第7話 故郷へ
時男と千賀子、愛の三人は、遠く三陸の故郷を目指し車を走らせた。
道路の状態は最悪だ。
「あなた、ゆっくり走らせてね」
「ああ、わかっている。しかし、この道路はひどいな」
「ほんとに」
凹凸をしっかり見極め走らせたつもりなのに、ガツン、となってしまう。
とても乗り心地が悪い。
「おばちゃん、具合悪くなった」
しまいには、愛が車に酔ったりして、ハプニングが続いた。
それでも、確実に近づいている。
海岸近くの道路は、浸水しているところも多い。
「この道しらないよ。津波がこんなところまで来たんだね」
「そうね、実際に見ると、言葉もでないわ」
今まで道だったところは、壊れた家屋や車などで道を阻まれ、通れなくなっているので、仮の道路ができていた。
できていると言っても、舗装なんかされていない。
土煙の立ち上る悪路だ。
「車が埃で汚れるな。フロントガラスも大変な事になっているよ」
「この辺りは津波で家屋が全壊したのね」
「木片や釘もあるからタイヤのパンクが心配だな」
それでも、自衛隊が寝食惜しんで、復旧してくれているのだ。
本当にありがたかった。
津波が原因なのだろう。
海が近くまできていた。
ここら辺は、道路の両脇に住宅や商店の立ち並ぶ場所だったのだか、瓦礫の山になっていた。
がけ崩れの関係で、今までの道路は使えないため、旧道を開放していた。
旧道は、狭い道だ。
慣れない細くうねる道を車で走るから、時男も緊張して無口になる。
山間部の合間から見える海はとても美しく光っていた。
光の一つ一つが、亡くなられた方の御霊のような気がした。
…………
あの日。
あの時。
夏海は、船の上に居た。
今まで見たことのない海の様子に夏海はただならぬものを感じた。
海が哭いている。
夏海は決して諦めたわけではない。
懸命に生きようと、その瞬間まで生き抜いた。
生き抜いたんだ。
海の申し子と言われた夏海の骸は
海へと深く沈み、海へと還っていった。
ただ、愛 と、叫んでいた。
波の合間にその声はかき消された。
…………
あの日。
あの時。
祖父は激しい揺れが収まると、海に出ている夏海の身を案じた。
足が悪い祖父は、波止場までなんとか辿り着いた。
海の様子がおかしい。
急激に引き潮になっている。
「夏海ー!気をつけろ。」
海に向かって叫んだ。
空はいつの間にか曇天の空になり
大粒の雪が海に消えていく。
沿岸部にはサイレンがなり放送が鳴り響いた。
「津波がきます。すぐに高い所へ避難してください」
祖父はいつまでも其処で夏海の名前を呼び続けた。
魂の灯火が消える瞬間まで。
…………
あの日。
あの時。
父の悟は、建設現場にいて作業をしていた。
激震の後、あっという間であった。
建築資材が悟の上に覆いかぶさってきた。
意識を取り戻すと、激しい痛みが体中に走る。
なんとか此処から抜け出ないと。
右足が骨折したようだ。
もがいてみたが動けない。
体力に自信のあった悟だが、
流石に独りで脱出するのは難しいと感じた。
至る所から、呻き声が聞こえてきた。
これほどの大地震だ。
消防も救急も全て混乱しているだろう。
なんとか自分で此処から脱出しなければ。
夏海、愛、みんな無事だろうか。
一刻も早く皆の元へいかなけれないけない。
気持ちばかりが焦る。
沿岸部の小さな街にサイレンが鳴り響いた。
それは津波が来ることを知らせるサイレンだった。
悟は最後まで諦めなかった。
命ついえるその時まで。
…………
海はその日、荒々しく雄たけびを上げながら
沢山の大切なものをさらっていった。
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