見繕う人々

 周囲は歓楽街の様相を呈してきた。酒場や飲食店、屋台などが隙間無く立ち並び、ガヤガヤと騒々しい人混みがいたる所に作られている。


 道行きする人々の種類も雑多なものだ。商人や職人らしき男たち。日焼けした船乗り風の男たち。傭兵を思わせる、様々な武装をした男たち。昼間から酒を飲んでいる兵士なども見える。彼らは各々おのおの喫食や談笑に夢中で、道行くなにかに気を止める様子はない。


 胸の谷間を強調した(北半球の昼)、薄着の女性が客引きをしている。…女性は、人混みの中を手をつないで歩いてくる、奇妙な格好のふたりを見咎みとがめる。


「…あら」


 扇情的な笑みを浮かべ、さり気なく近づく。…気づいて固まった少年の頬へと、女性はゆったりと手を伸ばした。



 グイ、と片手を引かれ、少年は体勢を崩した。

 薄着の女性は手を引っ込めて、クスクスと笑った。


「大人になったら来てね」


 手を振る女性におずおずと振り返し、切田くんは落ち着かなげに周囲を見渡す。こういった場所に来るのは初めてである。しながら、彼は言った。


「いいですね、ここ」


「…切田くん?」東堂さんがニッコリ笑って、眉を吊り上げた。怖い。


 切田くんは(なにかヤバい)と思った(実際にヤバい)ので、慌てて(冷静に)誤魔化す。


「ああ、いえ。ここならば、僕らに必要なものが手に入りそうです」


「…まあ、そうね」


(セーフ)


 ノンデリセーフだ。周囲はいかがわしい店だけでなく、通常の商店なども立ち並んでいる。手ぶらの彼らに必要なものは数多いので、ある種の説得力は出せたようだ。(誤魔化しが八割だけど。…まあ、良くないよな…)


 矛を収めた東堂さんに、切田くんはキリリとうなずいてみせる。


「ここならきっと、近代的な下着も買えますよ。足りませんよね」


「き・る・た・く・ん?」


 東堂さんは笑みを深め、手をギュウと握り締めた。ミシッと不吉な音がする。


「痛いです、東堂さん」


「でしょうね?」ノンデリアウトだ。


(…あれ、良くないな…)正直や率直も、時と場合によって使い分けたほうが良さそうだ。



 ◇



(…しっかし、脱出してからは平和なもんだな。進んで『スキル』を使いたい訳ではないけどさあ…)もう少し地獄のドドンパチ道中になると思っていた切田くんは、少し拍子抜けする。屍山血河のドキドキ錆色バトルデイズ(むせる)はいまだ遠い世界の様だ。


(日常系き○ら4コマの世界に鞍替えするには、今が丁度いいのかも。…ここか)


 道行く人に尋ねながらも、ちょうど良さそうな古着屋にたどり着く。歓楽街の空気に溶け込んだ、後ろ暗ささえ感じさせる門構えだ。


「身分保証のない異世界人にはうってつけの店ですね」(絶対良くない店ぇ!)全力で偏見を振りかざす。偏見祭りだ。


「服もだけれど、ここで出来るだけ必要なものを揃えましょう」


「財布の貨幣の相場は分かりませんが、言い値で払うしか無さそうですね…」


 ところで、兵隊沙汰は困る身の上だ。食い下がって争う訳にもいくまい。社会的保証の脆弱ぜいじゃくな世界では、ささいな事にさえ暴力の影がつきまとう。


 ドアを開けてふたりが店へと入っていくと、初老の店主は気が乗らなそうに一瞥いちべつをくれる。……そしてギョッとして、白ローブの『聖女』の姿をまじまじと見た。「…こりゃあ…」


(…わかります…)同意する少年の横、不躾ぶしつけな視線にムッとする東堂さんから顔をそらし、店主のほうこそ腹立たしげに言い放った。


「お迎えでも来たのかと思ったぜ。知らんが、金がねえならさっさと出て行け」突き離すように鼻で笑う。


「姉さんを質にでも入れて来るんだな。すぐに流れちまうだろうがな」


「お金ならありますよ」切田くんは制服のポケットから、膨らんだ小袋を取り出してみせた。


 店主は眉根を寄せる。


「どこで盗んできた?」


「…盗んでは」


 東堂さんが着ているローブの首元に、ちらりと目をやる。


「いません」


 白いローブの首元についた、黒い。店主はそれを見て顔をしかめ、刺々しく問う。


「それで?それでもお前たちに出て行けと言ったらどうする?」


「他をあたります」切田くんは即答した。



 店主は片眉を上げ、そしてふたりの姿をジロジロと観察する。…固く握り合うふたりの手に目を留めて、彼は椅子に沈み込み、頭を掻きむしった。



「……ええい、まったく。面倒を持ち込みやがって。金貨だ。でなけりゃを呼ぶ」


(…一枚でいいのかな?)切田くんは言われたとおりに財布から金貨を取り出し、カウンターに置く。財布にはまだ入っている。


「最低限、姿と顔を隠せるものを」


「みなまで言うな」奥からボロボロの、ダボッとした薄い外套を引っぱり出してくる。そして我慢がならない、といった風に、心底腹立たしげに言い放った。


「そういうのを外で見せびらかすな。しまっとけ。場が荒れるだろうが」


「財布ですか?」


 不機嫌な顔で、店主は続ける。


「…姉さんだろ。まったく。騒ぎを起こすとわかっているだろうに。…そらっ」下手投げで順に放り投げてきた。


 巡礼者を思わせる、古びた外套だ。外観に似合わず清潔な匂いがする。

 丈の長い外套で、首の革紐を結ぶとしっかりと足元までを覆い隠してくれる。フードを深く被れば顔も隠せるようだ。


(必要十分。これならば学生服も白い派手ローブも見られることはない。…目立つと本当ホントろくなことが無いからな。怪しまれない格好で街の群衆に紛れれば、後はどうとでもなるはずだ。…って…)横を見ると、東堂さんが気落ちしてうつむいてしまっている。店主の悪態が刺さったのだろうか。


(…外見が騒ぎを起こす、と言われたことを気にしているのか。そんなの全部、騒いだ相手側のせいだろうに…)無性にムカムカしてくる。


(とはいえ、蜂蜜持って熊の前を通っても、熊に社会的責任は問えないか。不用意さへの自責が、ぬぐえるものではないよな…)


 しかしながら、それは畜生相手の話である。はちみつくまさんの気を引くから禁止などと社会に言われては、蜂蜜側には立つ瀬がない。はすなわち社会が畜生によって支配コントロールされている事と同義であり、そんな社会など原始時代を越えてであろう。…切田くんはなんだか楽しくなって、ウホウホと言いたくなったが止めた。(ゴリラの国は優しそうだしな)


(…しかし、やっぱり東堂さんみたいに日常的に目立つ人というのは、こうして思いをするものなのかな…)


(ちょっと聞いてみよう)ここは声を掛けてみることにする。切田くんは日常的にあまり目立たないので、そういったことに興味があるのだ。侵害の空気をまとわなければノンデリラインも超えないはずだ。


(それに、こういう時の女性には、とにかく話を聞いて同意や共感を示せば良いのだと、学んだ。僕は詳しいんだ)


「…その、東堂さん。確かに東堂さんは目立つ方だと思いますけど、見られる側はやっぱり大変なものなんですか?」



 東堂さんは目をパチクリさせ、不服そうに言った。



「…切田くんだって、結構チラチラ見ているでしょう。私のことを」


「え゛っ」



 切田くんは心底慌てた。思い当たるフシもなくはないのだ。


「…牢屋の時とかも…」畳み掛けてくる。


「ぐえっ」(…いやあれは不可抗力、だってルックスの印象値が高すぎるから、目が自動的に引っ張られるんですよ!僕は悪く)


「…あのね、切田くん。私に限らず、男性がいつ、どこを見てるのかなんて、女性側には全部伝わってるからね?」


「うぐっ」そうは言われども、今は抱えた外套とぶかぶかローブに阻まれて、彼女の首の下あたりの様相を知ることはできない。


「そらみなさい」東堂さんは冷たく断言した。


「……」



(これは罠だっ!!)切田くんは猛烈に抗議したい。



(理不尽すぎる。明らかに故意の誘導ですよ!こっち来てトラバサミ、ぐらいの凶悪さですよ!うぐぐぐ…)


「すすすすみま」


「いいけど」


「…へっ?」


「別に、切田くんなら良いのだけれど」狼狽ろうばいさえぎり、東堂さんは外套を羽織りながら言う。


「物心ついてからずっとだもの。私だって、男性全般がそういう生態なのは理解しているわ」(刺さるゥ〜)


「…だけど、そういったことのほとんどが、嫌な干渉に繋がっていくわけでしょう。度を越すものだってある。男女限らずね。そんなことばかり重なれば、憂鬱の呪いみたいに感じることもあるけど…」


 着込んだ外套の襟を軽く広げ、見つめて、彼女は真顔で平坦に言った。


「見る?」


(どどどどこを!?)


「おい」


 横を向いてしまった店主が、そっけなく言葉を投げつけてくる。


「いい加減、続きは外でやれ。二度と来るなよ。塩撒いてやる」


 急かされてしまった。


 取り付く島がなかったのは残念だが、必要最低限の物は手に入れた。詮索もされず、暴利をむさぼられた感覚もない。ふたりは感謝の気持ちを込めて答えた。


「…助かりました」


「…ありがと」



 ◇



(『見た目は当てにならない』なんてよく言うけどさぁ、九割九分の人は見た目通りなんだから、一分いちぶに当たった時の判断が難しいんだよな…)外套を着込み、後ろ暗そうな古着屋を出る。


 すると、人通りの向こう側。正面の建物前でたむろしている男たちと、目が合う。


 ガラの悪い見た目の三人組だ。二人は剣や小剣で武装し、一人は魔術師風のローブをまとってる。


 彼らはニヤニヤ笑いながら切田くんに一瞥いちべつをくれ、…そして出てきた東堂さんのことを、ジロジロと舐め回すように眺める。



 …嫌な予感がする。



 店を出る前にフードを被らなかったのは軽率だったかもしれない。だからといって、今、このタイミングで不穏なことが起こるなど、切田くんには納得できるものではない。


(…フラグ回収が早すぎるだろ。…こんな酷いめぐり合わせってあるものなのか…?)


 昆虫めいたの一団。草食の獲物を下に見る、捕食者プレデターねばついた眼光。……確信を深める。


(……いや、違うな。偶然じゃない。彼らは僕らがここに入る前から、ずっと僕らのことを見ていたんだ)


 切田くんはなんとなくそう思った。…不吉な緊張感が広がっていく。


「…東堂さん、フードを」


「…そうね」


 切田くんたちは深くフードを被り、どちらからともなく手をつなぐ。

 そして何かを恐れるように、とその場を去っていく。



 ガラの悪い男たちは、ニヤニヤ笑って目配せをした。

 そして彼らは、のっそりと歩き出した。



 切田くんたちが向かった側へと。

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