【No.016】とある匿名競作企画主催者の密かな違反

 俺は趣味でweb小説を書いて投稿している。

 小説家になりたいと思った時期もあった。だが執筆歴十五年にしてその兆しの欠片もない。やがて諦めて遊びとして楽しむようになったのだ。


 けれども、遊びでも創作活動というのは大変なものである。書いても書いても感想がもらえないから何を書いていいのかわからなくなってしまう。

 いわゆるスランプというやつに陥ってから、何ヶ月目になるだろうか。


 新作が書けない中、少しでも何かいいネタがないものかと大手SNSの投稿を流し見していた時に俺は面白そうなものを見つけた。


 それが匿名競作企画である。


 俺は手を止め、投稿に添付されていた企画概要が書かれている画像をじっくりと眺め回した。

 匿名競作企画とは、投票制で小説の魅力を競い合うというお祭りのようなものらしかった。作者一覧ページを見てみれば、弱小作家の俺なんかが普段関わり合いになることがない書籍化作家の名前がずらり。


 しかし、驚いたことに書籍化作家が必ず優勝するわけではないようだ。

 結果発表によると、俺と同じレベルの完全ど素人アマチュアが上位に食い込んでいた。信じがたいことだが、匿名である故に、投票の際に誰も忖度しないからこそそういうことが起こり得るのかも知れない。

 商業の世界では、実力があると認められやすいプロが圧倒的に強いから、素人には厳しい世界なのだ。


「面白いものを書けば、俺にも充分チャンスはある……!」


 これが長編ならば気楽にとはいかないが、たったの1500文字で参加できるというのだから、お手軽この上なかった。


 いくつかの企画に参加した。どれもテーマが定められていたからアイデアが浮かびやすく、書くのに詰まらなかった。

 何より、たくさんの感想をもらえるのが嬉しいから、書き詰まりそうになっても頑張れた。


 ――楽しい。


 心からそう思った。

 創作活動の苦しみの大きな一つ、孤独感が和らぐ。趣味でやっているだけの俺にはちょうど良かったのだと思う。


 あまりにもいいことづくめなものだから、俺はうっかり調子に乗ってしまった。


「俺も自分の好きなテーマで企画を主催したいなぁ」


 その思いつきが地獄の始まりだと知っていれば、実行に移そうなんて思わなかったのに。


 ✴︎


 完全に俺の趣味でテーマを決めると、見様見真似で企画概要を作成した。

 小説投稿サイトとSNSの双方でそれを公開。ハッシュタグを設定し、ネットの海へと発信する。


『#匿名TS企画』


 期間は……そうだな、一週間にしようか。

 DMでの原稿受付だから、あとは待つだけ。俺はさっさと一作書き上げておいたので、それを自分自身のDMに送っておいた。


 ――一日目。

 企画概要のSNS投稿は拡散された。が、フォロワーが少ないせいか、ほんのわずかな数だけだ。

 DMは自分からしか来なかった。


 ――二日目。

 DMは来なかった。


 ――三日目、四日目、五日目。

 企画タグで調べると、「参加したい気持ちはあるけど忙しいので無理」やら「TSは書けないので読み参加します」というSNS投稿があった。

 DMは来ない。


 そんなにつまらなそうと思われたのだろうか。そんなに参加する価値がないのだろうか。

 思い悩んで、食事が喉を通らなかった。


 ――六日目。

 あまりの反響のなさを可哀想に思ってくれた他の企画主さんが、「私は参加できなけど、代わりに……」とアドバイスをくれた。

 その人曰く、宣伝が足りないのじゃないかということだ。

 俺は必死で企画を宣伝した。ありがたいことに、他の企画主さんも宣伝の拡散を頑張ってくれた。

 ひたすら待っているうちに、気づけば日付が変わってしまっていた。


 企画というのは、参加者がいてこそである。

 もしこれが匿名ではない、小説投稿サイトで稀に催されているユーザー企画というやつなら、最悪一作品でも成立しなくはないが、匿名企画は投票制だ。


 1位は5ポイント。2位は3ポイント。3位は1ポイント。

 最低三作品なければ成立しない。


 俺は新しい作品を書き始めた。


 ――七日目。

 できることはなんでもした。宣伝だけで足りないならと、最終手段として他の企画に参加している常連さんに頼み込みに行った。

 『わかりました。今から書いてみますね』と返信をもらえた時、飛び上がるほど嬉しかった。

 キーボードを叩く。叩いてはSNSをチラ見し、また執筆に戻る。

 そんな時間がどれほど続いたか……やがて、ピロンと音がした。


 通知だ。通知が、来た。

 はぁぁ、と脱力する。心からの安堵の息だった。


 ……欲を言えばもう一つ滑り込みを期待したが、さすがにそんな奇跡は起こらなかった。

 でもいいのだ。俺の方もちょうど終わったところだから。


『原稿ありがとうございます。おかげさまで開催できそうです!』


 返信したのと締め切りが訪れたのはほぼ同時だった。


 俺は小説投稿サイトへと提出されたDMをコピーペーストする。

 一つは自分から、もう一つは声掛けして書いたもらった相手からのもの。そして最後のもう一つは、長らく使っていなかった俺の日常アカウントから。


 締め切りギリギリでなんとか書き上げた二つ目の原稿だった。


 原則こういう競作企画は一人につき一作品と定められている場合が多い。例外は多くあるが、少なくとも今回の企画はそうだ。

 だが、匿名企画であるならば、その限りではない。そう、気づいてしまった。


 誰からの提出もなければ開催自体を諦めるつもりだったが、提出してくれる人がいた。だから、この企画をなかったことにはできない。したくない。


 複数作品を出したところで、事実を知るのは主催者の俺だけ。

 結果発表の後もずっと名を伏せていればいいのだから、簡単な話である。


 ずるい? そんなの勝負にならない?

 そりゃそうだ。怪しまれて当然だ。でも、こうするしか他に方法はなかった。


 無名な俺の文体なんて誰も知らない。作者当てで一度だって当てられたことがないくらいだ、バレるはずもないだろう。

 その事実がますます悔しくて、俺はひっそり泣いた。


 『明日の公開をお楽しみに!』と、虚しい呟きを漏らしながら。


 ✴︎


 ――もしも、あなたが匿名競作企画の主催をするとして。

 ――もしも、作品が驚くほど集まらなかったけれど、ゼロではなかったとして。

 あなたなら、どうするだろうか?

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