奇襲攻撃
昼時を大きく過ぎてなお、繁華街は混雑を見せている。……白昼堂々
往来の人混みをかき分け進みつつも、切田くんはさりげなく後方を確認する。
(…やっぱりか…)追ってきている。古着屋の正面にいた三人は、結局切田くんたちを尾行してきている。がっかりビンゴだ。
(マス目全てが☆やフリー。がっかりビンゴは最強のビンゴだ)
生まれやフィジカルの差こそ多少あれ、全ての人類は赤ん坊からのスタートだ。……快か不快かの判断で脳を使い始めた小さな個体が、外圧や摩擦によって学習し、個人の思考を確立していく。
しかしながら、ある種の神経快楽に染まった個体は、負荷を
結果、神経依存の動きのみを繰り返す個体となり、――外部刺激に対し快か不快か反応するだけの、赤ん坊並みの単純行動を繰り返す事となる。
――つまり、初期ツリーの範疇。彼らの行動様式は総じて
(
「…ついて来てますね」
残念そうな声にビクリとした彼女は、つなぐその手に力を込めた。
「……ごめん、切田くん」
か細い声で身を固くし、うつむいてフードを深くかぶり直す。
……切田くんは、ひどく複雑な気分になる。(…ごめん、か)
(手配がかかるには流石に早すぎる。通信機器が存在している気配はなかった。…それに、彼らは兵士とも思えない。あからさまにならず者)
(東堂さんの判断は的確だ。つまりは結局、
(……なんだよ、それ……)やりきれない怒りの衝動が、ふつふつと沸き上がる。
それでも『精神力回復』の作り出す落ち着きが、その怒りを燃え広がらせることはない。……むしろ、その落ち着きが作った
「…僕らを追う理由はどうあれ、彼らの持ち物には価値があります」
「…切田くん?」不安げな問いかけ。それでも彼は
「
「待って」
固い制止の声。東堂さんも
「待って、切田くん。…そんなの駄目よ。
その光景(お米様)を想像し、少し黙る。(……ヤダ)そして何事もなかったかのように冷静に反論した。
「…東堂さん。相手は明確な害意を向けてきているんですよ。彼らに捕まれば、間違いなく
「…きみの言うことはわかるわ。でも今は確証がない。ただの決めつけにしかならないのよ」
「証拠集めで先手を
「…今なら逃げることが出来るのよ。戦う必要なんてない」
東堂さんはじっと見つめ、
「…ね、そうしよ?切田くん」
◇
切田くんは黙考する。
(はっきり言っておこう。東堂さんのほうが正しい。…僕の意見なんかよりずっと正しい)
(…だけど、僕らの現状には即していない)
元の世界においての突発的な害意に対する立ち回りは、――争いは避ける。構わず離れる。が常道とされている。
実行寸前の事件を社会保障が抑止することはないし、実行中の事件においては、被害者側が武器や拳を振るえる事など無きに等しい。関わる
(…今の僕らは、社会より隔絶された状況。そして僕は自衛のための
(そりゃあ、女を拉致ってへラヘラしようなんて連中、逃げたほうが安全だ。道義にも沿う)
(…だけど僕らは、既に逃げている。より
(…見ろよ。…常識人ヅラして黙っていたって、一方的に叩かれるばかりじゃないか。…どうして僕らばっかり、こんな目に…)
(……)
(……ぐっ……)衝動のナイフが胸をえぐる。傷口から、黒く激しい金属蒸気が吹き出した。
(…これ以上逃げを重ねろっていうのか!?)
(だれが逃げるかっ!!あいつらカモだぞ!?)
(第一、どうして悪意を向けられた側が逃げ回らなければならないんだ!そんなの筋が通らない話だろうにっ!!)
……カリカリと歯車の幻聴が聞こえ、切田くんの激情はスッと冷える。――すげ替わりの空洞によぎる、昏い想い。
(…そうだよ。僕は理不尽な悪意には反撃したいんだ)
(あっちが仕掛けてきているんだぞ?何が悪い事がある。この反撃は正当なものだし、やっつければ
(僕の持つ『マジックボルト』は、要人警護の杖持ちにも正面から撃ち勝っている。マスケット銃に現代銃のサブマシンガンが負ける道理なんてないんだよ。能力が、相手の上を行くように出来ている。僕は世界に選ばれたんだ)
(しかも、彼らの装備を手に入れるチャンスでもある。着の身着のままの僕らにとって、こんな好機はそうそう来るものじゃない…)
腹の奥底で煮えたぎる灼熱と、心の底を凍らせる冷徹な打算。……それに、少しの高揚感。背後をつけ狙う卑劣な蟲共を、切田くんは昏い目で想い、見下げる。
(御大層な腰の剣だって役に立たない。時代遅れのチンケな刃物に、現代兵器の能力パワーが負けるものかよ。ハハ…)
(
(…そして、
(……それは、襲ってきた盗賊を倒して持ち物を奪うことと、何の違いもないはずだ。そうだろ?)
「大丈夫。僕が殺ります」決意を込め、切田くんは言った。
「今の僕ならば十分に勝てます。あんな奴ら、簡単に返り討ちですよ」
「……切田くん……」
東堂さんは、なにか言いたげに唇を噛み、彼から視線をそらした。
……それでも、その手は強く握ったまま、離すことはなかった。
◇
東堂さんをつけ狙う三人のならず者。彼らは迷宮ギルドに所属する、迷宮探索者のパーティーだ。
大柄な一人は『戦士』、ローブ姿は『魔術師』、軽装は『盗賊』としてギルドに登録されている。
「馬鹿みてえだろ。全部、向こうの都合だろ?」
「ふん。仕切りの都合だと。便利ではあるんだろうさ」
自分の技術をわかりやすく宣伝するには良いレッテルでもあった。信用の置けない
迷宮探索では様々なアイテムが手に入る。有用なものは自分たちで使い、残り物はギルドに売りつけ金に替える。
ただ最近では発掘品を扱う交易商人の密輸ルートが活発で、ギルドよりも高く売りつけることが出来た。……
そんな発掘品の処分のついでに歓楽街へと繰り出した彼らではあったが、――そんな時だった。その奇妙な二人組を見かけたのは。
東方からの流民。少女と少年、黒髪黒目のふたり。
そして少女のほうはまるで、流民に身をやつした東方の美姫のようであった。
……美しい。目が離せなくなるほどに。
彼らは見惚れ、とりこになる。……そして自然と、欲望が身をもたげた。
連れの少年はさらに年若く、頼りない。ずだ袋を背負っている。荷物持ちなのだろう。他に護衛らしき姿はない。――そして、ふたりからは、なんの武の
カモである。
ガキは殺し、少女の方はじっくり遊んでやったあとで、発掘品と一緒に密輸商人にでも売りつけてやればいい。――流民の一人やふたり消えたところで、気にする者など誰もいないのだ。
フードを目深に被った奇妙な二人組は、仲良く
少女たちは路地を曲がり、徐々に
◇
運河のほとり。木材や石材等の集積場となる建物や空き地には、資材が整然と積み重なっている。水運によって集積資材を運搬しているのだろう。
先頭の戦士が
「…へっ」気に入らねえと吐き捨てながらも、――盗賊は
それを見た戦士が、意味ありげに目配せする。魔術師はニヤケ顔で肩をすくめた。
そして戦士は大声で、ズカズカと路地へと踏み込んでいった。
「おい、待てよ、お二人さん!そう逃げんでもうっ…ふうぅぅぅん…」
そして彼は突然うずくまり、悲痛な声を上げた。
突如放たれた二発の光弾が、戦士の両膝を貫いたのだ。
◇
「撃ってきやがったっ!?マジかよ…!?」
魔術師は慌てて足を止め、路地の角に張り付く。
「ヴゥウウウウウっ!!痛っでぇええええっ!!」
「両手を上げて出てきてください!さもなくば、この男を殺します!!」
「切田くん…」
「東堂さん、下がって。最悪撃ち合いになります」彼女は不安そうに伸ばした手を
魔術師は忌々しげに歯噛みをする。(『
「…おいガキィ!なんてことをしやがる!俺たちが何をしたっていうんだよ!?…たまたま通りがかった俺たちが、迷子に声をかけてやっただけなのによぉ!?」
「茶番はやめてください!まともに話す気がないのなら、こちらは強行するまでです!!」切田くんの強い言葉に、路地の向こうが慌てて叫ぶ。
「まてまてまて!…わかった。今姿を見せる!ただ、これだけは言っておくぞ。俺達はお前たちに手を出してなどいないし、これからも出すつもりなどない!茶番などという言いがかりはやめろ!!」
「……早くしてください!」
(…
(…そう、見え見えさ。見た目からして攻撃魔法を使う人なんだろ?分かりやすく手の内を
曲がり角へとシャープペンシルを向ける。……相手があの
(……さあ来い。詠唱しなければ撃てない時点で、僕のほうが速い)角に潜む魔術師はすぐには出てこない。
「
「待て!ゆっくり出ていくから撃たないでくれ!!……待て、待ってくれよぉ?」
「…今出る!!」
動き出したローブの人影が、ちらりと路地の角に
その時。鋭い音を立てて飛来した投げナイフが、切田くんの背中に深々と突き刺さった。「ぐっ…!?」
(…なにっ!?何がっ…)
思考を白く染める激痛。体内に割って入る、冷たい金属の異物感。――その一瞬隙に魔術師は半身を出し、切田くんへと短杖を向けた。
「【
バスンと鈍い音を立てて短杖から放たれた白い塊が、暴動鎮圧用ゴム弾並の勢いで切田くんの顔面に激突した。――
背中から地面に激突、投げナイフがさらに体内へと差し込まれる。…だが切田くんは、悲鳴も
切田くんの顔一面には、白い粘着質の物体が張り付いて、目も、鼻も、口も、すべてが塞がれているのだ。(…ぐっ…息が…!?)
(いや、視界が!?『マジックボルト』の狙いがつけられない!?)
「切田くん!!」東堂さんが悲痛な声を上げた。
「ヒュー、こんなガキが魔術師とは焦ったぜ。これだから流民は怖いね」魔術師が、角より進み出ながらせせら笑う。
「…だが対人戦は素人か?魔術師相手にするのなら、『障壁』では防げないこいつに限る。【
『…この…っ!?』
東堂さんが怒りとともに拳を握りしめ、一歩進み出る。
だが、すぐにギョッとして立ち止まった。
「待てよ、おねえちゃん。抵抗すると弟くんが死んじまうぞ?へへっ…」
いつの間にか駆け寄っていた盗賊が、倒れた切田くんの喉元に短刀を突きつけていたのだ。
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