チチ

 愛しい息子だった。頭も愛想も良くて、俺にもよく笑ってくれた。俺が育てたとは思えないくらい、自慢の息子だった。

 彼は美帆によく似ていた。彼が生まれて間もなく、帰らぬ人となった彼女に。彼はあまり母親のことを聞かなかった。正直、いつ何を聞かれるのかとヒヤヒヤしていたから助かった。

 彼は、俺と少しも似ていなかった。当たり前だ。血の繋がりがないのだから。しかし、何も聞いてこないところを見ると、幸いまだ気付いてはいないらしい。時間の問題だろう。とは思いつつ、実の父親が既に他界していることを、俺は伝えかねている。

 彼のことは少なからず愛しているが、特に最近はそうもいかなくなってきた。美帆によく似ていた少年は次第に、あの男によく似た青年になっていく。俺から美帆を奪った、あの男に。

 それが俺には耐え難かった。どうしようもなく、耐え難かった。


 だから。


 今、息を切らした俺の目の前には、割れて散乱した食器と、今日の夕飯。そして、見たこともない顔で怯えきった少年。

「もう限界だ」

 彼をどう見ても美帆を探せない。あの日の男の醜く歪んだ顔しか浮かばない。

「お前にはもう美帆がいない……美帆がどこにもいない……」


 ゴッ! ゴッ、ゴッ。

 ごめんな、美帆。でも、これでようやく会える。俺も今からそっちに行くからな。


 息子だった男の側で、俺は舌を噛み切った。

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