悪女と聖女

ミナヅキカイリ

第1話 前半


(はて、どこで間違えたのかしら)

 

 小さい頃に両親たちに決められた婚約かしら?はたまた最初に王子に出会った日から?それとも異世界の少女が現れたときから?いやいや、わたくしが早く王子を見限らなければ、この道は歩かなかったはず。そう思いながら歩く。

 この街の真ん中にある処刑台に辿り着くまでに、民衆からは罵声と物が投げられたが、モニカはそれをことごとく避けている。気になることといえばひとつ、メイドのマリアの行方だ。

 幼い頃からずっと一緒にいたマリア。少しそばかすがあるが、心の優しい、モニカの唯一の理解者だった。両親に手痛い仕打ちを受ければ、マリアが後から抱きしめてくれ痛みが和らいだ。本が好きでこの国の歴史も、物語も全部マリアが教えてくれた。

 無実の罪に問われたときも、マリアが庇ってくれた。私が連行されたあと、解雇され今は行方がしれないということを人づてに聞いた。


(あぁマリア。できることなら最後に会いたい)


 それも虚しく、モニカは処刑台への階段を上がり断頭台に跪く。それを少し高いところから見ていた王子、頭からベールを被った聖女は薄笑いを浮かべ


「何か言いたいことはあるか」


 とお決まりのセリフを吐く。


(悲しいことだわ。こんな者たちのせいで一生を終えるとは)


「早く首を落としなさいよ。


 モニカはそちらを見ようともせず、口を開く。王子は苦痛に顔を歪め


「早く処刑してしまえ!」


 と叫ぶ。聖女はベールの奥でニヤニヤと笑う。

 モニカは目をつぶり、マリアを思い出していた。


(お嬢様、今日の私のお話はどうでしたか?)

(とても面白かったわ。そんな秘密があったのね)

(えぇ、これは王家しか知らないことです)

(それをわたくしが知って良かったのかしら?)

(何をおっしゃっているのですか?未来の王妃なのに)


 マリアが期待するような王妃にはなれなかった。マリアを幸せに出来るような王妃になれなかった。それだけが心残りだ。


「お嬢様!あぁ〜!」


 幻聴かしら?とモニカはうっすらと目を開ける。断頭台の遥か向こうに、裸足で駆けてくるマリアを見た。悲痛な叫び声で顔をグシャグシャにしながら、民衆にもみくちゃにされながらマリアは足を進める。


「いやです!こんなお別れはいやです!お嬢様!!」

(マリア!あぁ…こんなわたくしのために…そんなに泣いて…)


 モニカは嬉しかった。たった一人、自分のために泣いてくれる。両親も民衆も王家も誰も自分を庇ってくれなかった。マリアだけが…


(マリアを…こんな国に置いてはいけないわね…)


 モニカの体の真ん中で何かがぷつんと切れた。そこにちょうど断頭の刃がモニカの首をめがけて降りてくる。すると晴天だったはずが一瞬にして真っ暗になり、断頭台に雷が落ちてきた。


「ぎゃあ!!」


 王子は叫び声を上げ、聖女はその場にうずくまった。断頭台は雷が落ちた衝撃で壊され、処刑人たちは落雷に巻き込まれた。

 それを見たマリアは泣き崩れ呆然とした。


「お嬢様…」

 

 マリアはモニカも雷に巻き込まれ亡くなっていると思った。焼け焦げた断頭台の崩れたあとに民衆が近寄る。するとそこからモソモソと何かが動き、立ち上がった。

 煤で汚れてはいるが、そこにはモニカの姿があった。しかし、目を開けたモニカの瞳は真っ赤になっている。民衆たちは恐れをなしてその場から後ずさった。


「あらあら。確かにわたくしは死んだと思ったのに。よっぽど未練があったのね」


 と、自分の心臓を確かめてみる。


「あら?動いていない。ははっ。やはり死んでいました」

「お、お前…なぜ生きている?」

「今のわたくしの言葉、聞きました?死んでいると申し上げているのです」


 モニカは空に向けて魔法を放った。この国全体を包むバリアみたいなものだ。


「今からこの国はわたくしによって滅びます。喜ばしいことですわ」

「何を言っている!お前一人の力などたかが知れている」


 王子はモニカに向けて暴言を吐く。


「あなたの目は節穴ですか。あぁ、とっくにそうでございましたね。わたくしとしたことが、失礼致しました。最初から申し上げましょう。この国に魔法を放った時点で、あなたの魔力よりも何倍もわたくしのほうが上です。しかしこれは今に始まったことではなく、元からあなたより魔力はあったのですよ」

「なんだと…」


 目が節穴な王子は顔を歪ませる。


「それに…そこで這いつくばっている女ですが、聖女でもなんでもないのです」

「え?」

「ち、違うわ!私は紛れもなく聖女よ!王子様だって、王様だってそう仰ってたわ!」

「なら、あなたの神聖力でわたくしに攻撃してみせなさい。ほら」


 モニカは自分の心臓を指さした。聖女はよっこらしょと立ち上がってモニカに手のひらを向けるが、何も出てこない。力を込めても何も出てこない。


「どうしてよ!なんで何にもならないの!」

「どうしてでしょうね?殿下。あなたならご存知でしょう?」


 モニカは青ざめている王子に矛先を向ける。王子は首を横に振る。


「わ、私は何も知らない」

「はぁ、前から学ばない人だとは思っていましたが、これほどまでに歴史や王家について無知とは。未来の王になるはずだった人が聞いて呆れますわ」

「ならば、お前は知っているんだろうな?」

「当たり前です。仮にも王家に嫁ぐ者でしたので。うちの優秀な侍女に隅から隅まで教えてもらいました」


 モニカは近くの家から椅子を魔法で引き寄せて座る。


「まず、聖女というのはその世代に一人しか生まれません。すなわち、その時点でこの国に一人しか聖女がいないというわけです。それはこの国の歴史が教えてくれています。なにか災いが起こる時に、必ず聖女が活躍してくれたのです」


 モニカはこほん、と咳をし


「すなわち、災いと聖女は切っても切れぬ関係です。どちらかが先というわけではありません。同時に生まれます」

「それは…お前のような人や、魔物であってもか…」

「あら、アンポンタンな割にそこは気がつくんですのね」


 くすくすとモニカは笑う。王子は顔を真っ赤にしてモニカに近づこうとするが、魔法に阻まれて近づけない。民衆も兵士もそうだ。


「そして王家というのは、聖女の存在をきちんと把握しておかなければならない。これは必須でしてよ。それなのに、見つけられずこの女を聖女に仕立てた。職務怠慢もいいところです」

「しかし!彼女は異世界から来た。それだけでも凄いことだ!」

「異世界から来た…たったそれだけです」

「なに?」


 モニカは腕を組み、考えるふうなポーズを取る。


「この国の歴史には、異世界から来たものが絶対的に聖女というわけではありません。時間軸が違いますので。実際に災いであるわたくしと、この女は歳が同じではありません。それなのに、それだけで聖女にし、わたくしを罠にはめ処刑しようとした」


 ちらりと聖女を見て


「それに見てくださいませ。周りにちやほやされて食っちゃ寝食っちゃ寝していたのですよ、この女は。聖女としての仕事もせず、周りの男性に色目を使い、運動もしない。顔中吹き出物だらけ。ドレスも肉がはち切れんばかりに広がっています。彼女がなぜ、いつも顔を隠していたか。聖女だからというわけではなく、この顔を見せたくなかっただけです」


 聖女はいつも頭からレースを被り口元だけを周りに見せていた。それ以外に厚化粧をして、吹き出物を隠していた。体もコルセットでギチギチに締め上げていたため、転ぶと簡単には起き上がれない。移動時は必ず誰かが手を引いていた。


「異世界から来た方で、ご活躍されていた方は立派に歴史に名を残されています。あなたは名を残せますか?もっともわたくしはあなたの名前を知らないので、記憶にも残りません」

「きぃぃぃぃっ!」


 聖女は悔しげに叫ぶ。王子はそれを聞いてもなお


「しかし聖女はいるのであろう?お前は知っているか?」

「えぇ」

「連れてきてもらえぬか?」

「は?何を馬鹿なことを…」

「ちゃんとした聖女を王家に迎えれば、お前も我らに手出しはできぬ」

「だから?そこの女をわたくしみたいに捨てて処刑するのですか?」

「当たり前だ。我らを謀ったのだからな!」

「王子様!それは私を裏切るのですか!」

「幸いこの話は城にまで伝わっていない。お前を排除して聖女を迎えた私が王になるのだ」


 モニカはやれやれというふうに、首を横に振る。


「災いであるわたくし自身に聖女を連れてこさせ、自分が見つけたと嘘をつき、わたくしを排除し、王になるという馬鹿な王子を持って、王家は本当にどうしようもない跡継ぎを皇太子にしたものですね。どこをどう弄くればそんな発想になるのやら」


 モニカは椅子から立ち上がり、地面に思い切りかかと落としをした。地面はひび割れ、民衆の何人かがひび割れに落ちる。


「言っておきますが、今の話、陛下に伝わっております」

「は、なにを…」

「他の王家の皆さま、貴族、この国の民衆全員に、あなたの馬鹿な企みがバレております」


 モニカは天を指差し、


「最初にわたくしは空に向かい魔法を放ちました。この国だけを滅ぼすために外側に被害が出ないため。それと同時に、この場の状況の音声と映像が個人個人に見えるように、この処刑台の周りの民衆以外に伝わるように施しました。ですので、声高らかに宣言いたしましたね。自分は無能だと」

「嘘だ…」

「しょうがないですわね、これがあなたの人生です」


 そうモニカが言ったとき、地面が激しく揺れた。なんだなんだと民衆が騒ぐ。


「あぁ、来ましたね。わたくしのペットが」


 ゴゴゴゴゴとその音が近づき、処刑台が下から突き上げられた。


キシャーーーーーーー!!!


 そこに現れたのは一匹の巨大なワームだった。大きく開けた口の中は尖った歯でいっぱいだ。ワームはモニカの前に顔を寄せると、モニカはその口を撫でた。


「さあ、お腹空いたでしょう。ここにあるもの全部あなたのご飯よ。この処刑台にあらかた集まってくれたおかげで食べやすくなったわね。隅から隅まで召し上がって」


 そう言われたワームは嬉々として街の真ん中からぐるぐると、逃げ惑う民衆、崩れかけた建物などありとあらゆる物を口に運ぶ。ある者はワームの餌食に、ある者は地面のひび割れに落ち、助かったとしても小型のワームが控えていて、バリバリと食される。

 街の外に出ようとしてもモニカのバリアのせいで出られず、ワームに見つかる。

 そんな阿鼻叫喚の中、王子は聖女に羽交い締めにされ、身動きができない。


「放せ!偽者!」

「1人だけ逃げようだなんて…あんたも道連れよ!」


 わちゃわちゃやっている2人にモニカが近づき


「あらあら、醜い光景だわね。自分がやられる番だなんて想像できました?」

「わ、私が悪かった!許してくれ!」

「あらあら、今更謝られても何も響きませんことよ。そうそう、わたくしみたいな女を何というかご存知?」


 王子は首を横に振る。その首を聖女が掴んでいる。


「悪女とも魔女とも言われるそうですよ。魔女といえば火あぶりの刑が定番らしいですが、魔女も元は普通の薬師の女性だったのに、権力によって仕立てられたとか。犠牲になるのはいつも女性ですわね」


 パチン!とモニカが指を鳴らすと、2人はふわりと宙に浮き


「ひと足先に地獄を味わっていただきますね。さようなら」


 2人が抵抗する間もなく、獄炎が2人を包む。叫びにならない叫びを2人は発し、何度も炎が立ち上がる。偽聖女は脂肪を蓄えているため、ジュウジュウと醜い音が聞こえる。何度目かの炎のあと、そこには何にも残されていなかった。2人は跡形もなく消え去った。


 モニカは、ふぅ、と溜め息をつき、巨大なワームの食事を椅子に腰掛け見ていた。するとモニカの近くに小さなワームが数匹寄ってくる。一緒に現れたのはマリアだった。


「連れてきてくれたのね、ありがと」


 モニカはワームを撫でると、マリアに向き合った。


「マリア、ごめんなさいね。あなたのお嬢様はもう居ないわ」

「いいえ!いいえ!私のお嬢様はモニカ様だけです。どんなお姿だろうとも」


 と、マリアはモニカの手を取ろうとした。しかし、手を握った途端、モニカの手が爛れてしまう。


「え!お嬢様…」

「今のわたくしは魔の塊。あなたの神聖力が作用してわたくしは爛れてしまう」


 手が離れるとモニカの手は元通りになる。マリアは自分の手を信じられないような目で見る。


「お嬢様、私はもしや…」

「えぇ、ずっと黙っていたけれど、あなたこそ本当の聖女よ」

「でも私は何も力は無いのです」

「いいえ、あなたは確実にわたくしを癒していました。小さい頃から」


 モニカが怪我をするたびに、マリアがまじないをかけた。すると痛みが和らぐことが度々あった。


「でもそれは一種のまじないです。気のせいかもしれません」

「わたくしの言葉は信用できないと?」

「いいえ!ですが…」

「いいわ、何もかも終わったあと真相を知ることになる。あなたは寝ていなさい」


 マリアの顔に手をかざすと、マリアは眠気に襲われ倒れる。そこをワームたちがキャッチする。


「わたくしが触れると相反してマリアも傷付く。大事なものほど触れられないなんてね」


 悲しげな顔をしてマリアを眺め、ワームの食事を見ていた。



◇◇◇



「何をしておる!急いで逃げるぞ!」


 王は誰よりも先に城の非常口に駆ける。あの息子が馬鹿な真似をしたおかげで、王も命を狙われる羽目になった。王家もモニカをただのお飾りだと思っていたが、最後にとんだ化け物になったと後悔している。この国の誰よりも大きな魔力を隠していたのだ。


 モニカの生家も娘の力に愕然としていた。巨大なワームが現れたとき、映像も音声も途切れパニックになった。逃げる場所など思いつかないが、とりあえずこの国から逃げる事を最優先に両親や、使用人たちは外へ飛び出た。


「うわっ!」

「ぎゃあ!」


 するとそこには小型のワームが大量に待ち構えていた。ワームたちはひと塊りになり、巨大なワームになり、上から両親たちに倒れてきた。潰された両親たちはそのまま動けず、小型のワームに飲み込まれる。ワームたちが去ったあとには何も残ってはいなかった。


 その頃王家では、同じく映像も音声も途切れ、外の状況は分からない。とりあえず外に出ることにした。巨大なワームは1匹しかいない。王はたかを括っていた。非常口の扉を開けるとそこは真っ暗闇だった。外は曇っていたが、こんなに暗かったか?と供の誰かがランプに火を灯すと周りはトゲトゲの壁。ワームの口の中だと知り、慌てて城へ引き返す。

 王が最初に出たため、引き返すと最後になる。ワームは口を閉じ、消化液を壁から吹き出した。王たちは全身に消化液を浴びて、倒れワームの胃の中へ導かれた。

 同じように城の奥に隠れていた王妃や他の王子、王女も城の中に居た小型のワームに見つかり、巨大なワームの下へ引きずり出され軒並みその胃袋へ誘われた。


 巨大なワームは体はひとつだが、頭はふたつ。二股の部分から頭が異常に長かったのだ。モニカがワームに指示して城に待機させておいた。ワームはそのまま城を飲み込み始めた。

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