見繕う人々
周囲は歓楽街の様相を呈してきた。酒場や飲食店、屋台などが隙間無く立ち並び、ガヤガヤと
道行き
胸の谷間を強調した(北半球の昼)、薄着の女性が客引きをしている。……女性は
「…あら」
扇情的な笑みを浮かべ、さり気なく近づく。……気づいて固まった少年の頬へと、女性はゆったりと手を伸ばした。
グイ、と片手を引かれて、少年は体勢を崩した。
薄着の女性は手を引っ込めて、クスクスと笑った。
「大人になったら来てね」
手を振る女性におずおずと振り返し、切田くんは落ち着かなげに周囲を見渡す。――こういった場所に来るのは初めてである。(えっろ…)
「いいですね、ここ」
「…切田くん?」東堂さんがニッコリ笑って、眉を吊り上げた。怖い。
(…えーと、違うんです。違わないな。えーと…)切田くんは(なにかヤバい)と思った(実際にヤバい)ので、慌てて(冷静に)誤魔化す。
「ああ、いえ。ここならば、僕らに必要なものが手に入りそうです」
「…まあ、そうね」
(セーフ)ノンデリセーフだ。――周囲はいかがわしい店だけでなく、通常の商店なども立ち並んでいる。必要なものは数多いので、ある種の説得力は出せたようだ。(誤魔化しが九割だけど。…まあ、良くないよな…)
矛を収めた東堂さんに、切田くんはキリリと真剣に
「ここならきっと、近代的な下着も買えますよ。足りませんよね」
「き・る・た・く・ん?」東堂さんは笑みを深め、手をギュウと握り締めた。ミシッと不吉な音がする。
「痛いです、東堂さん」
「でしょうね?」ノンデリアウトだ。(…あれ、良くないな…)正直や率直も、時と場合によっては使い分けたほうが良さそうだ。
(…本当はえっろいなーと思って、…なーんて、言わないほうが良さそうだな…)流石は『賢者』だ。
◇
(…しっかし、脱出してからずっと、平和なもんだな。…
(日常系き○ら四コマの世界に
道行く人に尋ねながらも、ちょうど良さそうな古着屋にたどり着く。歓楽街の空気に溶け込んだ、後ろ暗ささえ感じさせる門構え。
「身分保証のない異世界人にはうってつけの店ですね」(絶対良くない店ぇ!)
「服もだけれど、ここで出来るだけ必要なものを揃えましょう」
「財布の貨幣の相場は分かりませんが、言い値で払うしか無さそうですね…」
ぼられたところで、兵隊沙汰は困る身の上だ。食い下がって争う訳にもいくまい。社会的保証の
(…とはいえ、『すっごい変』とまで言われたからな…)異世界の学ランと、親のブカブカ白ローブだ。すっごい変である。(今は着替えか、上から隠すなにかが必要だ)
東堂さんのブカブカ服装に目をやる。(……せっかくだから、ソシャゲの衣装みたいなすごいやつを着てほしいな)余計めちゃくちゃ目立ちそうだ。
「……今、なにか変なこと考えた?」
「いえ」
「……ほんとに?」
ドアを開けてふたりが店へと入っていくと、初老の店主は気が乗らなそうに
(…わかります…)同意する少年の横、
「なんだ、お迎えでも来たのかと思ったぜ。
突き離すように鼻で笑う。「姉さんを質にでも入れて来るんだな。すぐに流れちまうだろうがな」
「お金ならありますよ」学生服のポケットから、膨らんだ小袋を取り出す。
店主は眉根を寄せる。「どこで盗んできた?」
「…盗んでは」東堂さんが着ているローブの首元に、ちらりと目をやる。
「いません」
白いローブの首元についた、黒い
「それで?それでもお前たちに出て行けと言ったらどうする?」
「他をあたります」切田くんは即答した。
店主は片眉を上げ、ふたりの姿をジロジロと観察する。……固く握り合うふたりの手に目を留めて、椅子に沈み込み、
「……ええい、まったく。面倒を持ち込みやがって。金貨だ。でなけりゃ
(一枚でいいのかな?)切田くんは言われたとおりに金貨を取り出し、カウンターに置く。財布にはまだ
「最低限、姿と顔を隠せるものを」
「みなまで言うな」奥からボロボロの、ダボッとした薄い外套を引っぱり出してくる。――そして、我慢がならぬと心底腹立たしげに言い放った。
「そういうのを外で見せびらかすな。しまっとけ。場が荒れるだろうが」
「財布ですか?」
不機嫌な顔で、店主は続ける。
「…姉さんだろ。まったく。騒ぎを起こすとわかっているだろうに。…そらっ」下手投げで順に放り投げてきた。
巡礼者を思わせる、古びた外套だ。外観に似合わず清潔な匂いがする。
丈の長い外套で、首の革紐を結ぶとしっかりと足元までを覆い隠してくれる。フードを深く
(必要十分。これならば学生服も白い派手ローブも見られることはない。…怪しまれない格好で街の群衆に
(…騒ぎを起こす、と言われたことを気にしているのか。そんなの全部、騒いだ相手側のせいだろうに…)無性にムカムカしてくる。
(とはいえ、蜂蜜持って熊の前を通っても、熊に社会的責任は問えないか。不用意さへの自責が、
しかしながら、それは畜生相手の話である。――はちみつくまさんの気を引くから禁止などと社会に言われては、蜂蜜側には立つ瀬がない。……それはすなわち、社会が畜生によって
(…しかし、やっぱり東堂さんみたいに日常的に目立つ人というのは、こうして
(ちょっと聞いてみよう)ここは声を掛けてみることにする。切田くんは日常的にあまり目立たないので、そういったことに興味があるのだ。侵害の空気を
(それに、こういう時の女性には、とにかく話を聞いて同意や共感を示せば良いのだと、
「…その、東堂さん。確かに東堂さんは目立つ方だと思いますけど、見られる側はやっぱり大変なものなんですか?」
東堂さんは目をパチクリさせ、不服そうに言った。
「…切田くんだって、結構チラチラ見ているでしょう。私のことを」
「え゛っ」
切田くんは心底慌てた。思い当たるフシもなくはないのだ。
「…牢屋の時とかも…」畳み掛けてくる。
「ぐえっ」(…いやあれは不可抗力、だってルックスの印象値が高すぎるから、目が自動的に引っ張られるんですよ!僕は悪く)
「…あのね、切田くん。私に限らず、…男性がいつ、どこを見てるのかなんて、女性側には全部伝わってるからね?」
「うぐっ」そうは言われども、抱えた外套とぶかぶかローブに阻まれて、今は彼女の胸あたりの様相を知ることはできない。
「そらみなさい」東堂さんは冷たく断言した。
「……」
(これは罠だっ!!)切田くんは猛烈に抗議したい。
(理不尽すぎる。明らかに故意の誘導ですよ!こっち来て→トラバサミ、ぐらいの凶悪さですよ!うぐぐぐ…)
「すすすすみま」
「いいけど」
「…へっ?」
「別に、切田くんなら良いのだけれど」
「物心ついてからずっとだもの。私だって、男性全般がそういう生態なのは理解しているわ」(刺さるゥ〜)
「…だけど、そういったことの
着込んだ外套の
「見る?」
(どどどどこを!?)
「…どこを見たいの?」彼の
「いや、ですから。…そう言うんじゃ!」
「何をイチャついとるんだ、お前らは」横を向いてしまった店主が、ムッとして言葉を投げつけてくる。
「続きは外でやれ。二度と来るなよ。塩撒いてやる」
急かされてしまった。
取り付く島がなかったのは残念だが、必要最低限の物は手に入れた。――詮索もされず、暴利を
「…助かりました」
「…ありがと」
◇
(追い出されても感謝は感謝だ。無礼な
(良くしてもらったほうだろう。…しかし『見た目は当てにならない』なんてよく言うけどさぁ、九割九分の人は見た目通りなんだから。…
すると、正面の建物前でたむろしている男たちと、
ガラの悪い見た目の三人組だ。二人は剣や小剣で武装し、一人は魔術師風のローブをまとってる。
彼らはニヤニヤ笑いながら切田くんに
……嫌な予感がする。
店を出る前にフードを被らなかったのは軽率だったかもしれない。――だからといって、今、このタイミングで不穏なことが起こるなど、切田くんには納得できるものではない。(…フラグ回収が早すぎるだろ。こんな酷いめぐり合わせって、あるものなの…?)
昆虫めいた
(……いや、違うな。偶然じゃない。彼らは僕らがここに入る前から、ずっと僕らのことを見ていたんだ)
切田くんはなんとなくそう思った。不吉な緊張感が広がっていく。
「…東堂さん、フードを」
「…そうね」
切田くんたちは深くフードを被り、どちらからともなく手をつなぐ。
そして何かを恐れるように、
ガラの悪い男たちは、ニヤニヤ笑って目配せをした。
そして彼らは、のっそりと歩き出した。
切田くんたちが向かった側へと。
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