【No.008】送りたい言葉
窓から頼りない光が差す、夕方の美術室。
美術部の僕は、部活が終わった後も残って、一人悩んでいた。
夏の展覧会が終わって、三年生の先輩は引退する。
新しく部長になった僕は先輩達の送別会を計画していた、のに。
「なんで参加者が集まらないんだよ!?」
部員に呼びかけても断られてばかりだった。
三年生は受験で忙しいから仕方ないのかもしれないけど、一、二年まで反応が悪いのは流石におかしい。皆そこまで薄情じゃないはずだ。
先輩達に人望がない訳がない。
それなら問題は。
「僕か……」
新部長になったばかり。威厳もない。
絵も一番上手い訳じゃないし、真面目が取り柄だから選ばれたようなもの。正直舐められている気もする。僕のせいなら申し訳ない。
もしかしたら皆は僕抜きで計画しているのかもしれない。それならそれで先輩達に失礼はないけど。
それとも部室でお菓子やジュースを持ち寄るだけなのが悪いのか。寄せ書きやプレゼントなんかの予定が堅苦しいのが原因だろうか。
「カラオケとか……もっとお金をかけた方が先輩達も皆も喜んでくれるか……」
「そこまでしなくてもいいと思うよ」
独り言だったはずが、涼やかな声が割り込んできた。
バッと振り返れば、そこには。
「斉木部長!」
「今は九重君が部長でしょ」
「あ、はい……斉木先輩。なんでここに?」
「まだ帰ってないのが気になって。何か困ってるみたいだね」
「……はい」
三年生、元部長。
何度も世話になった、淡くて優しい風景画を描く、憧れの人。
そんな先輩だからこそ相談し辛い。
けど、このままじゃ送別会は台無し。別にサプライズでもないし、力を借りた方がいいか。
躊躇いを捨てて素直に相談する。
「すみません。先輩達の送別会に部員が集まらなくて……」
「三年の方は聞いてるけど、下の子達も?」
「はい、すみません」
「じゃあ、このままじゃ二人だけ?」
意図して明るくしようとするような問いかけに、気遣いを感じて僕は目を伏せる。
「そうですね。残念ですが……」
「私と二人きりじゃ残念なんだ?」
「違います! 違いますから!」
更に続いた言葉には慌てて首と手を横に振った。冗談だと分かっていても否定したかったから。
それから身を乗り出して真剣に伝える。
「先輩達全員にお世話になりました。ただ集まってはしゃぐだけとかじゃなくて、本気で感謝を伝えたいんです。皆さんに本当にどれだけ助けられて、どれだけ力になったか。少しでもお返ししたいんです!」
「……そこまで考えてくれてたんだ」
「当たり前じゃないですか!」
熱弁し過ぎたと気付いて、遅れて恥ずかしくなる。
ただ何故か先輩も、なんだか気落ちした様子になっていた。
「……ごめん。やっぱり九重君が部長に相応しいよ」
「そんな、先輩こそ優しいじゃないですか。何も分からなかった頃にも丁寧に教えてくれましたし」
「ううん。私がハッキリしないとダメだったんだよ。優しいんじゃなくて周りに流されてただけ。九重君が困ってるのは私のせい」
俯く先輩は弱々しいのに、そう断言した。
それから顔を上げた先輩はわざとらしい微笑みで、今までのように助けてくれる。
「私からも言っておくから。そうしたら皆ちゃんと来てくれると思う」
「え、ありがとうございます! 助かります!」
「うん、それじゃあね」
そそくさと去ろうとする先輩。
その背中は、なんだか寂しそう。いや、己を恥じて逃げ出そうとするような。
そこでようやく、送別会に部員が集まらない理由をなんとなく察した。ただの願望かもしれないけど。
「待ってください」
意を決して呼び止める。
こっちのサプライズは隠しておきたかったけど、こうなっては仕方ない。
「……送別会が終わった後、時間はありますか」
「え?」
振り返ってくれた先輩に、勇気を出して向き合う。
「公私混同したくないので、送別会は先輩全員に感謝を伝える為にちゃんとやります。でも先輩と二人きりは、正直嬉しいです。凄く」
顔が熱くなるのを感じつつ、一気に言い切る。
「二人きりで、先輩だけに話したい事があるんです」
ほとんど内容が丸わかり。どうしたって顔が火照る。
先輩も察したようだ。
「…………それ、今じゃダメかな……?」
顔を少し横にして、手で口元を隠して、頬を赤くして、先輩は答えを求めてくる。なんて破壊力。
ぐらつきそうになるところを、グッと堪える。
「すみません。送別会をちゃんとやり遂げるには集中しないといけないので!」
「……ふふ。やっぱり部長だね。その真面目さなら安心だ」
先輩は自然な温かさで笑ってくれた。
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