変態 vs 東堂さん

「…くっ…!」悔しげに歯噛みをし、東堂さんはひとり、迫撃の動きを止める。れる気持ちを吹き出しながらも、立ちふさがる魔術師と盗賊、そして地面にはりつけにされた切田くんの様子をうかがう。


 勿論もちろん、倒された当の切田くんには後悔しかない。


(…やられたっ!!?)弁舌のおとりに引きつけられての後背より奇襲。型通りの事を型通りに決められてしまった。切田くんはくやしがろうにもやもうにも、粘着弾に顔を塞がれモガモガさえ出ない。呼吸すれど濡れタオルを押し付けられたみたいに空気を得られず、(…ま、マズい、呼吸がっ…)代わりに脳まで焼ける息苦しさだけが、物凄い勢いで体内へと侵入してきている。


 両腕もガッチリと粘着力で地面に固められ、喉に致命の刃まで突きつけられて、現状ほぼ詰みである。残機もゼロだ。


 立ち尽くす『聖女』に嫌な目線を向けてくるローブの魔術師男が、と猜疑といらえの声を上げる。


「お姉ちゃんのほうも魔術師かぁ?…今、おまえ。素手でかかって来ようとしてたよな?」


「……肉体強化をつかうのか?それともなにか?武器か何かを隠し持っているのか?」用心深く短杖の先を向け、据わった目で問い詰めてくる。


 盗賊が、嬉々として調子を合わせた。


「女はどこに何を隠しているか、わかったもんじゃねえからな!」


 ゲラゲラ嘲笑あざわらう二人に対し、床を舐めたままの戦士が裏返した悲痛な叫び声を上げる。


「…おい!早く俺を治癒院か教会に連れて行け!このままじゃ、血が流れすぎて死んじまう!!」


「そのぐらいの傷、自分で手当できるだろ。どうぞご勝手に」


「へっ、ざまぁねえな。日頃の行いだろ、日頃の行い」


「あぁん!?」戦士は怒り心頭で食い下がった。「さっき全部売っちまっただろうが!!ポーションのたぐいはよおっ!!……くそっ、てめえら後で覚えとけっ。いいから早く運べって言ってんだろ節穴どもぉっ!!動脈撃たれてんのが見えねえのかよぉぉぉっ!!!」


「おお怖い。怖いでちゅねぇ〜」


「痛い?なあ、痛い?」


 身内同士で仲良さげな彼らに、東堂さんは尋ねかける。



「…どうしてこんなことをするの?」



 その問いかけは、不思議なほどに感情が抜け落ちた、透明な響きかたをした。


「はいぃ?なんだってぇ?」


「先に手を出してきたのはお前らだろうがよ!」魔術師と盗賊は、声を合わせてゲラゲラ笑った。


「おい聞いたかぁ?どうちてこんな事ちゅるのぉ〜」


「お前らから誘っといて恥ずかしげもなくぅ?なあ?。…ああ?なんだよこいつ。カワイイ顔して眉ひとつ動かさねえ。…あーあ、しらけるなあ〜」


「まあ、ここでは流民のガキはどう扱ってもいい、みたいなところがあるからな。決まりだよ決まり。世の中の」


「世の中のルールには、素直に従わないとなぁ?みんながルールを守ってる。みんなやってる事だろ。なあ」


 嘲笑に冷ややかな視線を向けて、東堂さんは断固続けた。


「…切田くんを、治させて」


「治癒の魔法を使うのか。そりゃちょうどいい」


「俺を先に治せよ!おい!!ぐぅぅ、…俺が先だ!!」


 魔術師と倒れた戦士が即答する。

 盗賊は短刀で、切田くんの顎をぺしぺしと叩いて言う。


「へっ。どうせ死ぬぜ、こいつ。窒息してるのに暴れねえ。きっとナイフが肺まで突き抜けて、そっから空気が入ってるんだ。人の呼吸ってそういうものなんだろ?そこらの治癒師に治せる傷じゃねえよ」


「俺が死ぬだろノロマぁっ!なんで誰も言うこと聞かねえんだっ!?さっさと治せよぉ!!」


「…まあ、待て」戦士のわめきを制するように、魔術師は淡々と言った。







「……」



 絶句した東堂さんを眺めながら、魔術師は厭味いやみったらしくあおってみせる。


「逃げられないよう、全裸になりな。急がないと弟くん?いとしのキルタくんか?死んじまうぞ?」


「そりゃあいいや。最っ高」盗賊がせせら笑いながらを伸ばし、地面と少年の背に挟まれた投げナイフへと手をかける。


 …そのままグリグリと押しこんだ。


 倒れた少年の頭部からくぐもった何かが聞こえ、体がビクリと跳ねる。

 東堂さんが血相を変えて叫んだ。


「…やめなさいっ!!」


「早くしろぉっ!!!」豹変した盗賊が、ドスを効かせて叫び返す。


 彼女はワナワナと体を震わせ、ならず者たちをしばらく睨みつけた後、……無言で外套の革紐を外し、はらりと地面に落とす。

 白いローブのすそをつかんでたくしあげ、ためらう。ボロボロの黒いストッキング。伝線した穴からとした生足が見える。


 盗賊がヒュウと口笛を吹いた。


 東堂さんは、地の底から響くような声で言った。


「…切田くんが死んででもみなさい」




『全員にしてやる』




 魔術師はせせら笑おうと口元をゆがめるも、その奇妙な表現と圧力にためらい、眉根を寄せる。


「…口ではなんとでも言える。ほら、早く脱げ。俺たちの気が変わらないうちにな」


「…っ…!」東堂さんは唇を震わせて、白いローブを一気にまくりあげた。…そこに隠されたものがあらわになる。



 魔術師と盗賊は、思わず息を呑んだ。



 ほっそりとした肢体をつつむ、見たこともない縫製ほうせいの服。

 娼婦でも表では履かないような、膝上までの短いスカート。



 それらはだった。



 乾いた赤黒い血の塊が、ポロポロと地面にこぼれ落ちる。腕周りの服はズタズタに千切れ、特にその部分には血液が染み込んでいるように見える。


 ローブを投げ捨てた東堂さんの瞳が、猛獣のようにギラリと光った。


「…なんだぁ?…おまえ…それ…」


 盗賊があっけにとられ、おののき、つぶやく。…まるで、恐ろしいものに魅入られたかのように。



 ◇



(…今だっ!)圧搾し続ける痛みと窒息。気胸をおこした片肺の収縮。のたうち回りたい衝動を『精神力回復』で無理にでも押さえつけながらも、切田くんは『マジックボルト』を放った。


 頭の横に発生した光弾が、発射される。それは彼自身のまぶたと鼻頭、そして白い粘着弾を削り取った。


 まぶたがえぐられ、視界が回復する。血液が目に入り込む一瞬で盗賊をとらえ、素早く次弾の『マジックボルト』を発生させた。


 発生させた場所、それは切田くんのだ。


 光弾は口の中から発射され唇と粘着弾を突き破る。そのまま光の弾丸は盗賊の顎を貫通して、頭頂を経て上空へとまっすぐ抜けた。


「へぁ?」


 一言声を発し、くにゃりと盗賊は脱力する。

 ヒュウッ。切田くんはあえぐように、空いた穴から大きく息を吸い込んだ。



「…なんだとっ!?」



 魔術師は驚愕する。…杖以外の場所から【マジックボルト魔法弾】が発生するのはまだわかる。手練てだれの魔術師ならば、焦点具や補助装置にこだわらない場所から魔法を発生させることもたしかにある。


 だが、体内から魔法を発動させるなど、見たことも聞いたこともない。


「……俺の知らない外の技術があるだと?……吐いてもらうぞ!小僧っ!!」


 そう吐き捨て、魔術師は短杖を突き出そうとした。




 その時すでに東堂さんは、空中で平手を背負い、引き絞っていた。




『このおっ!!!』




 平手打ちは正確に、魔術師の頬へと吸い込まれた。衝撃に頚椎けいついが外れ、頭はそのままみずからの肩を打つ。その力によって魔術師の体は側転しながら空中を飛んだ。

 地面をこすり、派手に転がって路地の壁へと衝突する。そして節々を複雑に折りたたみながら、彼の体はそこで止まった。


 東堂さんは怒りを込めて言い放った。


「……変っ態!!!」


(ありがとうございます)


 倒れたままの切田くんは、空気を求めて喘ぎながら思った。



 ◇



 魔術師の死によって粘着弾は力を失う。バラバラと白い繊維になってほどけ落ち、けるように消えていく。


「…切田くん!!」悲痛な声を上げ、駆け寄る。


 無残な様相を呈していた。


 右瞼から鼻頭にかけての皮がえぐれ、血が流れている。

 唇が千切れ、肉と歯が露出している。

 呼吸は早いが弱々しい。うまく酸素を取り込めていないようだ。


 大きく咳き込む。破れた唇からコポリと血があふれた。


 吐瀉物で溺れないよう少年の身体を横向きに転がし、顔をやや下向きにさせる。

 深く刺さった投げナイフをと強い力で抜き取って、背中の傷を塞ぐように手を押し当てる。


 そして気遣わしげに、血で汚れるのも構わずに、もう一方の手で彼の傷ついた顔をでた。


「…東堂さん…」


 地面を見つめ、弱々しくうめきながらも、(……あぁ……)切田くんはドン底の気分だ。


(…失敗した。失敗した失敗した。何が一人で殺れるだ…)


(僕の負けだ。宿やどった力を過信して、いつの間にかうぬぼれていたんだ。…ちょっとインチキが土壇場で通ったぐらいで、イカサマ無双ピカレスクが始まるとでも思い込んで…)



(……)



(…ていうか、なんだ!『世界に選ばれたんだ(キラーン)』て、お前…。今思い返すとめちゃめちゃ恥ずかしいやつじゃないか!)


(…『能力が、相手の上をぉ〜』後ろグサー。バカバカバカ!…ぐおぉ…うごごご…)ドン底気分に恥辱が乗っかって、闇に飲まれるラスボスみたいな断末魔を上げる。世界を道連れにしたい。


(…いや、僕は東堂さんに『いいところを見せたかった』のかもしれない。インチキピストルひとつ使える程度で調子に乗って…)


(治癒にどれだけかかるだろう。人が来る前に急いでここを離れなければ!……なのに、僕が足を引っ張って……)


 ドロつく沼少年を手で押し出して、ゴロリと仰向けに寝かせ直す。

 そのまま覆い被さる形で覗き込み、東堂さんは少し詰問きつもんする調子で声をかけてきた。


「…ねぇ、切田くん」


「…はい、すみません東堂さん。僕のミスです」


「そんな謝りかたはやめて」



 白く指が額に触れる(冷やっとした感触)。細い指先が脂汗をなぞり、前髪がかき上げられているのが分かる。…彼女は続けた。



「…でも、もうこんなことはしないで」


「…はい。僕はうぬぼれていました。東堂さんの言う通り、ここは逃げるべきだった」


「…そうじゃなくて」そっと額から手を放し、念を押す。



「自分で自分を傷つけるような戦い方」



「……」



 切田くんは黙り込む。


(目と口に穴を開けたのは、ベストな判断だったと思う。攻撃と通気を両立出来たし)


(…だけど、そこまで追い込まれたことは、やはり不正解だったんだろう)


 頭でそう考えた後、内心で首を振る。


(…いや、心配させるなってことだよな。目の前でそんな事をされたら、僕だって嫌だ)切田くんは弱々しくうなずいた。


「…わかりました。約束します」


「…うん」


 彼女は羽のようにやわらかく、どこか愛おしげに彼の頬から目元をで、髪に触れる。

 …そして、おだやかな微笑を浮かべた。



(…やさしい人なんだな…)



 慈愛をたたえたその笑顔を、切田くんはぼうっと見上げる。




 ……なにか、違和感がある。

 安らいだ気持ちは吹っ飛び、ビリリと背筋に怖気おぞけが走る。




 切田くんには何故か、彼女が冷たく仄暗ほのぐらい空気をまとっているように思えたのだ。




(……何だ?)




 唐突に東堂さんは目をそらし、切田くんの背中から手を放して立ち上がった。


「じゃあ、剥ぎ取りを始めましょう」


「えっ」


「理想や気持ちはともかくとして、現実には立ち向かいましょう。彼らの装備はきみの言う通り、確かに有用よ」


「…あの、僕は重傷で」(また肺をやられた。運命は僕の肺に恨みでもあるんだろうか)


 弱々しく答える彼に、少しあきれて東堂さんは言った。


「もう治っているでしょう?」


「…え」


 切田くんはボケっと立ち上がり、深く呼吸をして、傷ついたはずの自分の顔をで回した。そこには何の痛みも、傷跡も、違和感も何も存在しなかった。


「つっよ」


「一人逃げたわ。急ぎましょう」



 ◇



「ひっ…ひっ…畜生…いでぇ…ひっ…殺される…畜生…聞いてねえ…あんな化け物女…殺されるっ…!」


 戦士が両腕で必死に地面をいずっていた。その酷くゆがんだ表情を伝って、脂汗がポタポタと地面に落ちる。「…死にたくねぇ!しにたくっ…」……路地の向こうを曲がり、結構な距離を進んでいる。引きずった跡と両膝から流れた血が、踏み固められた地面に線を引いている。


 追おうとする東堂さんを制し、切田くんは半身でシャープペンシルを向けた。放たれた光弾が正確に、潰れたゴキブリみたいにもがき進む男の頚椎けいついから脳天を貫く。


「けひゃっ」戦士は奇妙な声を上げ、そのまま地面に突っ伏した。


「…誰かに見られるかもしれません。深追いは危険です。彼は諦め、そこの二人の装備を奪って奥に進みましょう」


「…そうね。うん。急ぎましょう」


 切田くんは魔術師が持っていたショルダーバッグを肩に掛け、短杖を無造作にしまう。折り畳まれた魔術師の体を叩いて確認し、財布らしき小袋を奪う。


 その間に東堂さんは、脱ぎ落とした白ローブを着込み、外套を身にまとう。

 次に盗賊の短刀を拾い、脱力した身体を引き起こして腰ベルトを外す。…大きなウエストバッグがついてあり、短刀の鞘、投げナイフが二本くくられている。


 切田くんは最後に、食料の入った麻袋を肩に掛けた。


「良し。行きましょう」


「ええ」


 じっと目を合わせ、うなずき合う。

 どちらからともなく差し出された手を取り合って、ふたりは路地の奥へと小走りで駆けていった。



 後には、物言わぬ死体が二体と一体。



 いまだ、彼らを見つけるものはいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る