第9話 たゆたう

時男達の家に戻った三人は、心凍え、言葉を交わすことはできなかった。


千賀子は思った。

今、どんな言葉を愛ちゃんにかけても心に届かないであろう。

愛ちゃんが泣いていた時、抱きしめ、背中をさすってあげる事しかできなかった。

自分の無力さが情けなかった。


ただ、大人としてやるべきことは、これからある。


亡くなった夏海と祖父の弔いをしなければならない。

愛ちゃんの心に出来るだけ寄り添えるようにしたい。


愛は心ここにあらずで、テレビの前に座っていた。

この大震災の後、テレビ番組はひっそりとし、

どこも同じコマーシャルを繰り返しかけていた。

今の愛には、その全てが胸をえぐられるものになった。


ピロロロン


そのとき、愛の携帯電話が鳴った。SNSのメッセージだった。


――愛ちゃん

具合は大丈夫ですか

眠れていますか

             優花――


優花からのメッセージだ。

そこから優花の優しい声が聴こえてくる気がした。


愛は、少し躊躇ったが、優花へ返信をした。



――優花ちゃん、メッセージありがとう。

心配してくれてありがとう。

哀しいけれどお母さんとおじいさんは亡くなりました。

暫くの間はお葬式とかあるから

会えないけれど元気でいるから安心してね。

明日はまたお母さんたちの所へ行ってきます。

                 

                  愛――


愛の心は虚空に吸い込まれていくようだ。

まだ父親とも音信不通だ。


父の行方を捜したくても術がない。

心が凍えた。


…………


携帯電話を触っている愛の様子を

離れた場所から千賀子は眺めていた。


まだ、高校生になったばかりの女の子には

辛い出来事すぎる。

愛の母親と祖父の葬儀を執り行おうと

時男と一緒に色々斎場を探したりしたのだが、

今回のような大災害ではなかなか順調にはいかない。

葬儀の案内を出すことすらできる状態ではないのだ。


手向ける花すらもないという。

写真の用意もできない。


千賀子は思いが詰まって

二階のベランダに出た。


空には月が穏やかに私たちの世界を照らしていた。

この世界を私たちは船のように揺蕩いながら

生きていかなければいけない。


二人の葬儀が終わったら

愛の父の捜索をしなければ。


…………


朝になった。



不完全な睡眠だったが、三人とも緊張のせいか眠たくはなかった。


愛の元に、優花からメッセージがきた。

実家に行く前に優花の家に立ち寄って欲しいという。


優花の家は地震の被害はあまり受けていないようだ。

愛たちが来るのを、優花は家の前で待っていた。

手には花を持って。


自宅の花を摘んでくれたそうだ。

「愛ちゃん、お花をお供えしてあげて」

ただ、それだけ言って、優花は愛を抱きしめた。


愛の眼からは堪えていた涙が零れ落ちた。

「愛ちゃん。堪えなくていいんだから」

そういう優花の眼からも涙が零れた。












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