第8話 絶望の淵で

悪路を走り、なんとか避難所である小学校へ到着した。

皆、土埃色に染まり、疲れ果てた顔をしていた。


愛は、その中から母たちの姿を探したがみつからない。

「愛ちゃん?愛ちゃんなの?」

後ろから愛を呼ぶ声がする。

振り返るとそこには近所の朱美おばさんが立っていた。


朱美さんも煤けた顔をしていた。

「朱美おばさん、私のお母さんや皆はどこに居るの?」


朱美おばさんは、目を逸らして言った。

「なんもみつからねぇ。どこさも居ねえんだ」


「きっと別な避難所に居るんだよね、きっとそうだよね」

愛は朱美おばさんの袖をつかんで問い詰めるように言った。


「ごめんな、ごめんな愛ちゃん。

あんたらいの家族みんな、見つからねえんだ。

でもな、お父さんの悟さんは、建築現場で働いていたはずだから

もしかしたらそっちの避難所に居るかもしんねぇ」


愛は凍り付いたようにその場に立ち尽くした。

後ろで聞いていた時男も千賀子も愛にかける言葉が見つからない。

「自衛隊の方達がきっと探してくれるから」

千賀子はそういうと、愛の実家に向かって歩いて行った。


穏やかな凪の海は先日の津波を忘れさせる。

急な坂道を三人は歩く。愛は携帯を取り出した。

もしかしたら母の夏海が持っていた携帯に使がるかもと思ったのだ。

だけれど駄目だった。


家は津波を受けていて原型を留めていなかった。

「おかあさん!おじいちゃん!おかあさん!おかあさん!」

愛は家の瓦礫を取り除きながら叫んだ。

愛の声は海鳥の声に混じって海へ消えていく。


「愛ちゃーん。こっちゃきてぇ」

近所の朱美おばさんが大きな声を出してやって来た。


「いいかい。気を強く持つんだよ。

あのな、亡くなった人たちの骸が集会所に安置されているんだ。

そこに、もしかしたら居るかもしれない。

千賀子さん達も付き添ってもらって行くといい」


三人は、隣の集落にある集会所へ行くことにした。

現実を実際に見ると、助かる可能性が低いという事が分かる。

こんなに多くの遺体を見るのは初めてだった。


愛は一人の遺体を見て、くぐもった声で泣いた。

夏海だった。

傷は少なく、肌に着いた泥は出来るだけ取ってある。

愛は母の冷たく固くなった手に自分の手を重ねた。

千賀子は、愛の背中をいつまでもさすってあげた。


三陸の海は海鳥が哭く。


…………


程なく、祖父の遺体も見つかった。

愛は涙が枯れるほど泣いて放心した。

時男と千賀子は愛を一旦連れて自分たちの家に帰った。


現実は残酷だ。

愛は、この悲しみを背負って生きていかなければいけない。

ふと、愛の携帯にメールが着信した。

同級生の優花からだった。


愛ちゃん、無事なの?

いつでも連絡ください

            優花



短い文だったが、

愛の事を想い、言葉の行間からは

心配しているのが伝わってきた。



気持ちの整理のつかない愛は、

どうしても返信できなかった。

帰る車窓から眺める海はきらきら輝いていた。

幼いころから見ているそのままの海だ。



―― 海が憎い

   お母さんを

   おじいちゃんをかえして!

   海なんかもう見たくない

   海が憎い ――


愛は涙が止まらなかった。

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