第4話 慟哭
時男の勤める会社は、市の中心部にあるビルの20階だ。
今日は、朝から営業会議をしていた。
ホワイトボードを前にして、質疑応答をしていた時だ。
…ん?
足元が変な感じだ。
グワングワンする。
波打つように部屋が揺れた。
「地震だ!」
誰かが放った声で、会議室の人はテーブルの下に身を隠した。
色々な機材が台から落ちる。
ストッパーをつけているのに、ホワイトボードがあちこちに迷走する。
ビルの危機管理室から全フロアへ
「地震発生。地震発生」
そしてサイレンの音。
なんとも気持ちの悪い揺れが続く。
高層ビルによく起きる、長周期地震動に共振しているからだと、後で知った。
ようやく揺れが収まったが、会議はそのまま中止となり、
緊急放送の指示のもと、非常階段を使って1階のフロアへと集まった。
他の会社の人も、みんな顔を引き攣らせている。
時男の会社は医療器械を販売している会社だ。
得意先の殆どは病院と大学関連である。
この揺れだと、得意先は大変な事になっているだろう。
空から大粒の雪が落ちてくる。
自然の脅威を感じるとともに
人間の無力さを思い知らされた。
揺れが落ち着いてきた。
先ずは、皆のいるオフィスへと戻った。
事務所の中は惨憺たる光景だ。
パソコンは落ち、壁に並んだキャビネットは倒れている。
軽い怪我をした女性事務員は、泣いていた。
軽いパニック状態の事務所の空気を変えたのは、支店長だ。
細やかに指示を出し、怪我人の応急措置をさせたり、倒れているキャビネットを邪魔にならないようによけさせた。
そして言った。
「得意先の安否確認は、私と、時男君の2人で行う。他の者は、安全を確認しつつ、そのまま自宅へ帰宅するように。会社からの連絡があるまでは自宅待機になる」
時男は次席であるから、ある程度は覚悟はしていた。
それでも気持ちに緊張が走る。
不安げに、右往左往する部下たちに、時男はゆっくりとした、はっきりとした声で
皆に伝える。
「貴重品を持って、落ち着いて階段から降りていけ。少しでも煙を感じたら戻ってこい。大丈夫だ、安心しろ。このビルは安全だ」
皆の避難を確認した時男は、支店長のもとへと急いで戻った。
「時男君、すまない。一緒に残ってくれ」
支店長は時男に頭を下げた。
なんとかして、得意先である病院へ連絡をとりたい。だが、固定電話は通じず。
携帯電話も駄目だ。
恐らく、得意先の病院はこの後、戦地の如く患者で埋まるだろう。
人命を救うため、我々の出来ることは。
なんのマニュアルがある訳でもない。
初めての体験だ。
これから先のことろ考えると頭が真っ白になる。
今日は、帰れないかもしれない。
千賀子、すまない。
無事でいてくれ。
…………
愛は学校に居た。
突然の激しい揺れに教室のあちこちから悲鳴が聞こえてきた。
慌てて机の下に隠れた。
口の中には、出さずに飲み込んだ涙の味がする。
避難訓練の時と同じにすれば、必ず助かるのだと、言いきかせた。
どのくらいの時間が経ったかも分からない。
教科担当の先生が、揺れが収まった頃、
校庭へと誘導した。
校庭へ集まった皆の顔は、そのどれもが恐怖に染まっていた。
時折くる余震でも、悲鳴があがる。
学年主任をはじめ、先生方が集まって話し合っている。
どうなるのだろう。
愛の手を、友達の優花が握ってくれる。
その手も、汗ばみ震えていた。
愛は、ぎゅっと握り返した。
……ようやく、先生たちの話が決まったようだ。
拡声器を使って先生が話し出した。
~~~~~~~~
今回の地震で皆さんも驚いたことでしょう。まだ油断はできません。
確認がとれた情報では、全ての交通機関はストップしているようだとの事です。
今日は、この後の授業は取り止めとなります。そして明日以降、休校となります。今後の情報については、ラジオの放送で確認をしてください。
皆さん、くれぐれも気をつけて下校してください。
~~~~~~~~~
皆がざわついた。
大概の生徒は、バスや地下鉄で通学していた。
歩くしかない。どんなに遠くとも。
愛のアパートは、学校の近くではなかった。おばちゃんの家の近くという条件で決めたので、地下鉄を使って通学していた。
……どうしよう。道が分からない。
愛は焦ったが、いつも4駅向こうだったから、なんとかなりそうな気がした。
優花が気遣ってくれた。
「愛ちゃん。このまま私の家に来ない?」
とても嬉しかった。
「優花ちゃん。ありがとう。でもアパートに帰らないと、皆が心配するから」
優花は、愛をぎゅっと抱きしめた。その目には涙も浮かんでいる。
「いつでも困ったことがあったら言ってね」
そして、2人は別れた。
愛は、先ずはいつも乗る地下鉄の駅を目指した。
道路の隆起や陥没が激しく、歩くのも大変だ。
ブロック塀の倒れている所もあった。
愛は、道の真ん中を歩いて行くことにした。
ようやく地下鉄の駅に着いたが、先生の話の通り運休していた。
こうなったら、アパートまで歩くしかない。
早くしないと暗くなってしまう。
とにかく急いで、それと思われる方角へ歩き出した。
泣きたくなる気持ちを、グッと堪え、
ただただ歩いた。
夜になり空には星が輝いていた。
……もう、歩けない。
緊張と疲れで、愛の眼からは涙が溢れてくる。
ふと、横を見るとそこはお寺であった。
フラフラと愛は吸い込まれるようにその中へと入っていった。
お寺も石灯籠が倒れていたり被害があるようだ。
愛の姿を見つけた住職は親切に声をかけてくれた。
愛は、アパートに歩いて帰ろうとしたが
道に迷ってしまい帰れなくて途方に暮れている事を話した。
「今日は危険だから、此処に泊まると良い」
住職の言葉に愛は緊張と不安がほぐれ泣いてしまった。
遠くに目を見やると、空が赤らんでいる。
どこかで火事があったのだろう。
今日は此処でお世話になろう。
きっと明日になればなんとかなる。
そう自分に言い聞かせて。
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