スコッチ&コーク
先輩たちを初めて見たのは15歳の時で、父さんの店を手伝い始めたくらいのころだった
あの年の夏は例年よりも暑くて、この日も昼から30℃越えと大変だった。
それに雨も降ったから汗が肌にくっ付いて気持ち悪い
少し涼しくなった5時すぎくらい
僕がため息をつきながらグラスを洗っていると、カランカランとドアの鈴がなって
男性4人組が入ってきた。
かなり派手な登場だったのをよく覚えている
最初にトップガンのマーヴェリックみたいなサングラスにギターケースを持った男
次にカジャグーグーのジェズみたいな髪にニットを被った男
そしてもう1人、エイリアンのリプリーみたいな顔立ちの男が
次から次へと入ってきた。
彼らはなにか話していたのか
ジェズとマーヴェリックが
「だァから、俺は歌わないんだよ」
「じゃあ誰が歌うんだ、俺もギターしか出来ないぞ」
「ダニエルがやりゃいいじゃねぇか、カートと仲良いだろ?」
と振り返って、後ろにいる男に話しかけた
その男は左耳にピアスをしていて
例えるならばアラン・ドロンのような、とてもハンサムな顔をしていた。
「…やめろよ、俺は歌は得意じゃないんだ、そんなこと、お前らが1番よく知ってるだろ」
と恥ずかしそうに言う彼をジェズ達はニヤニヤしながらとっ捕まえて
「他に誰もいないだろ」と遊んでいた。
一連の流れを見て僕は
(とても仲のいい人達なんだな)
と少し羨ましさを持ちながら黙っていた
この日の僕はまだこの男達に対して
ただ個性的で映画のような集団だとしか思っていなかった。
というか、湿気で機嫌が悪くて、それどころじゃなかったんだよ
でも彼らはうちの店が気に入ったのか、よくここへ来るようになった。常連になってくれたんだ
だから頻繁に彼らの顔を見て、会話を聞いている内に自然と彼らの名前も覚えていった
マーヴェリックみたいな奴は
“ハロルド・パーセル”
ジェズは
“ダスティン・エイムズ”
リプリーは
“カート・パーシング”
そしてアラン・ドロンは
“ダニエル・ランバート”
といった
4人は趣味でバンドを組んでいるという
あの日の会話はカート以外に誰が歌うかの話だったらしい。
僕はその時点でまだ彼らと会話したことは無かったけど
父さんが「常連が増えた」とよく話題に出していたから、僕も嬉々として彼らの話を聞いていた
僕がみんなと初めて会話したのはそれから1ヶ月後くらいのことで、一番最初に言葉を交わしたのはダニエル・ランバートだった。
その日も暑くて、休日だから昼でも人がそこそこ多く大変だった
僕は父と一緒に汗だくになりながら注文をとり、酒瓶をテーブルまで運んでいた。
新しい酒を作ろうとカウンターに戻ると
「注文いいか?」
1人で来ていたダニエルが言う。
僕は汗を拭いたあと笑顔で
「はい、いいですよ、何飲みますか?」と答えた
「スコッチ&コークふたつ頼む」
「分かりました、お待ちください」
「父さん、スコッチ&コークふたつだよ」
奥にいる父さんに注文を伝えて、僕はすぐ氷を割る作業に入った
僕は息が切れてるっていうのに、なぜか父さんは楽しそうだ。
そして2分くらいたったあと、直ぐにコークハイが完成して
僕は「どうぞ」と、酒をダニエルの前に2つ置いた
すると彼はグラスをひとつだけ手に取って
「ひとつは君が飲め、暑いだろ」
という
僕は困惑した。今まで客にそんな事言われたことがなかったから
…そりゃあこれだけ暑い日に大きい氷の入ったスコッチ&コークを飲んだら最高だろうけど
すると固まっている僕を見兼ねて
「それともなんだ、まだガキだから飲めないか」
酒を1口飲みながら彼は言った
失礼な人だと思った
僕はパブで働いているんだぞ、酒くらい飲んだことはある。
僕への気遣いの後に放った彼の意地悪な言葉は、僕の顔を赤くするには充分すぎた
「…わかった、頂くよ」
「おう」
顔を落ち着かせるために、彼からもらった冷たいコークハイを流し込む
ひと口、またひと口と飲みながら、僕は彼の言葉を振り返る
そして考える
きっと僕は、分かりやすくちょろいんだ。と
僕の顔が赤くなったのは怒ったからじゃない。
心臓が痛いくらいに騒いでいる
酒を全て飲んだ僕は、カンッと彼の前にグラスを置いた
「どうも」
僕はそう言って彼を見つめる
1986年 8月 29日
この日は僕が、ダニエルに恋をした日だ
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