愛情の瞳

家に帰ると、僕の傷だらけでボロボロの姿を見た父さんは大きく目を開けて驚いていた。


でもそれは決して心配による驚きではなく


「ついに俺の息子も喧嘩をする年頃になったか!」という、まるで歓喜のような驚きだった。

その証拠に、大きく開いた目の奥にはキラキラとしたハイライトが入っていた


そんな分かりやすくいつも通りな父さんに

呆れとか安心みたいな感情になった僕は


「息子が怪我して帰ってきたのに、嬉しそうにしないでよ」

と、眉を下げながら柔らかく笑った。


父さんは「すまんすまん」と言って、僕の身体を支えながら席まで連れていってくれた。


すると父さんは僕が席に着くや否や、ずいっと前のめりになって


「それで、相手は?傷を見る限り大男1人くらいか」

と、喧嘩の詳細を聞き出してきた。


確かに僕は先生に助けられたおかげで

左目の横と鼻と口以外、顔に大きい外傷はなかったけど…

僕の上半身を見たら、きっとそんな事は言えないだろう


「んー…いや、大学生4人、体格のいいやつも居たよ」

僕がそう言うと父さんはまた目を大きくさせた


「大学生…!?じゃあ、勝ったか逃げてきたのか?」

「いや、逃げなかったし、負けた。」


僕がそう言ってやっと、父さんは心配そうに驚いて僕の身体を確認してきた。


「痛ッ…ちょっと、痛いんだからあんまり触らないでよ」


どうやら、大学生にリンチされたのに

ここまで一人で歩いてきたことが不思議だったらしい


まあ実際、かなり腹や腕などの上半身を酷く蹴られたから、先生が居なかったら日付が変わる前にここに戻ってくることはできなかっただろうけど


さすがにオロオロしている父さんが面倒だったので、僕はため息をつきながら言った。


「この前新しくやってきた先生の話をしたでしょ?ほら、バンディ先生」

「ん?あぁ」

「そのバンディ先生がたまたま通りかかって、大学生達を追っ払ってくれたんだよ。」


父さんは「ほんとか!」と、しばらく信じられないような顔をしたけど

数秒後にはまるで忘れ物がバッグに入っていた時みたいに、ホッと胸を撫で下ろして、僕から手を離した。


「そうか…彼は良い先生なんだな、良かった。

ところでその手当は?」

「あぁこれね、近くにあった飲食店で必要なものを借りた、そこで出会った女性に“今度礼も兼ねて食べに行く”って言ったから、一緒に行こう」

「美人?」

「やめてよ。彼女、僕と同い年くらいだ」


そう言って笑う父さんに、僕は少しの苦笑いを返した。


「まぁ無事に帰ってきてくれて何よりだ。

今日は店の対応はしなくていい、痛むだろ?ゆっくり休め、店も早めに閉めるから。」

「…うん、ありがとう。明日先生が来るって言ってたから、それだけ覚えておいて」


僕がそう言うと、父さんは眉毛をクイッと上げた

父さんなりの「了解」の合図だ


時計はまだ10時前後だったけど、そのあと僕は自室に戻った

その日は痛む傷に障らないようゆっくりと横になり、就寝した


―次の日の朝、いつもより早く寝たからか

目が覚めたのは朝の7時前くらいだった。

起き上がったあとガーゼを取り替えて、鏡の前で傷の調子を確認した

腫れは引いたと思う。

でもやっぱり左目の横が1番痛い…


ベッドに腰をついて、外の明るさを眺めた

…さて、起き上がったはいいけど、やることが無い

休日の7時前、なかなか起きている人間は居ないだろう。


そしてそれはこの家でも同じ、今この屋根の下で起きているのは自分だけ

その事を理解した瞬間

なぜだろう、いつもとは違う事をしたくなった。

“早起きは三文の徳”というだろう

僕は靴を履いて、父さんを起こさないよう静かに家を出た。


街は少し肌寒いくらいの曇り

休日だから人も少なくて、新鮮な空気に僕は内心楽しんでいた

しばらく15分くらい歩いていると、後ろからタッタッと走っている足音が聞こえてくる。


朝にジョギングをする人なんてものはどこの国にもいると思う。夏場なんかは涼しくて

きっと走るのに最適な環境なんだろう


朝から運動をしている人を邪魔するほど勇敢な僕じゃない。

僕はその人に道をあけるようにしてサッと横へ移動した


移動した僕に気付いたのか、その人は通り過ぎる瞬間、パッと僕と目線を合わせた


少しの風が吹いた

多分、お互い似たような顔をしていたと思う


「――ダニエル!?」

「うわっ、ビックリした…!

…は!?なんでお前朝っぱらにこんなとこいんだよ!?」


走っていたのは、僕の傷の原因になった彼だった。


「なんでって、たまたま早く起きたからちょっと散歩してみようと思ったんだよ」

「驚いたぜマジで…いきなり大声で呼ばれるもんだから…」

「…ははっ、ごめん、僕もビックリしちゃった」


驚いた反動か、気が抜けてつい笑いが零れた


そういえば、最後に彼と1体1で会話したのっていつだろう?

2人きりになったのは今日が初めてかな

早朝にバッタリ出会うなんて

まるで運命じゃないか


ねぇ、神様

僕は彼を諦めようとしてるのに、なんでこんな状況になるんだろう


僕がそんなことを考えていると

ダニエルはふと、落ち着いた声で言った


「…おいルイス、その傷どうしたんだ?」


ギクッと身体が固まるのが分かった

聞かれないと思っていなかった訳じゃないけど、いざ聞かれると口が上手く動かなかった


「えっ?…あぁこれか、昨日ちょっと喧嘩したんだよ」

「はぁ?なんで?」

「そんなに大した事ないさ、僕が煽られたのを無視できなかったから、何も気にしなくていい」

「…傷は?痛むのかよ」

「まぁ一方的にやられたし、痛いよ」


するとダニエルは僕の右頬をソッと撫でてきた


「…大丈夫か?」


そう言葉をこぼす彼の目は

まるで世話のやける子供が転んだ時の親のような

酷く過保護で、愛情深い目だった。


そして、僕はしっかりと目を合わせてしまった

僕のものとは全く違う、君のその愛情の瞳と


――君は本当に、僕のことをなんとも思っていなかったんだね。

そう思った瞬間、僕はダニエルの手を振り払った


「…なぁ、いい加減僕を弟みたいに扱うのはやめろ。…不愉快だ」


僕はダニエルと出会って始めて、彼を拒絶した

いつの間にか空の雲は重く濃い灰色に変わって、今にも雨が降ってしまいそうだった。

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