カゾク

翡翠

ムスコ

 優しい父だった。手先も口も不器用で、そんなところも好きだった。男手ひとつで育ててくれた、自慢の父だった。

 母・美波は、俺が生まれて間もなく亡くなったという。父は母の話をするのを嫌がっているようだった。きっと悲しみに耐え難いからだろうと、俺は深くは聞かなかった。

 父は、俺と少しも似ていなかった。恐らく血の繋がりがないのだろう。どういう経緯があったのか分からないが、本当の親子でないことは確信していた。

 父のことは愛しているが、それでも時々寂しくなる。両親は俺と似ているのだろうか。母はどんな人だったのだろう。俺の本当の父親は、今どこで何をしているのだろう。

 だけど、どうしても聞くことはできなかった。聞けば全て崩れ落ちてしまいそうで、それが嫌で、飲み込んだ。


 それなのに。


 今、床に尻もちをついた俺の目の前には、割れた蛍光灯。そして、俺に向かって灰皿を振りかざす父。

「もう限界だ」

 俺の知っている父の顔が、その口が、俺の知らない言葉を紡ぐ。

「お前にはもう美帆がいない! 美帆がどこにもいない!」


 ゴッ!



 ねえ、父さん。ゴツゴツした手で俺を撫でてくれたのは嘘だったの?

 美帆って、誰?


 意識の隅で、何かが崩れた。

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