第2話 後編

 厚い雲に覆われた空が姿を消し、朝の光が差し始めた頃、1人の男がモニカの前に現れた。


「まったく。ここまでやるとはの」

「英雄は遅れてやってくるものですが、遅すぎましたわね」

「ここの王には再三忠告はしたんだがな。聞く耳を持たんかったわ」


 国があった場所は、ワームによって壊され食され、掘り返されてまっさらな土壌になった。


 朝日に照らされて、マリアはうっすら目を開けた。そこにいる男にマリアは気付き起き上がる。


「先生…」

「マリア、しょうがなかったのだ。お前が急いで私に助けを求めたが、予想以上にモニカの魔力が強かった」

「し、しかし先生でも止められないならお嬢様はどうなりますか」

「どうしようか?モニカ」


 先生と呼ばれた男はモニカに意見を求める。


「そうですわね。このまま地獄に堕ちるか、わたくしを知らない未知の土地へ隠れるか、どっちにしろ険しいですわね」


 モニカはふふふと半ば諦めたような顔で笑う。目的は達成できた。あとの人生は、もう半分死んでいるようなものだ。実際心臓は動いていない。

 そんなモニカを見てマリアは


「先生、それなら私にお嬢様のことを任せてください」

「なんだって?」

「私が聖女なら、お嬢様を救ってみせます」

「でもマリア、あなたは今日初めて自分が聖女だと知ったのよ。神聖力の使い方も知らないじゃない」


 モニカは慌ててマリアを制する。使い方を誤れば、両方が相殺されて消えるのだ。モニカはマリアのためにそれだけは避けたい。


「私は先生の書庫で嫌になるほど知識を詰め込んだのです。その知識の中で最適解を見つけます。お嬢様のいない今後の人生なんて生きたくありません」


 マリアはそこらに転がっていた棒で地面に何やら書き始めた。


「やってしまいました…こうなるとマリアは意地でも答えを見つけますよ」


 モニカは男を睨んだ。


「昔から分からないことがあると、ああやって地面に書くのです。食べることも忘れ、わたくしは何時間待たされたことか」


 呆れながらもモニカはマリアを見つめている。


「あなたはこうなることを見越して、彼女をわたくしの侍女にしたのですか?」

「あの日のことを言っておるのか…」


 モニカの屋敷に男がマリアを連れてきたのは、モニカが8歳の時だった。モニカの祖父と男は懇意の間柄らしく、マリアはモニカの専属の侍女としての適性を満たしており、それまでモニカは友人と呼べる者は1人もいなかった。祖父はそんなモニカを気にかけ、男に相談したのだった。モニカの味方は祖父とマリアしかいない。その祖父も亡くなり、父親が当主になると家はすぐに傾き始めた。


「モニカの祖父も抗えようのないモニカの未来を嘆いていた。どう転んでも悲惨な結末になると」

「お祖父様は先が視える方でしたから」

「ならば、先に2人を会わせてみようか、と賭けに出た。王子より先に2人を会わせる。お互いがまだ何者かも分からないうちにな。まぁ、モニカは祖父に似て聡い。うすうす感じていたのだろう?」


 地面に突っ伏して計算するマリアを男は見ながら


「祖父はな、例え抗いようのない未来が待っていようと、その間の幸せな時間をマリアと過ごしてほしいと考えたのだ。2人で笑い、喧嘩しながらも能力を高め、意見を話し合える2人に。どうだった?マリアは」


 そう問われ、モニカは目を潤ませる。


「わたくしには勿体無い侍女で友人です。彼女がいたからわたくしは生きて来られた。相反する能力を持ちながらも、わたくしを癒してくれた。それで十分ですのに」


 モニカはボロボロと涙を流す。


「心臓が動かず、魔力の塊となったわたくしをまだ救おうとする…」


 マリアは顔を上げ、2人を見る。自身の顔は青ざめているが、何か決心した表情だ。


「結論は出たか?」


 男が問うとマリアは


「お嬢様を救うには、これしかありません」

「ふむ。どうしようというのだ」

「お嬢様の魔力と私の神聖力を限界まで高め、一気に相殺するのです」

「な、なんですって!?」

「モニカの魔力は桁違いだぞ。お前は神聖力に目覚めたばかりだ。力は強い方に引きずられる。雛が鷹に挑むようなものだ」


 しかしマリアは微笑む。


「お嬢様は言われました。わたくしをずっと癒してくれた、と。それは私も無意識に神聖力を使っていたからではないですか?」

「それは…」

「しかし、確かに私は神聖力に目覚めたばかりです。先生ならどうにかしてもらえるのでしょう?」

「そうさなぁ…」


 男は腕を組み、考える。男はふぅと息を吐き


「では、2人とも、まずは自分の力で最大限の力を出してみよ」


 モニカは慣れたように一気に魔力を高める。マリアは両手を握り力を込める。


「マリア。まだまだそんなもんじゃモニカを救えんぞ」

「うぐぐぐぐ」

「マリア、自分の力を信じるのです」

「うぅぅぅ。お嬢様ぁ」


 涙を流しながらマリアは徐々に力を上げていく。


「まだまだ」

「先生…やはり私では無理なのでしょうか…」

「なぜだ」

「お嬢様を救いたいのはもちろんです。しかし私の答えが間違っている可能性も…」

「マリア」

「はい?」


 目を開けたマリアの目の前で、男はパァン!!!と柏手を打った。ビクッと驚いたマリアは力が抜け、一気に神聖力が上がる。


「力を入れ過ぎだ」

「はぁはぁ」

「モニカ。こんなもんだろうか」

「そうですわね。大体近い感じがします」

「じゃあ、2人にはちと我慢をしてもらわなければな」


 と言うと男はまずマリアのに向き合い右手をマリアの頭に添える。するとマリアの神聖力がどんどん男の右手に集まると同時に収縮されていく。


「せ、先生?」

「大丈夫だ。お前の生命力を取ったりはしない」


 神聖力を吸われ、ふらふらになったマリアは小型のワームが集まった椅子にドシンと倒れた。マリアの神聖力は男の手のひらの上で飴玉の大きさになった。


「あら、やりすぎではないですか?」

「ふん。人1人を救おうとするのだ。我慢してもらわなければ」

「案外スパルタなのですね」


 ふふとモニカは笑う。


「さぁ、次はお前だ。これを飲んでみなさい」

「この神聖力の塊を?」


 えぇ?というふうにモニカが顔をしかめる。男はぐいっとモニカに右手を出しだす。


「言っただろう。我慢をしろと」


 モニカは迷ったのち、男の右手から飴玉の神聖力を取る。だが、手は爛れない。


「私の魔力でコーテティングしてある。飲んだ瞬間剥がれるがな」

「お優しいこと」


 モニカは複雑な顔をした。


「いいか。これを飲めばお前の体の中で魔力と神聖力が戦い、激痛が走る。耐えられるか?マリアの思いに応えられるか?」


 男はマリアを見て、モニカに問う。


「マリアが望んだことです。それに…もう死んでいますから、どんな変化が起ころうと受け入れます」

「そうだな」


 モニカは意を決して飲み込む。飲んだ瞬間コーテティングが剥がれ、モニカの体の中で爆発が起こる。ドン!ドン!と体が跳ね上がり、口から血を吐き出す。


「ぅ゙あ゙あ゙あ゙ああ゙あ゙!!!」

「お、お嬢様っ!」


 モニカの叫び声を聞いて、マリアがよろよろと起き上がり手を伸ばす。その手を男が遮り


「いいか。これがお前たちが望んだことだ。どんな結果になろうと受け入れるのだぞ」

「先生…」


 マリアは唇を噛み、血を流す。モニカの痛みに身が引き裂かれそうだ。モニカの体は青黒くなり悶え苦しんでいる。マリアはそんなモニカの姿を見守るしかない。


 何十回何百回、モニカの体の中で爆発が起こったかしれない。叫ぶこともできなくなったモニカはもうふたつの力に委ねるしかなかった。



◇◇◇



 モニカが意識を失って数時間後、モニカが目を覚ますとそこは見慣れぬ家の天井だった。寝かされているようだと気づいたモニカは、目をこする。しかしその手はいくらか小さくなっているような…

 すると、もそもそとモニカの横で動くものがいる。


「ん?」


 モニカが声を上げるとそれは小さな小さなワーム。モニカが最初に会ったワームと同じ大きさのワームがいた。


「あら?あなたもお昼寝?」


 そうモニカが問うと、ワームはキシャシャと応える。ワームは真っ白な色をしていた。ドタンバタン!と音が聞こえ、部屋のドアが開かれる。


「お嬢様〜。お目覚めですか!」


 と、マリアが勢いよく入ってきて、モニカを抱きしめる。


「マリア。あなたも居たのね」

「えぇ。ワームさん、お知らせありがとうございます」


 ワームはキシャシャと応えた。


「あら?マリア。私に触れるの?」


 自身に触ったらマリアも爛れるはずだったが。マリアはズビズビ鼻をすすりながら


「えぇ。お嬢様も私も、魔力はほとんどありません」

「ほとんど…そうなのね」


 一応成功したようだ。しかし


「なぜ私の手は小さいのかしら?」

「あぁ、それは…」


 マリアが説明しようとしたところへ、男が入ってきた。


「なんだ。もう起きたのか」

「えぇ。まだ起き上がれませんが」

「まぁ、そうだろうな」


 と、部屋にあった椅子を2人分引き寄せて座った。マリアも横に座る。


「さて、どう話そうか」

「まず、私の力とマリアの力は無くなったと聞きました」

「そうだ。モニカの中で相殺され無くなった」

「成功したのですね」

「間一髪だったな。これは奇跡でしかない」


 モニカが気を失い、倒れたときモニカの体は真っ黒だった。マリアが抱き起こし顔を擦ると、そこから皮のように剥がれ、新しい皮膚が見えたのだ。それを見た男はモニカを魔法で包み、マリアと一緒に国をあとにした。


「この家は最近手に入れた持ち家でな。そこに2人を入れた。外からは分からぬよう認識阻害の魔法をかけている」

「お嬢様をお風呂に入れて洗ったとき、黒かったところが剥がれて、もとのお体より小さくなっているのが分かりました」

「私の体が小さくなったの?」

「あぁ、お前たちを引き合わせた頃くらいの年になったかな」

「それは…これからまた成長するのかしら?」

「モニカは残念ながら死んでいるからな。しかし成人したくらいまでは成長するだろう。それからは歳も食わない」

「それはしょうがないですわね」


 と、小さいワームを撫でながら言う。


「私はまたあの頃のお嬢様に会えたようで嬉しいです」

「あの頃より、中身は大人よ?」

「それでも、です」


 マリアはモニカの手を取る。


「だが、私のこの家では家事魔法くらいは使えるようになっている。なので、2人が行くところがなければ、私の家で働いてはどうかね」

「え、いいのですか?」

「私は家を空けることが多い。その間この家を守ってくれる人が居たら助かる」

「なら、お嬢様。私と一緒にメイドのお仕事をしましょう」

「わたくしにできるかしら」

「大丈夫です。私が教えます」

「なら決まりだな」


 モニカとマリアは男の家でメイドをすることになった。



◇◇◇



 それから2人は数年を一緒に過ごすことになった。家の中の仕事、庭の仕事、街で暮らす人々との付き合い方、モニカにとっては新鮮だった。


 ある日、男は旅の途中で出会った行商人の親子を連れてきた。この街では手に入れられない物を数多く販売していた。その親子と交流していくうちに、マリアは息子の方と仲良くなり、嫁ぐことになった。もちろんモニカの厳しいテストに合格したのはいうまでもない。


「お嬢様、私と離れて大丈夫ですか?」

「何言っているの。あなたが幸せになれば、わたくしのことはいいの。それより、マリアを不幸にしたら地の果てまで追いかけるわよ」


 と、息子に圧をかけた。マリアが嫁いだあと、2人は定期的に手紙を交わしていた。年月が立つに連れ、行商人の家は大商会になり、忙しいにも関わらず、マリアはモニカに手紙を送り、夫となった息子も度々モニカを訪れていた。モニカのアドバイスもあり男の家は得意先になっていたのだ。

 

 ある冬の寒い日。マリアはこの世界から別れを告げようとしていた。年老いた体でベッドに横たわり、白い息も途切れ途切れだ。すると母屋の方からこちらの部屋へやってくる足音がする。夫がドアを開けると、そこには昔のまんまのモニカと男がいた。


「あら、しばらく見ないうちにおばあちゃんになっちゃったわね」

「お嬢様…」

「少し話をしましょう。いいかしら?」


 と、夫に声をかけて部屋の外に出てもらった。


「こんな寒い日にあなたを見送ることになるなんてね」

「もう春は近いのだがな」


 男も同調する。マリアはぼんやりと2人を見る。


「マリア、あなたの人生はどうだったかしら?」

「私の人生…」

「そうよ、辛かった?悲しかった?それとも楽しかったかしら?」

「私は…お嬢様に会えて嬉しかったです。それに家族を持てた…私にはもったいなかったです」

「そう。満足したならそれでいいの。最初のうちはわたくしに付き合わされて大変だったと思うけど」

「ふふふ。それもまた良い思い出です」

「マリア、お前の魂はこの人生の記憶を忘れてしまうが、私たちは覚えているよ。それにな、また会えるようになる。いつかは分からぬがな」

「そう…ですか」

「そうよ。だから安心して。わたくしはいつまでもこの世界にいる。あなたが助けてくれたから」


 モニカはマリアに向かって微笑む。


「さて、長居はしてはけないわね。お暇しましょう」

「お嬢様…先生」

「ん?」

「また、会いましょう…」

「そうだな。また会おう」

「…早めに会いに来てね」

「ふふふ」


 そうして、男とモニカは部屋を出て大商会の家をあとにした。そしてマリアはしばらくして息を引き取った。



◇◇◇



「マリアはいい笑顔でこの世を去ったようだよ」

「そうですか…」


 数日後、大商会の様子を見に行った男は、その時の様子をモニカに話した。


「マリアがいなくなっても、あの商会は私たちとの関わりを保つそうだ」

「まぁ、跡取りもその孫も顔を見せてもらってますしね」


 2人は椅子に座り、飲み物を口にしている。近くで白いワームがごそごそしている。このワームはあの2頭のワームで、消滅した国の建物や人を飲み込んだあと、男によってそのはらの中のものは取り出され、地の底へ送られている。その際ワームは小さく縮小され頭も1つになり、モニカのそばに居たというわけだ。


「マリアのことなんだが…」


 と、男は昔を思い出すような目で遠くを眺めている。


「あの子も異世界から来た子なんだよ」

「そうだったのですか」


 初めて会ったときから、何かが少し違う気がしていたのだ。


「あの偽聖女とは違うのですか?」

「あぁ、あれはあちらで死んで肉体などそのままに、こちらの世界に来た。マリアの場合は死んで再構築され、この世界で生まれた」

「はぁ、そもそもが違うのですね」


 モニカはなるほどと思った。


「マリアはあちらの世界で、親類縁者を災害で亡くしている。マリアも巻き込まれ、魂が彷徨っていたところをこちらの神が見つけた、というわけだ」

「そうなのですか」

「しかしこちらで生まれても孤児になってしまい、どうしようかと神が思ったところへ、私がマリアの近くに現れたということらしい」

「ご主人様は、その神様と話ができるのですか?」

「長く生きていると、見つけられてしまうのだ、神にな。長寿種は因果なものだ」

「それで、ご主人様はマリアと居たのですね」

「そうだ。そして聖女という役割を持ってしまったが、それよりもマリアは普通に生きたいと願っていたのだ」

「前世がそうだと、今世では家族を持ちたかったのですね」

「そして、お前の祖父がお前の友達を探していると聞いたのでな、普通とは程遠いが、同い年のお前なら彼女を受け入れると思い、紹介したのだ」

「マリアも大変だったのですね。あの偽聖女より、わたくしの心に残っておりますわ」


 と、モニカは両手で胸を抑えた。


「マリアがいつ帰ってきてもいいように、この家も発展しなくては」

「そうだな。私も長生きしなくてはな」


 はは、と男は笑う。


 そうしてモニカは、マリアを待つため長い年月を過ごすことになる。その間に男とモニカはいろんな子を成人まで育て、世間に放ち、果ては居候まで持つことになるが、マリアの生まれ変わりはまだまだ現れない。


 ある日、小さな男の子を男が連れてくるまでは。

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悪女と聖女 ミナヅキカイリ @kairi358

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