ふざけた真剣

「とどめを刺してくる。任せきりだものね」


 凍えるほどに冷え切った瞳の東堂さんが、地上の様子を閲覧えつらんしている。


 人造美術を眼下に眺め下ろす、商会建物の屋根の上。高所を流れる穏やかな風の中、肌寒くも晴れた光に照らされる、重装の死体織りなす、風刺戯画めく地上絵の惨憺。


 彼女は腰の短刀へと手を当てて、屋根のへりから身を乗り出す。残った敵はひとりきり。


 切田くんはその姿を見て、胸にもやもやした感情が浮かんだ。


(東堂さんが、自分を痛ぶった相手に怒っているのはわかる。…でも…)



(…



 今にも飛び出そうとする冷たい目の彼女を、彼は咄嗟とっさに押し止めた。


「待ってください」


「…なに?」


 不機嫌さにひるむも、(…なに?と言われても。なんだろ)それらしい実直な声を返しておく。


「彼から少し話を聞きたいです」


「……わかった。つかまって」


「は、はい。…ひゃっ!?」躊躇ちゅうちょなく切田くんの背と膝裏ひざうらをグイと抱え上げ(お姫様抱っこだ)、東堂さんは屋根からスタンと地上へと降り立つ。


「何を聞くの?」


(……)


(何を聞くんだ?切田類)


(…思いつかない。僕はこの敵に聞きたいことなんてない)



 ◇



 力無く横たわる重装兵士たち。真価を発揮する事なく乱雑に崩れたままの、『抗魔盾兵圧殺陣』。破壊されど貫通特化の一撃により、流出する血液の量は意外なほど少ない。


 誰もが目を覆う惨状ではあるものの、装備が統一され損壊の少ない死体模様は、フォークリフト等で蹴飛ばされ散らかったマグロ市場を思わせる。片付けてほしい。


 座売りみたいに男の前に立つ、ふたつの影。


 トガリ隊長は血のよだれをぬぐうこともせず、疲れた目でぼんやりと人影を見上げ、つぶやく。


「…化け物どもめ。…はやく殺せ」


 鎧を貫くアーマーピアーシング『マジックボルト』の杭はトガリの腹部を貫通し、行きがかりに消化器官を穿孔せんこうして、内容物が腹腔をおかしている。即死せずとも致命傷だろう。そんなざまなおも憎々しげな男の姿に、……切田くんの胸の奥、昏い感情が渦巻いた。


(…聞きたいことか。そうだな。なんだっていいか…)


「隊長さん。僕はその怪我を治すことが出来ます」


 切田くんは、いけしゃあしゃあと嘘をついた。


「……何?」


「切田くん!?」


「彼女に肩を砕かれても、ピンピンしているのがその証拠です。ほら、どうです?」


 砕かれたはずの肩をと回してみせる。…トガリ隊長は、眼前の少年の意図が読めずに当惑する。


(…治せるとしても、隣の化け物『聖女』だろうが。…薄っぺらいハッタリ効かせて何のつもりだ?)


「…何が望みだ…」


 切田くんは、弱々しく見上げるトガリ隊長を正面に見据みすえ、こう言った。




「教えて下さい」


「僕たちは、これからどうすればいいですか?」




「……」



 トガリ隊長は絶句する。

 東堂さんも信じられないものを見るように、唖然あぜんとして声をかけた。


「切田くん…何を言って…」


「真剣ですよ。お任せしたいんです。教えてくれたのならば、あなたの命は助けます。そのまま国に報告する使者になってくれればいい」


「……お前は何を言ってるんだ」こみ上げる血を吐き捨て、トガリ隊長は少年を睨みつけた。頭が可哀想なのだろうか。…ギラギラした殺意に臆すること無く、切田くんは平然と語りだした。


「僕たちは日常から突然この世界に放り込まれ、尊厳のない立場に追いやられるところでした。だから僕たちは、そういったことから逃れようと、そうしようとする敵と戦いながら、今、ここにいます。あなたはそういう敵の一員です」


「…しかしあなたは人を指導する立場で、社会を守る責務を持った人で、自分の見識に自信のある人だ。そうですよね?…しかも今は、自分の命が賭かっている」


「あなたは今、逃げることも戦うこともできないんだ」


 熱砂の如く睨みつけるトガリの表情が、脂汗の蒸気で陽炎かげろうのように揺らめく。


「取り引きできる状態でもない。材料もない。だったら貴方あなただって真剣にならざるを得ないはず」


 虫籠みたいに感情のもらない、説明口調の言葉が続く。


「僕たちは今、どうすれば良いのかを見失っています。他人の思いつきや思惑に流されながら、大きな敵から逃げ惑っているだけの存在です。迷っているんです」


「…僕のほうだって、こうなってしまって。…自衛のためとはいえ、背筋を伸ばして誇れないおかしなことをしているという自覚はあります。そうですよね?」


「だからあなたが教えてくれるのなら。僕たちの思いを理解し、導いてくれるのならば。僕たちも尊敬と信頼をもって、あなたに答えます」


「…たとえ、あなたの答えが、…僕たちの問題を解決する力がなかったり、あるいは的を外れたり。そういった不完全なものだったとしても」



 切田くんは言葉を切り、じっとトガリ隊長を見つめながら言う。



「今、僕らに必要なのは真剣さです。真剣な想いです。本当にあなたの心の底から発せられた真剣な言葉ならば、それは必ず僕たちのささえになってくれます。…真剣な気持ちで助けてくださるんだ。あなたのことも、僕は必ず助けます」



「……隊長さん。僕たちは、これからどうすればいいですか?」



 トガリ隊長は慈悲じひを乞うように顔をゆがめ、口を開こうとしてまたすぼめる。そしてまた口を開こうと、暗い目でギョロギョロと視線をさまよわせる。


(…善人気取りの甘ちゃんが。自分探しのガキみたいなことを言いやがって。…ちょっと俺が優しいふりをすれば、そのご褒美に助けてやりますよってか?胸糞悪い)


(腹に何かを抱えていようが、それでもにこやかで馴れ馴れしくするのが、大人同士が仲良くするってことだろうが。何が真剣だ、尊敬と信頼だ。笑わせやがって。…そんなものを声高こわだかに叫ぶのは、世の中に揉まれていないガキだからだ。ちょっとでも人波に揉まれれば、そんなものは掃いて捨てる戯言たわごとだ)


(…第一、おかしいだろうがよ。そんな薄っぺらい『真剣さ』に本気ぶれるやつが、本気で人を導くことなんて出来るわきゃねえだろうが。釣られたご馳走に食いつくだけの馬鹿魚が料理の極意を語れるって言うのか?)


(本気で言ってそうなあたりが始末に負えない。…だが、そんな世間知らずの甘ったれなど、まくし立てて言いくるめてしまえば…)



(……この場を逃れさえすれば……)




『必ず成し遂げなさい。…無様ぶざまさらしたのなら…わかるわね?』




 …息が乱れ、早くなる。空気を求めてあえぐ。吹き出した汗がしたたり、血とよだれに混ざる。


 トガリははっきりと自覚する。もはや自分には、後も先も無いのだ。


 衝動が吹き出した。(…!!クソが!!くそがくそがクソがぁっ!!)



「…ふざっけるな!!」



 トガリ隊長は血のつばを吐き散らし、激昂げきこうした。


「お前らが悪いんだろうが!!」


「話し合えばよかったろうが!!」


「『スキル』で殺さなければよかったろうが!!」


「そうだろ!悪いのはお前だよな!!」


「だから俺が出動して!捕まえるんだろうが!」


「わざわざ殺さず捕まえようとしてやっただろうが!!なのに何だお前その口の聞き方は!!」


 たけりのままに吠えたてる。


他人様ひとさまなぶってなにが楽しい!?ガキが!戦士の誇りがないのか貴様はっ!!ガキにはわからんかぁ!?お前らの道なんぞ無様ぶざまに踊った末の破滅以外あるかぁ!クズがっ!!売女ばいたがっ!!今に見ていろ?必ず俺の仲間たちが、国が貴様らを捕まえる!正義だ!!そうなれば貴様らなんぞ死より恐ろしい末路だ!!一生冒涜ぼうとくされ続けろっ!!ゲッ、ゲボァ!!」


 こみ上げた血反吐ちへどを吐き散らし、口腔内に溜まった分を吐き捨てる。


「…お、俺は文字通りっ、…血反吐ちへどを吐きながら今まで研鑽けんさんを重ねて来たのだぞっ…お前らなんぞと違い…国のために…国に仇なすクソ共を退治するためにっ!!…なのに貴様は拾っただけの力で…何が勇者だっ!ポッと出の改造魔獣ごときがつけ上がってっ!…くたばれっ!…俺をこんな目に合わせて…馬鹿にして…何が楽しい…」



「……くたばれ……」



 そしてトガリ隊長は弱々しく、力尽きたかのように息浅くうなだれた。


「…切田くん、もう殺すよ?」


 げんなり顔の東堂さんが問う。


「…僕の責任です。僕に殺らせてください」


「…わかった」


 東堂さんは氷の目で睥睨へいげいしながら、一歩下がる。

 切田くんはシャープペンシルを、トガリ隊長の額へと向けた。



「…や、やめろ…」



 トガリ隊長は顔を上げ、憔悴しょうすいしきった顔でわななく。



「答えを、隊長さん」


「やめろ…やめろっ!」


「答えが無ければ、とどめを刺します」


「…そ、そうだ!呪ってやる!呪われろ!末代まつだいまで呪われろっ!!」



 切田くんは無言で、トガリ隊長の額を光弾で貫いた。



 ◇



「…どうしてあんなことを聞いたの?」


(『何か、嫌だったから』)


 切田くんはその返答の違和感に、口に出せずにいた。


(…おしつけがましいな、これ)


(『分からないけど何か嫌だったんですよっ!!』って?…うへぇ、カッコイー…)「…最初の牢屋には、まともな人もいたんです」言葉に困り、咄嗟とっさに誤魔化す。


「…そう…」東堂さんはため息を付き、たしなめるように続けた。


「…でも、あんな人に聞くべきじゃなかったわ。まともな答えが出来ない相手だって、はっきり分かるもの」


「……すみません」



んですよ。もちろん)



 目を伏せた切田くんは、心のなかで笑った。


(そうですね。。出来ないですよね。人には仕組みってものがあるんだから。なぁ?神経反射しか積んでないフリだけ野郎。…本能でのしかかるだけの思考停止のヤカラに、答えられる道理などあるものか!!)


(しかも、殺られることがになる様な奴らなんだろ?僕らの稼ぎになるために、雁首揃えてわざわざ追ってきてくれたってこと?…こういうの、ご都合主義って言うんじゃないかなぁ。お疲れさん)


(だから、まあ。つまり?彼の怒りはんですよ!東堂さん。…ハハッ)



 ふと、胸の中に引っかかりを感じた。


 …めどきせぬ愉悦ゆえつの泉をぶった切り、無理やり『精神力回復』で押さえつける。そしてひとり、かぶりを振った。


(…何を考えているんだ、僕は。…そうだ。答えてくれるわけはなかった。答えが帰ってくるわけがない。東堂さんの言うことは正しい…)


(別に、殊勝しゅしょうぶるつもりはない。と思う僕のことは否定しないさ)


 理不尽な暴力を暴力によって跳ね除ける。…そうすることで生じる愉悦ゆえつの感情をもっともらしく否定して、自分が『良い人間』であると喧伝けんでんする必要性を、今の切田くんは感じなかった。(以前はそうしないと同調圧力がわずらわしい面もあった)


 しかし引っかかるのは、問題はそこではない。


(…でも僕は、しまった…)


(……馬鹿なことをした。真剣を問いながらも真剣じゃなかった……)


 そう思い返すと、切田くんの胸が重くなる。…頭で考えるよりも、ずっと重大な失敗であると感じられた。それは彼にも把握しきれない、広がる何処かに繋がっている気がしたのだ。



(……そういえば僕は、何が『何か嫌』だったんだろう)



 意気消沈いきしょうちんして考え込む少年の姿を、東堂さんはどこか遠い目で、じっと見つめる。


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『いいから来なさい』『恥をかくのは私なんだぞ』『将来が楽しみだねぇ…』『そんな顔をして、行儀が悪い』『出来る人は違うわぁ』『返事をしてあげないの?可哀想じゃない』『他校にまで知られてるって』『いいでしょ連絡先ぐらい』『絶対連れてこいって言われてるんだけど』『追いかけられたって』『人のせいにしないで』『自業自得』『なんなのあれ』『付き合い悪すぎ』『お高く止まってんだ』『馬鹿にして』『他人を見下してるんでしょ』『酷い目に合って、死ねば良かったのに』

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「……?」



 彼女は真顔で、そうつぶやいた。


(…『嫉妬』だったのかな、嫌な感じ。…って)


 考え込んでいた切田くんは、彼女の咄嗟とっさの問いを聞き逃してしまい、慌てた。


「…すみません、なんでした?」


 東堂さんは逆にハッとし、目をそらした。


「いいえ。…そろそろ行きましょう。兵士たちに止められていた通行人の人達が、すぐに来るはずよ」


「ええ。…そういえば」見渡す限りの死体には、しっかりと重装備が施されている。見るからに価値がありそうだ。


「何か拾っていきますか?」


「さすがに兵士の装備は目立つと思う」


「はい」



 ◇



 足早にふたりが去った後。

 凄惨せいさんな場に突然、一人の黒い影が現れる。



無様ぶざまな男」



 女の声が一言つぶやく。そして黒い影はまた、溶けるように消えてしまった。

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