【No.011】匿名コン用語集の誕生

「はーっ、今回の匿名コン、なかなか盛り上がんないわねぇ」


 今にも中が見えそうなフリフリ系ミニスカートで大胆に脚を組み、ゲーミングチェアに華奢な背中を預けて黄色い愚痴をこぼしたのは、ご存知板野かもの阿佛あさらぎ萌歌モカである。謎の覆面WEB作家板野かもの「中の人」がうら若きツンデレ美少女であることは今や創作界隈では公然の秘密だが、かつて小学生にして本格アイドルSFを書きこなし一世を風靡した彼女も今や十七歳の高校生、実名という名の別名義で行っている作家活動が功を奏して某私立大学都の西北に推薦で合格を決めていること以外は特段特筆すべき特色特徴もない、どこにでもいる美少女作家へと成り果てていた。


「お前が気紛れに一年半も活動休んだりするからだろ。なーにが学業優先だよ色ボケJKが」


 かたや、壁際のベッドに草臥くたびれた体を横たえ懇意の作家の新刊本から顔を上げることもなくだるげな突っ込みを放つこの男、阿佛あさらぎ拓郎たくろう三十八歳。その名字と距離感を一見すれば彼が萌歌の叔父にして身寄りを亡くした彼女の後見人であることは読者諸兄にも想像に難くないかと思われるが、かつて不品行から文壇を追われた彼が今や密かに姪っ子の創作を支える「もう一人の板野かも」であることはこの世で極限られた者しか知らない。しかしながらWEB作家板野かもが到底同一人の脳内から出力されたとは思えない振れ幅の作品群を量産し、数多の創作仲間をして「板野は二まじめな方と人居るふざけた方」と評さしめるに至った理由はこれにて自明であろう、即ち本当に二人居るからである。


「ウルサイわね。それ言ったらアンタだって二年近く新潟くんだりで放浪してたじゃないの。WEB作家として一番脂が乗ってるべき時期にアカウントを沈黙させざるを得なかった恨み、忘れてないんだからね」

「その件は東京こっちへの引っ越しでチャラになっただろーが。お子様が過去のことをグダグダ言ってんじゃねーよ」

「じゃあ大人様が未来を見せてくださーい。この匿名コンが盛り上がる方法考えてくださーい」

「別に匿名コンなんざ今更俺はどうでもいいんだがなあ……」


 新刊本を手放し、使い古しのスマホでカクヨムの管理画面を開く男。姪がPCで見ているものと同じ匿名コンのページを表示させ、二秒ほど眺めて「ほーん」と得心した声を漏らす。


「また知らねえ内に新顔が随分増えてんじゃねえか。いいんじゃねえの?」

「よくないわよ。いや、新しい人が来てくれること自体は有難いんだけど、そのぶん前に参加してくれてた人の集まりが悪いのよっ」

「そりゃ人間は飽きるからな。お前だってリアルの恋愛に飽きたからまたラブコメなんか書いてんだろ」

「関係ないしっ! だってこのままじゃ、匿名コンって名前を冠しただけの別のイベントじゃない。旧B小町と新生B小町くらい別物じゃない」

「せめて現実に存在するアイドルでたとえろ」

玲奈れながいた頃のさかえ珠理奈じゅりなも抜けた今の栄くらい違うじゃない」

「松井玲奈がいた頃のSKEなんかリアルで見たことねーだろお前……」


 その嘆息に被せるように、萌歌はチェアの背もたれをギシっと鳴らして戦場ヶ原ひたぎ垂直方向見返り美人の如き首の角度で叔父の方を振り返った。


「じゃあ新人さんの真似事カバーでもいいから、オレオや穴やルビ芸が飛び交ってた頃の匿名コンにしたい」

「だから、ガキがそんな大昔の一発ネタを引きずってんなよ。未来に生きろ、未来に」

「だってっ」


 チェアを回して正対し、水晶の瞳がまっすぐ男を見据える。


「叔父さんと一緒に夢を追ってた……あの頃の『板野かも』があたしは一番楽しかった」

「お前……」


 酸いも甘いも二人で噛み尽くした相方同士の間に、神の時間の如き沈黙が流れること数秒。


「……華の女子大生作家様(予定)かっこよていが、とっくに枯れたオッサン相手に何言ってんだか」


 煙草代わりの飴を己の口に放り込んでうそぶき、頭を一ついて、阿佛拓郎は傍らのバッグからノートPCを取り上げた。


 ――可愛い姪っ子にそんな目で見られちゃあな。しゃーねえ。

 板野かも四十八手フォーティーエイトの一つ、「wikiサイト構築」に物を言わせるっきゃねえか。


 そうして、愛姪何て読むのだが期待と信頼を込めた目で見守る中、男は手癖を活かした爆速でフリーwikiを開設、Excelの暴力からなるデータベースで瞬く間にネットの海の片隅を埋め立てていく。歴代匿名コン情報一覧、参加者別実績一覧。そして。



《匿名コン用語集》


おれお【オレオ】

 古参カクヨムユーザーにはお馴染みのお菓子。カクヨム黎明期、タイトル・キャッチコピー・本文に「オレオ」とだけ書かれた作品が上位に居座ってしまった故事に由来する。

 匿名コンにおいてもオレオはネタ人気の高い題材となり、字数下限のなかった旧匿名コン第1回「始まり編」、第2回「食編」では本文が「オレオ」だけの作品が投稿された。字数下限の設けられた第5回「過去VS未来編」、そして新匿名コン第1回「再会編」でも、●などの記号で字数を稼いだオレオ作品が投稿されているほか、「オレオ(俺を)」を異世界からのSOSと扱ったものや、「オレオレ詐欺」と絡めたものなど、多くの作者により様々に趣向を凝らしたオレオ作品が毎回投稿され、人気を博している。


あな【穴】

 旧匿名コン第4回「光VS闇編」から発生した匿名コン独自ミーム。事前受付期間中から各作品のタイトルが主催者により公開されていたところ、一部の参加者が悪ノリして「穴【ホラー要素あり】」というタイトルを被らせたことに端を発し、同イベントでは「穴」の名を冠する作品が20作近くも投稿され、後の匿名コンでもお馴染みのミームとなった。その経緯は新匿名コン「再会編」の板野かもの投稿作『穴狙い』に詳しい。


るびげい【ルビ芸】

 旧匿名コン第4回「光VS闇編」の板野かもの投稿作『匿名短編コンテストの字数制限に苦しむ人への光明』に端を発する、匿名コン定番芸の一類型。ちなみにこのように当該作品は板野のありとあらゆる箇所に再登録に際してルビを乗っけることで唯一その復元が本文とルビ部分で叶わなかった作品である並行した話を繰り広げたり

空白や一文字の記号の上に大量のルビを乗っけることで

 字数上限を大胆に無視した作劇を行うのが一般的である。



「――まあ、こんなもんか。これで新参も気が向きゃあ昔のノリで遊んでくれるだろ」


 一息吐いた「ええ、そうねっ、彼を労う萌歌の枯れたオジサンにして満面の笑みははやるじゃない。実名で作家じゃあ早速主催のデビューを決めた時より、あたし自ら――ううん、叔父さんも名門私大の推薦合格を一緒にルビ芸やりましょう、決めた時よりあたし達二人でキラキラと輝いていた『板野かも』なんだから!」

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