第2話

 「おはようございます。」

 昨年入社してきたばかりの咲花が元気よく後ろから声をかけてきた。異様に礼儀正しい。駅を降りて、知り合いに出くわしたくないのか、人通りの少ない裏道を選んで通ったのだが、それがかえって裏目に出てしまった。

 「先輩知っていますか。部長また昨日も遅く出社しておきながら、誰にも知らせていないんですよ。ひょうひょうと自分の席について威張り腐っているって非常識ですよね。」

 「へえ、そうなんだ。」

 私もあの部長は苦手だ。そして、この子は私が抱いていた口に出さない気持ちを先回りするかのように私に話しかけてくる。青年将校よろしく、その手柄を誇らしげにしているように、少しもったいぶって、その情報を私に届けるのだ。

 

 部長にも嫌悪感を感じるのだが、この後輩には別の意味で違和感を感じる。私に一通り話したら、また次の話し相手を探すためにウロウロしている。人の噂を矢鱈とする人には近付きたくはない。一体どこから話題を仕入れてくるのやら。


 何となく居心地の悪いデスクに向かい、とりあえず腰掛けて、部長に呼ばれるのを待つ。この間が何とも落ち着かない。先日の会計のミスのことについて「取り調べ」があるに違いないのだ。

 どうせ「佐々木さんちょっと・・」とか言って別室に呼ばれる。いつ呼ばれるかと思うと、警察に追われる身になった気分だ。何となく指名手配犯の気持ちが分かる気がする。


 しかし、「期待に反して」いつまでもお呼びが掛らない。こうなってくると「早く楽にして欲しい。」という気持ちの方が強くなってくる。ある意味、覚悟ができてしまうのだ。


 何てことを悶々と思っていると、また咲花がやって来て

 「部長、まだ姿を現さないんですよ。全く何処で油売っているんでしょうね。先輩。」等と私に言ってくる。

 恐らく自分のことで、更に上の上司や他の同僚と話し込んでいるんじゃないかという推測をするのだが、それをこの子に悟られてはいけないので、適当に話を合わせる。というか、ひょっとしてこの子は会計のことも全部分かっていて鎌をかけているのではないか。最近の子は考えていることが分からなくて薄気味悪さを感じる。

 たった3つしか違わないのだが・・・

 「そうねえ。ホント部長何処に行ったのかしら?」

 薬にも毒にもならないような返事をして、デスクトップの画面で身を隠すように、半ば上の空で、じっと眉を寄せて、意味のない文章を打ち続ける。表面的には次のイベントの案内を作っているという体裁なのだが。


 冷静になって考えると、あの会計ミスの件は私だけの責任ではないはずなのだが、何となく言いくるめられた様な気がしてならない。しかし、今更思い返してみたところで、非を認めてしまっているので後の祭りなのだろう。


 そんなことを考えると二重の意味で情けないやら悔しいやら・・・自分のお人好し加減に嫌気が差す。

 

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