第3話

 煮え切らないような、申し訳ないような、どちらにしてもいい感情はしない。無機的な薄暗い事務所の中で気がつけば残っているのは私だけになっていた。灰色の少し時代遅れのデスクに不釣り合いのパソコンがいくつも並べられてある。私も一応20代の女子であるが心配して残ってくれる男性なんて一人もいない。そもそも、こんな「罪人」に関われば、ろくなことはないとみんなだんまりを決め込んでいるのか。


 「そろそろ帰ろ。」

 エアコンのスイッチを切ると途端に蒸し暑くなった。電気を消すと真っ暗になったのでスマホの明かりをかざしながら、自宅に持ち帰って仕事をするわけでもないのに見栄を張って大荷物をもって、出口までヨタヨタしながら向かう。何となく背後が不気味だが、まあ誰も襲いはしないだろう。


 鍵穴に中々上手く入らない。今時こんな古くさい鍵は内の会社くらいのものではないかと思う。端から見れば良いのだが、この会社は身内にはもの凄く冷たい。

 「会社は何処もそんなもんか。」

 と思いながらも、ほとんど手探りで鍵穴を当てて、鍵を閉めるのに悪戦苦闘しながらようやく「カチャリ」と何となく閉まった感じがした。本当に閉まったか不安なので何度かガチャガチャして、気が済んだらそそくさとその場を去った。


 すっかり暗くなった街は、目当ての居酒屋に繰り出すためのサラリーマンでごった返していた。何となく楽しそうで羨ましい気もするが奈那には遠く関係のない世界に思えた。そう言えば、外で飲んだのは、いつが最後だっただろう。ホッピーとか書かれたノボリが頭にまとわりつきそうなのを避けながら、駅に向かう。焼き鳥の美味しそうな匂いが鼻をかすめる。


 ようやくプラットホームにたどり着くと、先程までの馬鹿騒ぎが嘘のように静まりかえっていた。別に人がいないわけでもないのだが、みんな疲れ切っているのだろうか。何となく目を伏せて、誰か知った人にでも出くわさないようにと思った。

 こんな時に限って電車が中々来ない。


 やっと来た電車に乗り込む。日頃は、運動を兼ねて立っているのだが、今日は疲れているので座りたい。しかも、端っこならなおのこといいのだが塞がっていたのでとりあえず手前のシートに倒れ込むように座った。窓を流れていく街のネオンが自分とは全く関係のないもののように思える。以前であれば、好奇心のようなものもあったのだが、その向こうにあるものなんて大したものではない。味の濃い居酒屋料理と酒くらい。店は沢山あれど、みんなにたようなもの。


 新宿で自宅のアパートに向かう中央線の電車に乗ったときには11時を少し過ぎていた。

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喧噪 正岡直治 @ix38anrdsk

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