夜道

あの朝から9日、僕は彼と会う頻度を減らした


と言っても、もちろん店には出ていたし、普通にみんなと話して店で飲んだりもしていた


けど以前みたいに外へ飲みに行くのはなるべく避けて、1人で映画館に行ったり、1人で街を歩くといったように

僕はダニエル達と深く関わりすぎないようにした


今日も1人映画館で「摩天楼はバラ色に」を見ては、必死にヘレン・スレイターの顔と身体を魅力的だと思うようにしたよ。

案の定、彼女を抱きたいとは思えなかったけど


「摩天楼はバラ色に」の上映は9時くらいに終わったから、僕は少し酒を入れてクールダウンをしようとした。


でも何故か今日は映画館から出たあともずっと心がザワザワしていて、気分が良いとはとても言い難い状態だった。


そのせいか、いつもより考える必要のないことを考える時間が多かった気がする。


(もしダニエルに告白していたら)とか

(父さんに打ち明けたらどうなるかな)とか、そんなことを考えていた。


“僕には黙って逃げる癖がある”とかね


というのも、僕には人と向き合う度胸がないんだ。

だって誰のことも信じられないから

信じるという行為が分からないから。


…チャーリーの時だって、僕は逃げたし


それに

「もしかしたら僕を追いかけに来て、抱きしめてくれるかもしれない」という身勝手な期待を持っていたからね


僕は愛さずに愛されたい、最低なロマンチストなんだ


そんなことを考えていると、当たり前だが、僕の気持ちはどんどん落ちていく。

だから僕は必死に自分を正当化する言葉を考えて、精神を保とうとした


きっと今日は不安定な日なんだ、僕は大丈夫、僕は悪くない、と


でもそんな自分を慰める気持ちとは裏腹に、僕の嫌悪感は次々と頭上から落ちてきて

僕の心をグチャグチャにしようと襲ってきた


そんな気持ち悪さに耐えながら、まるでレイプにでもあったかのように酷い顔をしながら街を歩いていると


ドンッ


いきなり左肩に体重がかかった


僕が驚いて振り向くと、先輩たちと同じ年齢くらいの男がこっち側に倒れてきて

奥にはいかにもラリっていそうなゲルマン系の男達が笑っていた

どうやら酔ってふらついたようだ。


「ははははっ、お前何してんだよ…迷惑だろ、あはは」

「…おい坊主、大丈夫かぁ?肩痛めたか?

可哀想に、今すぐ帰って泣きながらママに見てもらえよ」


本来僕はこういうことを言われても、いつも黙って無視ができる人間だった

でも今日だけは、そう言って笑う男たちの前を通り過ぎることが出来なかった。


そうして黙って突っ立って奴らを見ていると、1人が気付いたようにこう言った


「お前、意外と綺麗な顔してるな

おい誰かアイツ襲ってこいよ、咥えるかどうか賭けようぜ。

ついでにアレの剥き方も教えてやれ」


ニヤニヤと笑う彼らを見て、僕はつい口を開いた

もうとっくに自暴自棄になっていたんだ


「黙れよ、ナチ共が」


僕がそう呟くと、男たちは笑うのをやめて、静かな顔をしながらこっちへ歩いてきた。


「…おいホモ野郎、お前今なんて言った?」


「聞こえなかったか?いいぜ何度でも言ってやる。

お前らはナチだと言ったんだ、お前たちの親父も、全員ファシストの野蛮人だってな」


僕がそう言った瞬間、男たちの中でも特に体格の良かった男にぶん殴られた

ちょうど目の横に拳が入って、視界が一気にグラッと一回転した

「っあ゙……っ」

「このクソ野郎が!ぶっ殺してやる!」


ドサッと倒れ込んだところをそのまま4人くらいに囲まれて、顔や腹を蹴られる。

胃を蹴られたせいでついさっきまで飲んでいた酒が逆流して、乾いた咳とともにおえっと溢れ出た


店で酔った客に殴られたことはあるけど、4人に袋叩きはされたことがなかったからさすがに痛くて

正直、このまま気を失って倒れ込みたいと思った


でも1.2分が経った頃だったかな、突然男たちの足が僕から離れて地面にくっ付いた。


どうやら誰かが止めに入ってくれたみたいだけど、僕の意識は既にグラグラしていて、周りの声なんて耳に入ってこなかった。


止めに入ったのは大人の男性で、僕の肩を支えながら何かを言い、最低な男達を追い払ってくれた


「…大丈夫?意識はしっかりあるかい?」

「……すみません…どなたか存じませんが…助かりました…」


ツギハギな意識を口に集中させて、とりあえず助けてくれた男性に礼を言った。

でも、身体の節々が熱を持ちながら脈を打っていてとてつもなく痛い


すると男性はふぅと息を吐いて僕に言った


「私が誰か分からないなら、意識は大丈夫じゃないね、立てるか?そこのお店で休ませてもらおう」


彼に肩を借りながら、僕は痛む体を起こしてゆっくりと立ち上がった。

視界が高くなったことでのぼせていた頭がスゥッと落ち着き、視界が良くなって意識も戻ってきたから

助けてくれた男性にもう一度しっかりお礼を言おうと、僕は顔を横に向けた

でも、言葉は直ぐに出てこなかった


「……バンディ…先生……?」


そこには、つい最近この街へ来たばかりの先生が居たから


驚いた僕の奇妙な顔が面白かったのか、先生はフッと笑って


「…私も驚いたよ、大学生のグループにボコボコにされてる子が居ると思ったら、うちの学校の生徒なんだから」

と言った。


先生は学校で人気者だけど

暗い夜を照らす街灯の下で、やわらかい先生の笑顔を見たのは

きっと、僕が最初だ


そんな先生の笑った顔を見て、面白くなりながらもほっとした僕は、つられて頬を緩ませてしまった


「ふふ、すみません、助けてくれてありがとうございます。」


そうして僕はもう一度先生にしっかりお礼をして、近くの店に入った。

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