意外な一面
帰ったあと、父さんに言わせてみれば僕はいつもと違う様子だったらしい、やけにテンションが高くて、執拗に酒を飲みたがったと
そのせいかすぐに
「今日はもう早く寝ろ、明日は普通に客が来るんだから」と言われて僕は自分の部屋に押しやられてしまった。
僕は口をとんがらせながら乱暴に布団へ潜った。だって僕はすっかり酒を作って飲む気でいたから。
僕は11時前に店が退屈だと自分で酒を作る練習をする。―基本そんな時間は無いけど―
間違ってもダニエル以外にあんなくそまずい酒を提供するわけにはいかないからね。
その酒は彼いわく「フェルネット・ブランカにそこらへんの雑草をぶちこんでレモンとクエン酸を混ぜたような味」らしい
つまり苦くて青臭くて後味はすっぱい
そりゃ僕が悪かったけど、そんなに言ってやるなんてちょっと酷いよ。
ぼやぼやと考え事をしていると芋ずる式に同じ時期に起きた嫌なことも思い出してしまって、僕はさらに口を三角につりあげた。
車に水をかけられたり、客にグラスを叩き割られたりもしたな
あぁでも、あのころ何がいちばん最悪だったかって、まだ家に母さんの私物が残っているのに気づいてしまったことだったな。
僕は苛立ったように寝返りをうった
これ以上嫌な思いをしたくなかったから
なるべく記憶のあいだあいだに1週間前のことや、先生のことなど、「今」を考えるようにして「昔」と自分を切り離す作業をした。
そうこうしているうちに僕は眠りについて、次に目が覚めたのは朝の9時だった。
僕が目覚めると、窓の外から車の走っている音が聞こえると同時に熱いくらいの旭光が差し込んできて、その光は僕のベッドの真正面にあるポスターを白飛びさせていた。
その1枚のポスターはマリリン・モンローだった。
「七年目の浮気」の彼女は、地下鉄の通風孔から吹く風にあおられてふわりとスカートがまくれている。
大きく口を開いても崩れないその美貌には
僕も「すごい人なんだ」とよく理解していた
壁にポスターを貼ったのは「刑務所のリタ・ヘイワース」の真似だった。
理由として彼が、スティーブン・キングがこれを選んだからという、そういった憧れの気持ちも確かにあったけれど
壁に1枚、でかいセックス・シンボルの写真を貼れば、もしかしたら僕は普通の少年に戻れるのではないか
世間が言う “年頃の男の子” として、正しい感情を抱けるのではないかと、まぁポスターを購入した時はそんな気持ちが大半だった。
きっと僕は彼女にすがりつく思いだったのだろう
今にもそのスカートを掴んで跪き、全世界である彼女に「ぼくを許してくれ」と叫びたかった。
でも、時が経つにつれて、もうそんなことはあまり思わなくなったのだけれど
昨日の激しい雨とは違い、今日1日の始まりは晴天だった。
それなりに気温も高かったから、店の中には涼みに来たティーンエイジャーから常連のカウボーイまで、様々な人達が座っていた。
今まで誰にも話したことは無いけど、実はこの店には
「昼の1時までに席の2.5割が埋まっていれば、夜の席は9割埋まっている」という、まぁ僕なりの都市伝説があって、まさに今日は3割ほどの席が昼のうちに消えていた。
夜は忙しくなるのかと気が滅入るけれど
ありがたいことに、午前中や昼に来る客はそこまで酒の大量消費はしないし、全員が全員酒を頼むわけでもなかったから、僕は午後に体力を残すため少しばかり力を抜いて接客をした。
少し酒をつぐペースが上がった午後5時頃
いきなり「ルイスー!」と、元気に勢いよくドアベルを鳴らす客が来たと思えば、ギターを背負った男が入ってきた、ハロルドだ。
口元がひくっと引っかかる感覚がした
僕はいつの間にか顔を背け、僕の足はあとずさりしようとしていた。
正直、ここから逃げ出したかった。
ハロルドがいるならつまりダスティンも、カートも居るだろう
それなら、ダニエルだっていると思った。
昨日の今日で、僕は一体どんな顔をすればいいんだ?
僕はカウンターのふちをギュッと掴んで、なるべく昨日のことには触れず、普通に接しよう心に誓ってから勢いよく顔を上げた。
でも、そんな誓いは必要なかった
店の扉はダニエルが入ってくる前にバタンと閉まって、ハロルド達はそのまま店に入ってきた
僕は呆気にとられた。そしてみんなが円卓状の席につくや否や、僕は「いつものでいいんだよね」と決めつけ、その後前のめりになって
「ダニエルは?」
と聞いた。
「え?あぁ、なんかアイツ今日は行かないって言ってきてさ、まったく変だよな。」
ハロルドがギターケースを床に置きながら言うと、隣にいたダスティンはバンッと机をたたいて言った。
「そうなんだよ、聞いてくれよルイス!
あの野郎、今日のバンド練習中になんどもチョンボしてよ、そのうえ誰の話も聞かずにずーっと辛気臭い顔してるんだ
まったくあんな演奏されたんじゃあ、こっちもたまったもんじゃないぜ!」
「そういうお前だって今日またドラムスティックを1本おじゃんにしたじゃないか。一体何本目だ、ダニエルは1度だってピアノを壊したことがあったか?言ってみろ」
叫ぶダスティンを落ち着かせるようにカートが喋る。
「ドラマーのスティックは消耗品だ、ピアノとはわけが違う!それに、金は俺が払ってるんだ、いちいちおかんみたいにケチをつけるんじゃねぇ」
「お前に壊されるスティックが勿体ねえって言ってるんだ、それに、ダニエルの今日のミスは普段のお前のミスよりずっとマシだったぜ」
彼らはいつもこんな感じだから、なにも喧嘩しているなんて思わないでほしい。
ダスティンはカートの肩を左手で押したあと
「ったく、これだから幼なじみは嫌だぜ!
アイツに非があるのに、カートはいつでもダニエルを庇いやがる!」
と、先程よりも声を抑えて言った。
ダスティンがこうなる時は、だいたい物事を考え直しているか、相手に直接文句を言ってやろうとしているかのどっちかだ。
その後ダスティンはおせじにも行儀がいいとは言えない座り方をしながら僕に「今日は強めの酒をくれ」と言った。
「…いいけど、また紙袋を被ってうちの店でプロレスなんか始めたら、次こそ僕は怒って君を追い出すからな。むろん、君がシルヴェスター・スタローンならこんなことは言わない」
彼は「あの時のことは申し訳ないと思ってるってば」と、軽く僕の言葉をあしらった。
ダスティンはいつもこうだ。まったく、人の話を聞かないのはどっちだってんだ
僕は大きくため息をついて再度騒がしくて忙しい接客へと戻った。
すると40分ほど経った頃に、今度はバンディ先生がやってきた。
彼はしばらくドアの近くに突っ立っていたけれど、忙しかった僕はすぐに気付くことが出来なかった。
すると先生はそおっと僕に近付いて肩をたたいた。
「どうやら今日は忙しいみたいだね。」
いきなり現れた先生に僕は死ぬほど驚いて、かなり馬鹿みたいな声を出してしまったと思う。
「驚いた…バンディ先生…そんなにいきなり現れないでください。ちょっと、もう、あぁ本当にビックリした…」
「ふふ、すまない、なんて声をかけたらいいのか分からなかったんだ。」
驚かせに来た先生のことが憎たらしいながらも、僕はビックリした反動で腹を抱えて笑ってしまった
「遠くから声をかけてくださいよ、なんで静かに後ろを着いてきちゃったんですか?」
あんまり僕が面白がるから、その様子に先生もつられて
「そんなに笑わないでくれよ、私だって不器用なんだ」と、肩を上げて含み笑いをしていた。
「ねぇ先生、今はたしかに忙しくて席も埋まってるんです。」
「うん、そうだね。だから私は帰ろうと思っていたんだけれど」
「いや、実はいま僕の友達がきてるんです。ほらあそこの丸い卓。3人の、それで、もし先生さえ良ければアイツらと相席してくれませんか?」
僕はダスティン達が飲んでいる席を指さして言った。
「私は構わないけど、あの子たちは大丈夫なのかね?」
「もちろん!アイツらバンドやってて、先生と気が合うやつもいるかも知れませんよ。僕知り合い同士が仲良くなるの好きなんです。」
僕はそう言ってグイグイと先生をダスティンやハロルド達の前に連れていった
「ねぇみんな、僕の知り合いを相席させてもいい?席が足りないんだよ。」
「なんだよ、リンダ・ハミルトンでも連れてきてくれたのか。それなら大歓迎だぜ」
少々酒を入れて酔いかけのダスティンが言う
「彼女が君の理想か、申し訳ないが私はリンダ・ハミルトンじゃない、ベリアル・バンディだ。相席させて頂いてもいいかい?」
「ダスティンの冗談は気にしないで。いいに決まってる。どうぞ座ってください」
カートは手招きして先生を座らせた。
「それじゃ、僕は酒を持ってくるよ、みんなで話してて。」
「あぁ、ありがとう」
さて、先生に作る酒は昨日から決めていたんだ。
出すのは甘くて香りの強いラム酒
その中でも王道の“バカルディ” だ
どうせならカクテルを作りたかったけど、今回は香り重視だから、ストレートでも美味しい
“バカルディ エイト” を提供しようと思った。
度数は40%だけど、少しづつ飲む分にはそこまで酔うものじゃない
他のいくつかの席に注文された通りの酒を提供したあと、バカルディを持って僕はもう一度ダスティン達の席へと向かった。
するとさっきから15分ほどしか経っていないのになぜかあの席は大騒ぎしていて、何事かと近付いてみると、案の定その声はダスティンとハロルドによるものだった。
「ちょっと、何やってるの?まさかまた他の客と口論でもしてるんじゃないよね」
「あぁルイス!もうそんなことしねぇよ!ただお前のお友達がちょっとな、俺のウイスキーを飲んだら一瞬で酔っちまって、そのまま机に頭からガツンと…」
するとハロルドが口を挟む。
「いいや、彼が飲んだんじゃない、お前が飲ませたんだ!僕らはただ自己紹介してただけなのに、お前が無理強いしたんだぞ。」
「お友達?」
僕は左下を見て、ようやく理解した。
「…ダスティン、君はまた、面倒なことをやってみせたね。」
ハロルドが五本の指をパッと広げた先には何も言わず机に突っ伏してる先生がいた。
「まるで漫画みたい…先生、バンディ先生、大丈夫ですか?起きれます?」
僕はしゃがんで先生の体を揺すりながら声をかけた。
寝ている訳ではなかったけれど、彼はとんでもなく体調が悪そうだった。
「みんなで自己紹介をして話していたらいきなりダスティンが彼にウイスキーを差し出して、僕らも彼がここまでお酒に弱いとは知らずに飲ませちゃったんだ…」
ハロルドは一緒に先生をさすりながら、状況を説明してくれた。
「先生、少しだけ歩けますか?別のところで休憩しましょう。」
ここに居てもうるさくて休めないだろうから、二階にある僕の部屋へ連れていこうと思った。
すると先生はゆっくりとこっちを向いて
「…すまない……私は酒が…人より、飲めなくて…吐くのも下手くそなんだ…だから…」
と、頭を抱えて起き上がった。
「謝らないで、僕はしょっちゅう先生みたいな人を見てますから、慣れてるんです。」
僕は先生の腕を肩に回しながら微笑んだ
どうせ僕は彼にアルコール度数40%のラム酒を提供しようとしてたんだから、遅かれ早かれこうなることは決まっていたんだろう。
酒が弱いことに呆れるどころか、先生の意外な一面を見たようで、嬉しいくらいだった
先生を抱えて立ち上がると、ハロルドが
「手伝うよ」と言って一緒に二階まで運んでくれた。
僕たちの後ろでカートは「ばか」と、ダスティンの頭をベシッと叩いていた。
これでちゃんと反省するんだから、ヤツは悪い人間では無い、多分
バンディ先生には僕の部屋のベッドでひとまず休憩してもらった
一階におりたあと、僕とハロルドもダスティンの頭を順番に叩いた。
彼は「みんな揃って何すんだよ!」と騒いでいたけど、いい加減少しはデリカシーというものを学んでほしい。
「ここにダニエルがいたら、君はもう1発ぶたれてるからな。3人なだけマシと思えよ」
その後ダスティン達はいつもより早い8時半に店を出た。
少しずつ客足も落ち着いてきたので、僕は父さんにしばらく接客を任せて、二階の先生の様子を見に行った。
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