9月10日 公開分

【No.010】あたしの言うこと聞きなさいよ!

「いえ、このイベントに酒類は必要ないと思います」


 買い出しを頼んだ手伝いの女の子二人にそう突っぱねられた。え、なんで。

 準備は約半年かかった。根回しにはその倍かかってる。けっこうしんどいんだよ。あたしにとっては四回目で、しかもこれで最後にするって決めた勉強のためのイベントだ。

 始まって一時間半。ドタキャンと遅刻はなしで五十七人。借りた会議室いっぱいに人がいる。入場料はお気持ちで、とアナウンスしていたら、会場代金と出演者への薄謝金くらいはペイできた。でもそれだけで、運営に携わっている者は、あたしを含めてみんなボランティアだ。

 だから、あたしはそう言われたときに固まった。だって、時給出せないのに手伝ってもらってるから。

 酒屋さんに配達をお願いしていたドリンク類は、不慮の事故が起きたとかでキャンセルされた。主催者のあたしは抜けられないし、お手伝いに来てくれていた数名はみんな「なんでもやります!」って言ってくれていた。だから、まさか運営指針とか、すでに決まっていたことにまで口出しされると思わなかった。このイベントが終わるのは十七時で、懇親会へ移動するまでの時間、参加者全員で軽い打ち上げをする計画なんだよね。

 え、なんで? ちょっと意味がわからなくて、あたしはもう一度「ごめん、酒屋さんが来られなくなったの。近所のコンビニで、低アルコールのドリンク買ってきてほしい」と言った。回答は、同じく拒否だった。もう一度言う。拒否。

 司会者くんが、次のスピーカーを紹介している。あと二人でイベントは終了。時間は止まらないし、あたしは主催者だし、お手伝いのみんなはボランティアで、目の前の二人はお酒なんかいらないって言う。あたしは、折れた。とりあえず、二人がいいと思うドリンクを、人数分買ってきてってお願いした。会場から台車を借りて。たのしそうに笑い合いながら、二人は買い出しへ行った。……行くには、行くんだね。

 約三十分後。リアルタイムでアンケートを取れるサービスの結果が、スクリーンに映し出されている。スピーカーは満足な回答を得てその数値を元に解説を始めた。買い出しに行った二人は、初対面のはずなのに意気投合して帰って来た。たのしそうでよかった。

 買ってきてくれたのはコンビニにあるお茶各種。なんでお茶ばっかり。やっぱりアルコールはひとつもなかった。参加者募集ページに打ち上げで軽く飲むことを告知してあったんだけどな。

 スピーカー交代のタイミングで司会者くんからマイクを借りる。あたしは主催であることを告げてからアナウンスした。


『――手配していた酒屋さんでトラブルが発生し、予定していた品物を配送してもらえませんでした。申し訳ありませんが、打ち上げは急遽用意したドリンクのみになり、アルコールはございません』


 ちょっとだけ失望の気配になったと思う。そうだよね、タダ飲みできる機会だったのにね。今の空気読めたかい、買い出しのお二人さんよ!

 なんにせよ、あたしは主催だ。だから全部あたしの責任になる。でもさ、誰が当日のイベント真っ最中に、酒屋さんが事故るなんて予測できるよ? いいですねーってイベント趣旨や内容に賛同して、積極的に関わってくれていた子たちが、イベント真っ最中に計画内容へ反対して来るって思うよ? ああ、ため息が出る。

 最後のスピーカーが予定時間を二十二分オーバーしたところで、あたしは話にストップをかけた。打ち上げに酒が入らないので、ドリンクは持ち帰ってもらうことにしたけれど、それにしてもこれは超過し過ぎ。打ち切られたスピーカーは、司会者くんがクロージングの口上を述べているときに恨めしそうにあたしを見ていた。いや、ムリだから。ここ片付けて懇親会へ移動するの。


「打ち上げ、お酒あった方がよかったねえ」


 あたしが話を打ち切ったスピーカーさんが、ねっとりとあたしへ言った。すみませんねえ、人望がなくて買ってきてもらえなかったんですよ。

 片付けは、あたしと他のボランティアさん、それに、見に来てくれたイベント主催仲間が手伝ってくれて、さくっとできた。それにしてもさー。あたしが主催だって言ってるじゃん? なんでみんな「懇親会参加者は今のうちに一階ロビーの椅子のところへ移動してくださーい!」って何度も叫んでいるのに、ずっと会場内でくっちゃべってんの? で、あたしが最終点検で電気を消したら出るのよ。エレベーターで何回にも分かれて移動するの。なんで? あたし、先に移動しててって言ったよね? この時間無駄だってわかる?

 まあいいよ。行きましょう懇親会。居酒屋へ移動。みんないいイベントだったねって言ってくれてるし、酒に流してあげる。

 そして、居酒屋の入り口。


「やぁーと来た! 場所間違えたと思ったー!」


 腕を掴まれて言われてあたしはぎょっとする。うわ、今日のイベント参加者じゃない人。把握してるよ。だって、リストに名前なくてほっとしてたもん、あたし。

 イベントに参加したり主催することを、あたしに「男目当てでしょ?」ってこの人に言われたことは忘れない。あなたといっしょにしないで! って言いたかったけど声が出なかった。婚活のために各種イベントを渡り歩いてる女性。この界隈じゃ知らない人いないよ。なんであなたがここにいるの。


「懇親会参加者募集ページ見て来たのー! 登録してないけどさー、一人くらい大丈夫でしょ? 入れてー!」


 知ってる。この女性が狙ってる男性は、女性の名前が登録されていたら来ないんだ。でも今日は参加してないよ。きっとあなたの陰が見えたんだね。あたしは「お店に確認してから」と言ったけど、ちょうどお腹を壊して一人欠員が出てしまったから、それをお店に伝える予定だった。一人増える。問題ない。ああ、問題ない。

 どいつもこいつも、と思う。主催はあたしだぞ。ちゃんとあたしを敬って、ちゃんとあたしが決めた通りにしなさいよ。

 あたしは息を深く吸い込んだ。


「――あたしが主催よ! みんな、あたしの言うこと聞きなさいよ!」


 まあ、言えなかったんですけどね。

(実話です)

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