いざ古着屋へ
夏休みに入ってからは、やはりそれなりに忙しい時間が増えた。
とはいえ、決してお客が右肩上がりに増えたとか、酔っぱらいの喧嘩が頻繁になったとか、そういったことはなく
別に今まで通り父さんと2人でやっていけるほどだった。
だから、僕がいま、椅子に座って大きなため息をついているのは、今しがた妬み嫉みといった熱い視線を送ってくるダスティン・エイムズのせいであって、仕事に疲れたからではなかった。
どうしてダスティンがこれほどまでに血涙を流しながら僕を見ているのかということを話すのに、そう長く時間はかからない。幼稚といってしまえば全くその通りな話で、長くゆっくり話すのもバカバカしいほどだったからだ。
話は数日前、学期が終わった日に遡る。
いつも通り暇な彼らはダニエルを抜いたまま店にやってきて、酒を飲み交わしていた。
事件が起きたのは、ちょうど夜の10時をまわった頃、店の客はダスティン達3人の他に、数人程度しか居なかった。
しかもずっとテレビを見ている爺さんや、ただボーッと音楽を聴いているような若者ばかりだったから、店の中は妙にシンとした雰囲気に包まれていた。
店内には、ザ・コースターズの “ヤケティ・ヤック” が小さく流れていて、すごく静かだったけど、決してどんより暗い雰囲気ではなかった。
もしここでバラードなんかを流していれば、爺さんは奥さんに、若者は近所の友達にこのことを話して、次の日には街中がみんな感傷に浸り、セントラルの病院はうつ病患者で溢れかえっていただろう。
そんなジメジメと酒の空気がただよう場所で、父さんはいきなり何かを思い出したように「そういえば…」とつぶやき、僕に指をさしては、ダスティン達にむけて火種を撒き始めた。
「こいつ彼女できたんだよ」
僕は持っていたメーカーズマークを落とすところだった。…いや、きっと落としてしまった方が良かったんだ。
雄叫びを上げながらカウンター棚に置いてある酒を全部ぶち壊して回り、今のうちにこの店を閉店させるべきだったんだ。
そうやって父さんがにこやかにクソみたいなことを言った瞬間、ダスティンは口に含んでいた酒をミスト状にして吹き出した。
それを見たハロルドは下顎が外れそうなほど盛大に笑い、カートはダスティンの吹き出した酒を真顔で避けていた。
先程まで店には深海のように曇った静寂が流れていたのに、いきなりその沈黙を破っては、たった一言でここまでのカオスを生み出せる自分の父親に、もはや尊敬の念すら湧いてくる。
前にもあとにも、僕が父さんの口の滑りの良さを本気で心配したのはこの時だけだった。
「…ダスティン、とりあえず酒を拭いてから僕の話を聞いてくれ…」
きっと今にもめんどくさい事になると思った僕は、なるべく彼と目を合わせないよう、黙っているダスティンにタオルを渡した。
彼はその受け取ったタオルでテーブルの上を拭きながら、一度もこちらなど見ずに静かに呟いた。
「…お前、学校に友達いねぇって言ってなかったか?」
ハロルドはダスティンの背中をバシバシと叩きながら、ひたすらに笑い転げている。
しかしダスティンはそんなハロルドなど全くお構い無しと言った様子で動かずに座っていた。
「なんとか言えよ…。お前にいつ、女の子と出会うような場面ができたんだ?」
「…いや、聞いてくれ。僕は彼女とは付き合ってない。ガールフレンドじゃないよ、グレイスはただの友達で…」
ダスティンからの問いに僕は何とか誤解を解こうと話しかけたが、僕の言葉選びが癪に触ったのか、奴はいきなりテーブルを平手打ちして叫びだした。
「ただの友達!?そうか、友達か!まったく大層な言葉だよ!あのなぁ、よく聞け。そんなこと思ってるのはお前だけだ、絶対にそのグレイスとかいう子はお前を意識してんだ。それなのにお前は“友達”だなんて抜かしやがって!」
雄叫びのような、怒鳴り声のような感じだった。
それなりの声量に早口で話すダスティンは、そのまま僕の胸に指を突き刺して
「女の子と接するならちゃんとしろよ、選り好みしてんじゃねぇぞ!」
と最後のセリフを吐き捨てたあと、やけに丁寧な仕草で椅子に腰をかけた。
ハロルドは腹を抱えながらも、「まぁまぁ」とダスティンをなだめていた。
いきなりの怒号に、僕は両手を突き出して
「分かったから、そんなに怒鳴るなよ。でも本当に恋人じゃないんだ。僕の話を聞けばわかる」
と言ったあと、みんなにグレイスと出会った経緯や日々の会話の1部をざっくりと説明した。カートやハロルドは理解してくれたが、やはりダスティンはあまり気に入らなかったのか、僕の話を聞いたあの日から今日まで、眉間に皺を寄せては拗ねた様子の顔でいる。
「なぁ、グレイスと遊びに行く日はいつだって言ったっけ?」
ダスティンからの視線を遮るようにして、カートが聞いてきた。
「明後日、水曜日だよ。どうして?」
僕は正直に答える。
「いや、お前、女の子と遊びに行く用の服なんか持ってるのかと思って。」
「なに言ってるんだ、普段着てる服を着ていけばいいだろ?」
僕が苦笑し、困惑した様子で聞き返すと、カートは「そんなのダメだよ」と一蹴した。
「都会に行くんだろ、少しくらい張り切ったっていいじゃないか。そうだ、今から古着屋にでも行って、服を新調しよう!俺たちがコーディネートしてやるからさあ。」
カートは突然そう言いながら笑顔で僕の肩を叩いたあと、椅子から立ち上がって、話をしようとダスティン達のところへ向かっていった。
いきなりの展開に、僕はなにがなんだか、苦虫を噛み潰したような顔で僕も立ち上がり、必死にカートを呼び止めようとした。
「カート!ちょっと待ってよ、僕に服なんか買わせる気か?ていうか、了承してないんだけど!」
奴は聞こえていないフリをした。
そうだ、いつも騒がしいみんなと一緒で忘れてたけど、カートは意外にもおしゃべりで突発的な性格なんだった。
僕がいらいらしながら追いかけていると、カートは歩きながらこっちを振り向いて、眉を上げながら言った。
「減るもんじゃないし、別にいいだろ。なぁ2人とも、今からみんなで古着屋に行こうぜ。ダニエルも呼んでさあ」
カートはダスティンとハロルドの2人に話しかけた。
「別にいいけど、それはまた、なんでいきなり?」
ハロルドが頭にはてなを浮かべながら言う。
「みんなでルイスのデートの服を選んでやろうよ。自分の服も買っていいから」
カートがニコニコしながらそう答えると、ハロルドは目をまん丸にして
「ふぅん、いいね」と、したり顔をしながら僕を見た。
するとダスティンが小さく笑いながら口を挟む。
「はぁ?お前、俺が今、どうしたってこんなむしゃくしゃした気持ちでいるのかを忘れやがったのか?今日だって、お前に真っ昼間から来いと言われてしぶしぶやってきたっていうのに。」
不機嫌なダスティンの言葉に、カートはしばらく黙っていたが、彼は大きくため息をついて
「おいおい、いつまでそうしてるんだよ、ダスティン坊や」と、いらつきながらも呆れたようにからかった。
もちろん、“坊や” だなんだと言われて大人しく黙っているダスティンではないので、お互いにかちんときたのか、2人はちょっとした言い争いになっていた。
僕が2人をなだめて仲介している間に、ハロルドは慣れた様子で父さんに許可を取り、受話器を手にしながら、黒電話のダイヤルをくるくると回して、着信にでたダニエルと既に話をしていた。
「それでさぁ、一緒に行かないか?最近のお前、全然ルイスと顔を合わせてないし…いいだろ?」
いつの間にか会話をしているハロルドに驚いた僕は、うるさい2人をほっぽりだし、慌てて奴のそばへ寄って
「ハロルド、ねぇ、やめてよ。僕は行かないって言ってるだろ!」
と、ダニエルに気付かれないよう小声で言いながら必死にハロルドの肩を揺らしたが、ハロルドはこっちを向いて「黙ってろよ。今話してるから」と、僕の腕をはらいのけて楽しそうにしていた。
僕は唖然としながら肩を落とし、ここまで来たら諦めるしかないと、いよいよ彼らにまけてしまったのだ。
その後ダニエルも1時間後くらいなら良いと言ったらしく、そのまま午後になればみんなで古着屋へ行こうという話に決まった。
カート達はしばらく店で涼み、僕は出かける準備をした。そして午後の1時50分にさしかかったころ、僕らはダニエルを迎えに店を出た。
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