3話:想像と暴力から御前は産まれた【参】
空気が肺を刺してくる
李羅に落とす暗影の主──ガスマスクに似た防護マスクで全頭を覆い隠し、戦闘スーツの上にボディーアーマーを装着した
されど、明らかに
手足全てに
すると其の機械兵は後方にも二機姿を現し、数は三。
言葉も無しに
されど
「……な、なんだ
「だ、誰だアンタら! 俺達に何の用だよ!」
訳を問い、叫ぶも相手は一機として言葉を返さず、李羅は力で抑えつけられたまま空気の様に無視される。
そして残った二機が歩道に横たわっている
加密爾列の右腕を刺しだした。
「────」
そして、次に加密爾列の右足のアキレス腱を切り裂く。
新品の様に汚れの無かった彼女の服に赤い血液が染み込んでいく。
其れでも加密爾列の体は、一度とて動こうとはしない。
「おい、逃げろ加密爾列!」
李羅は自分でも馬鹿な事を言っていると理解していた。
あの状況でロボットみたいな連中を相手にして逃げられる訳が無い、自分でも絶対に無理だ。
助けに行く事すらままならず、ただ、友達が唐突に、無惨に蹂躙される姿は視たくなかった。
「加密爾列ェェェ‼」
自分の無様さ加減に対する怒りと、彼女が起きるかもしれない望みを掛けて大きな音を鳴らそうと地面を叩きだす。
そして次に左脚のアキレス目掛け、機械兵は加密爾列へとナイフを振り下ろした。
ガキリッ、と刃が硬物に接触する音が夜街に鳴る。
目前の状況を凝視し、機械兵はメインカメラ越しに映しだされている光景に我が眼を疑った。
機体越しに受けた感触に
反射してきた感覚は、コンクリートを多少削ったもののみ。
いない。
先程まで右腕と右脚を切っていた傷だらけの御令嬢──加密爾列が神隠しにでもあったかのように忽然と姿を消したのだ。
殺してもいない、ましてや此処にいる三機が持ち出した訳でもない。
刹那、
視た、視えた、其の光景に機械の四肢を纏っていた二名は瞠目しながらも、咄嗟に後退して距離を取ると銃を向け──相手の出方を探った。
彼らにとって、今視えているモノはもっとも有り得ないと踏んでいた最悪な状況だったからだ。
そして、李羅はこの状況に一番困惑していた。
恐怖でも安堵でもない、
「ど、どうなっているんだ……」
李羅の目前に落ちていた物は、己の頭を抑えつけていた機械の右腕部。
音も無く繊細に斬られた真新しい切断面からは火花が咲いては消え、中央から人間の腕と思わしき肉から血がパーツの上へと流れ落ちていた。
腕を斬られた、のであろう機械兵は自分が受けた攻撃を把握して一歩後退った。
李羅は──逃げてくれ、助かってくれ、そう願っただけだった。
無様に地面を叩いていた右腕が異様に軽い。
感覚はある、されど自分の物では無いような異物感ばかりが付き纏ってくる。
「──ッ」
加賀李羅の右腕を覆う様にして──見知らぬ機械が融合されていた。
李羅達を襲った者たちと似た機械の腕、されど違うのは見た目の形状と配色。
武骨な彼らと違い多少ヒロイックながらも威光さがあり、薄く水色が彩られた
血管の様に
「──加密爾列……!」
自分に装着された右腕を凝視しながらも、李羅は我に返って辺りを見渡した。
彼女がいた場所には血痕だけが残されており、周囲にも兵隊たちの掌にも加密爾列の姿はなかった。
「
──I'm here.
「──……?」
突如、李羅の頭に英文が流れだす。
思考した訳でも、咄嗟に浮かんだ訳でもない、強制的に誰かが介入してきたかのような違和感のある言葉の入りだった。
「な、何……誰、アンタ……」
──behind.
聞こえてきた言葉と同時に──李羅の身体は突然一八〇度後方に旋回し、
「──え」
ナイフで襲い掛かろうとしていた機械兵を、紙の様に上下へと切り裂いてしまう。
先程右腕を斬られた相手だった。
戦闘用のスーツとボディアーマーのみで構成されていた比較的柔らかく弱点とも言える胴部の上半身と下半身に両断され──機械兵は内臓を溢したまま、地面へとズレ落ちてしまう。
脅威を与えた未知の兵隊が、一人いなくなった。
其れをやったのは確かに己が右腕であり、されど殺そうとしたのは己が意思ではなかった。
身体が操られた様に動き、普段使われていなかった人間の動体活動が今活性化された。
そして、右腕にはいつの間にか見知らぬ武器──『剣太刀』に似た近接武装が握られている。
敵を斬ったのは此れで間違いない。
消えた加密爾列、知らぬ相手からの脳内への言葉、そして優位逆転。
其の全てを理解できぬまま──
──Behind you, they're shooting at us.
「お、おい! ──ッ⁉」
両脚までもコントロールされ右横に避けると、李羅の左肩を二発の銃弾が掠りだした。
残った二機の兵隊が此方へと発砲し、李羅の右腕部目掛けて撃ち続けてくる。
「こんな街中で銃なんて──」
人が当たったら風穴が開く程のサイズを視て、李羅は逃げようと判断する。
「今はコイツらを何とか振り切って──ァッ⁉」
しかし、李羅の両脚は彼の思惑とは真逆に敵へと前進し、暗がりの道を左右へ何度も曲折しながら奔って往く。
銃弾は一度も命中しないまま懐に入ると──一機の拳銃を下から横半分へと切り落とし、背後に回り込むと首に肘撃ちを与えて無力化した。
フラついた状態で地面へと倒れていく仲間を一瞥し、残った一機は即座にターゲットを補足しようとするが既に視界範囲内から姿を消していた。
されどて機械兵はすぐに位置を察し、右側へ避けると左から降り下ろされた刃の軌道と反射した光を黙視した。
「外れた!」
強制的に構えさせられる李羅の前、機械兵は持っていた銃を太腿のホルスター部に戻し、腕部の横に固定武装として大きく取り付けられたナイフシースから専用のナイフを取りだす。
其のサイズは厚切り包丁よりも太く、普通の人間が斬られれば一溜りもない。
有無を言わさず機械兵は李羅のもとへと吶喊する。
背丈差は三十程度、両者装着部以外に直撃を受ければ即死は免れない。
されどて、未知の機械兵が襲ってくる恐怖を目前にしながらも李羅の
たった一つの武器である剣太刀を振るい、己が命を誰かに握られている様に彼は
鋼同士が重複する斬撃の
喧嘩すらまともにした事が無い李羅が戦えているのも、全て脳に響く文字だという事は己自身も理解していた。
されど──
──素人でも解る、
明らかに近接戦では
地味に押されつつあり、武器越しに来る衝撃は右腕を通り越して首や胸に響いてくる。
「痛っ……! いい加減……あっ!」
刹那、衝撃に耐えきれぬまま後ろに仰け反った李羅の前に、倒れるようにして懐へと飛び込んできた機械兵はナイフを心臓へと定めてくる。
一直線に刺し込もうと空を斬る刃を直視し、李羅は全感覚がなくなったかのように錯覚した。
死んだと思い、胸が熱くなって痛みが刺される前にやってきたように感じる。
鉄音が響いてしまう。
しかし、先の様な刃同士ではない。
鋼と鋼、だが李羅の方は転ぶ寸前に躰を踏ん張らせ、右腕部を前に出す事で防御の体勢を取っていた。
前腕部装甲に取り付けられている小盾で斬撃を塞ぎ、機械兵は即座に距離を取るとマウントしていた銃を再び装備して右腕以外に発砲した。
弾が李羅に命中しようとした途端──小盾から魔法のように舞う煌びやかな粒子が李羅の前を覆う様に六角の光障壁を作り出し、全てを防弾してしまう。
光障壁は照明弾のように激しく発光し、機械兵は許容範囲以上の光によってメインカメラからくる映像がホワイトアウトした。
機械兵は次に行動を移そうと、左側から聞こえてきた音を追いかける様に顔を左へ回し──
突如、
徐々に纏っていた防具やヘルメットが割れだし、縦に切り傷が産まれていく顔を晒したまま躰は二つに分かれ──左半身に続き、右半身と地面に倒れ伏した。
真っ二つになった機械兵の隙間を左右から流れてくる彼の血液が地面を伝り、一つの水溜まりの様に繋がっていった。
「はぁぁ……ふぅ……はぁぁ……ふぅ……」
其の瞬間を──李羅は斬り終えた姿勢のまま、背面から二つへ分かれていく姿を凝視していた。
言葉が出なかった、呼吸の荒れも無かった、何よりも人を殺したという実感が湧かなかった。
正体不明の機械兵に襲われ、加密爾列がいなくなったと思ったら右腕に機械が装着されて、三人も殺してしまった。
この間たった四分程の出来事。
人生において短い時でしかない、そんな時間で起きた様々な出来事に李羅の思考は追いつく事が出来ない。
先の機械兵、今の状況、今後の事、どれを先に考えれば良いのか見当も尽かないまま、少年は
──I'm done, I'm good to go.
また、流れてくる言葉に心を傾けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます