第3話 甘美な夜と再会とおじさん

ここはバーチャルな一室。

椅子の背を正面に、クルクル回りながら空中に浮かぶホログラムを見る。


不敵な笑みを浮かべる口元が動き出す。

「ふーん、電話番号変えてないんだぁ、おじさん。」


ふと、通知音がなる。ホログラムの端から通知を確認する。

そこには「新増ミロch お休みASMR 一緒に寝よっか、みんな。」というタイトルとお布団に横たわる新増ミロのサムネが映されている。


「ふふ、おじさん。お休みASMRって。攻めるじゃん、ほんとにさ。」


数秒、思考を巡らせるような表情から、ハッと表情を明るくさせたと思うと、不敵な笑みをより強くにじませた。


「良いこと思いついちゃった。楽しみだね、ねっ、おじさん。」


◆◆◆


「みー」


スラッとした白猫が猫撫で声で鳴く。

これは生成AI"Nyanco"ことみーちゃんが実施完了、指示に対する了解を示す意図で発せられる音である。


「で、出来た!これで"おじさん"を一掃できる。ありがと、みーちゃん。」

あしもとに擦り寄ってきたみーちゃんを抱き寄せてお礼を言う。


満足げなみーちゃんにより生成された新たな衣装。新増ミロがいつも着ている寝間着姿というコンセプトを元に作ったこのパジャマ。

全体的に水色をベースとして細部を白で彩られ、フードのついたパーカー、太ももが際立たせる短パンといったラフな姿だ。


「あの事件以来、"新増ミロ"にはおじさん属性が根強くついてしまった。」

俯きながらとうとうと語り出す新増。


パッと顔をあげる新増。

「しかし、"新増ミロ"はおじさんじゃない!理想の女の子である"新増ミロ"がおじさんであっては断じてならないのですよ!!」

拳を握りながら熱弁する。ふと、あの激闘の数日を思い出す。


◆◆◆


ベッドの上で寝転びながら空中に浮かぶコメント欄を眺める。


あの事件以来、新増は「シン○レラおじさん」という謎のキーワードに悩まされることになる。初配信に限れば7割が「シン○レラおじさん」を言及している始末。あの後に数回の配信を行ってはみたが「はやくシン○レラおじさんやってよ。持ち芸でしょ?」という関連したコメントが5割という地獄絵図となっていた。遠回しながらに「あれは事故でもうやりません。」という声はかき消されてしまった。


早さを増していくコメント欄を見てみると

「シン○レラおじさんはよぉ。」

「シン○レラおじさんやらないの?」

「シン○レラおじさんをやってくださいよ、義務ですよ?」

「シン○レラおじさんが無いと生きていけません。」

「シン○レラおじさんを皆が求めてます、やるべきです。」


シン○レラおじさん。シン○レラおじさん。シン○レラおじさん。シン○レラおじさん。シン○レラおじさん。シン○レラおじさん・・・・・


シン○レラおじさんのピー音が木霊してそれ以外の音が聞こえなくなる。


・・・・


やっと、静かになった。


これだけならまだ良かったのだが、噂ではAIを用いて、複数のアカウントを操作し、コメント欄の雰囲気を自分の良いようにコントロールしようとする輩がいるとかいないとか。しかしながら、そんなモノ、素人に見分けなんてつかない。


「・・ふー。泣き言を言っても仕方ない。何とかしなきゃ。」

手で顔を覆う。


「とりあえず出来ることをしなきゃね。」

顔をゴシゴシと拭ってから目を開く。


「うん、大事なのは「新増ミロがどうしたいのか」を覚悟を持って伝えること。だよね。」

「それをいくつかの形に分けて、できるだけ多くのみんなに伝えていく。」


「まずは、今回の騒動に対して謝罪動画をあげないとね。」

「それと、毎回の配信に書いている「今日のあらまし」にしたい事と、使用しているツールを記載してと。」

「あとは、その場その場での説明しかないよね。」


これは"新増ミロの存続"を賭けた戦いだ。


ムクッと起き上がる。ベットの上にみーちゃんが飛び乗ってきたからだ。


みーちゃんを体育座りで迎えると

「みーちゃん、どうしたら良いのかな。"新増ミロ"として活動できるようにコメント欄を制限するしかないのかな。」


どうしよもない事への愚痴だった。それだけのつもりだった。


「みー」の音が部屋に木霊する。


「何、みーちゃん励ましてくれるのうれしいな。」


そんな事を数日間、続けてみる。

数回の配信を経て、謝罪動画、「今日のあらまし」や口頭での説明のおかげかコメント欄の「シン○レラおじさん」という言葉は無くなった。


ただ、そんな中、「シン○レラおじさん」を言うと消されるという噂が流れ始めた。

そのため、「あの事件、あの言葉」と名前を言っていけない様な雰囲気がある曰く付きの言葉となった。


だが、「おじさん」だけは根強く生き残っている。

「このおじさんを一掃して、可愛い理想な女の子、新増ミロを通してみせる!」

と決意を新たにするのであった。


◆◆◆


「こんミロ~新増をーミロー」


「見たよぉミロおじ~」

「今日も可愛いねミロちゃん」

「見たミロー」

「新鮮なミロおじだぁ~」

「今日は一緒におねんねASMRって本当ですか!?」

「やっほぉ、ミロおじ」


部屋はリスナーを招待するために制作した"新増ミロ"の部屋である。

女の子らしさがあふれるお部屋。


ふと、光の粒子が集まりだす。これはAIによってコメントを抽出して、リスナーのモデルを作り上げている演出である。

誕生したのがミロップ。うさぎの一種をモデルにしており、長く垂れたふわふわでもふもふなお耳が特徴。これはリスナー感の間で、リスナー名を「あーでもない、こーでもない」と論争される最中、これで良いんじゃね?と意見が多かったモノをAIが拾ったのだろう。

また、大分デフォルメされており、一頭身より少し大きい位で、顔に無精ひげ、お腹にはらまきがついているのにお目々は可愛く仕立てられている。オプションとして酒瓶をぶら下げることも出来る。


ベットに腰掛けるミロップ(AI)に前屈みになる新増。

「ふふ~ん、今日はねぇ新しい服も仕立ててきたんだよぉ。」


「ミロちゃん、気合い入ってるね。」

段々と鼻を膨らませるミロップ(AI)


「ちょっと待っててね。着替えてくるから。」

すると、新増は空中を指でスワイプすると、カーテンの仕切りが新増の姿を隠す。


前屈みになるミロップ(AI)。

「くそぉ、おじなのに。おじなのに・・・」

「おじじゃない!新増はおじじゃないの!!」

即座におじに対して抗議の声をあげる新増。


「大丈夫、ミロおじは女の子。問題はない。」

頭を抱えながら自分にブツブツと言い聞かせるミロップ(AI)。


「バ、バーチャルだからな、問題は無い。」

と開き直り始めるミロップ(AI)。


そんな事をしている間に着替えを進め、その残骸がカーテンの裾からはみ出してきている。


「おまたせ~待たせたかな?」

カーテンから上半身だけヒョコッとだしてみる。


「いやぁ!全然。」

声がひっくり返った。手を振りながら伝える。


「えー、緊張しているの?」

「き、緊張なんてしないし!」

顔を赤らめさせながら、俯いてしまうミロップ(AI)。


「ふーん、そっか。ね、どうかな?」

上半身だけ出ている状態で、カーテンを手でたぐり寄せながらもじもじと尋ねる。


「ん。いいんじゃないかな。とても可愛いと思うよ」

と腕組みをしながら片目をつむり、もう片目はほんの少しチラリと開けている。


「えーもっと。どこがどう好きなのか。教えてよ。ほら。もっと見ても良いんだよ?」


ふと、目を開けるとそこにはカーテンから出てきた新増が前屈みでこちらの顔をのぞき込んでいた。


「ふぁっ!?え、えーと。うん。えーと。」

顔を赤らめる。両目を大きく開き、新増の姿を眺めると、耳のついたフード、紫色の髪は揺れ、紫紺の瞳は潤んでる。もこもこした水色のパーカー、白く張りのある肌がまぶしいふともも、前屈みになることでシャツに皺ができ、より立体感を帯びたおっぱい。

徐々に目が充血し始めたミロップ(AI)。


「お、おっぱい!」

いきなりの事に混乱したミロップ(AI)は正常に判断など出来ていない。感じるがまま、あるがままの感想を吐き出す。


すると顔が一気に赤くなる新増。

「ちょ、直球過ぎるんじゃい、ばかぁ!もうちょっとは服とか髪型とかそういう所から褒めてだね。ま、うん。そっか。おっぱいか。おっぱいがよかったんだね。」


あごに手を当てながらうんうんと頷く新増。

ふと、自分の失態に打ちひしがれるミロップ(AI)を見て、新増はベットにダイブ。

ボフーンと音を立ててベッドインをする。


「へっ!?えぇぇぇぇ!?」


「ほら、ミロップくん(AI)。本番はここからだよ?」

物知り顔で見つめる新増。


「こっちにきて」

というと、新増は手を伸ばし、小さなぬいぐるみの様にミロップ(AI)をそっと抱き寄せた。

「ふぁあああああああああああああああああ!?」


「ねぇ、新増の声、聞こえる?」

と耳元でささやく。


「今日はお疲れ様。いつも頑張ってる皆のこと、新増見てるからね。」

「う、うん。まぁ。」

「無理しすぎちゃ駄目だよ。休むときはしっかりと休まなきゃ。」

「うっ。」


ミロップ(AI)のほっぺに手を当てて、ほほに伝うものを拭う。

「辛いことあったりするのかな?新増はね、少しでもそんな事を忘れさせてあげたいんだ。」

「うん、なんかね。とても暖かいよ」


「そっかぁ、そうであれたら、とってもうれしいなぁ・・」

顔を赤らめ、はにかませながら嬉しそうに呟く新増。

「サービス」と口にしながらギュッとしようとしたその瞬間。


「そのサービス待ったぁ。おじさん。」

銀髪ツインテールの碧眼美少女がドアを足蹴に入ってきた。


「こんめいでぇーすぅ。今日はコラボということでご招待に預かり有難うございますぅ。桂木萌生ともぉうします。」


バッと起き上がる新増、頭の中で考えを巡らせる。

(えっ、どうして。いや、今はそんな事よりも場を繋げなくちゃ。)


「サプラーイズ、みんな。あはは、驚かせちゃったかな?」

額に汗を感じながら口を動かす新増。


「ちぇ、良いところだったのにコラボって・・ひどいな。これ。」


すると、萌生が勢いを付けてベットにダイブ。そのまんま新増の上に乗っかる事になる。


「ねぇ、おじさん。続きをしよっか。ミロップちゃん(AI)も一緒にね。」


その事態に驚きつつも、状況の整理をつけながらミロップ(AI)は考える。

(予想外の百合展開!?これはこれでありかもな!!)


今日もまたその手の平はドリルの様。


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