を持って立っていた中年の小太りな男性を見つめた。


「……ひ、久吉ひさよし警部!」

「机とっ散らかってるよ、大丈夫か?」

「……す、すみません、調べ物してて」


 「やれやれ」と呆れた様子を浮かべながらも久吉はアイスコーヒーを差し出し、彼は軽く一礼をして受け取った。

 久吉は彼のデスクを一瞥し、彼の調べ物が予想通りであったことを確認する。


「お前の気持ちはわかるが……の事件は、俺たちの担当じゃない。他にも仕事はあるんだからな。

 中高生の間で広まってる電子ドラッグの件とか」

「わかってます……しかし、時間がある時にでもと思って……」

「休める時は休め……あの村にいた友達や、お前の姉さんや甥っ子ちゃんが皆殺しにされて怒る気持ちは痛いほどわかる。

 でもな、物事全てにおいて時間って物があるんだ。気持ちにおいても事においてもだ」


 諭す様に肩に手を置き、鼻で息を吐いて久吉は其の場を立ち去ろうとした瞬間「あっ、そうだ」と思い出したかのように再び彼の方を向きだした。


「昨日の深夜に通報があった件な、現場の捜査の為に何人か来てくれって言われてるんだ。

 悪いが、お前今すぐ行けるか?」

「……は、はい。今すぐにでも」

「んじゃ、デスク片づけてから現場に向かってくれよ。赤城あかぎ警部補」

「……はい!」


 久吉が立ち去って行くのを見送ると早速デスクに広げていた資料を十五秒ほどで片づけ、椅子に掛けていた上着を着ると赤城勇威あかぎ ゆういは瞬く間にオフィスを後にしパトカーが停まっている駐車場へと向かった。


 今は連続集団殺人事件について調べたい所だが、別の仕事が入れば其方そちらを優先しなければならないのは致し方ない事。


 パトカーの助手席に乗り込み現場へと向かっている最中、勇威は運転している部下の隣で持っていた資料へと目を通していた。




 ──金属が衝突するような音が聞こえた……チンピラの喧嘩や暴動か?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る