【No.007】熱血! 地下闘技場カブトムシバトル……ッ!【暴力描写あり】

 同僚、ケンジの叫びが狭い事務所に反響する。


「もうおしまいだ!」


 俺はタバコを灰皿でもみけすと、息をついた。


「まさか、出場予定者が全員欠席とはな」


 地下闘技場。

 それが俺の職場だった。

 ボクサーや柔道家など、多種多様な格闘家を集め非合法な賭け試合を行う。実況兼解説役として、カメラマンのケンジと雇われてきたが、今日は最大のピンチだ。


「出場者が来ないんじゃ、実況も何もあったもんじゃない」

「どーすんだよ!? 闇チャンネルでの放送はあと2時間だぜ!? ていうか、主催者はどこだよ、主催者は!?」

「とっくに逃げたよ。億単位のカネが動くし、今日のカードは話題だった。まさか全員出れませんは通らん」


 テーブルには長々とした出場者リスト。


 ――不死身の元ヘビー級ボクサー!

 ――変幻自在の合気道家!

 ――金メダリストの柔道家!


 などなど。


「客には超富裕層だけじゃなく、テロリストやマフィアの親玉もいる! クレームもカネだけじゃすまねぇぞ」

「え――」


 首を切るジェスチャー。ケンジが泣きそうな顔になる。


「い、いやだぁああ!」

「うるせぇな、だから主催者は逃げたんだろ!?」


 テーブルでスマホが震えた。


「はい」

『リョ、リョウタくん、かな……?』

「主催!?」


 電話は地下闘技場の主催だった。ケンジが静かになる。


「今どこに」

『ごめんよ、出場者が病欠したり、怖じ気づいたり、そのう……ヤクの関係で捕まったり。とにかくリザーバーも含めて、今日、出場できる人がいない』

「中止は――」

『ダメだ。賭け試合をしなきゃ、どのみち僕らは破産だ。放送のキャンセル代を払う資金もないし、何よりウチに出資してるウラの連中が黙ってない』


 ごくっと喉が動いた。


「――じゃ、どうしろと。俺とケンジで相撲でもとれっていうんですか」

『近いね、ハハ』


 ハハ、じゃねぇよ!


『悩んだけど、どうにか「代わり」に都合がついた。倉庫にとりにきてくれ。それで、1時間の放映時間を持たせてくれ、グッドラック!』


 通話は一方的に切れた。

 ケンジと顔を見合わせて、指定された倉庫に向かう。


「こ、これは……!」


 そこには世界各国の甲虫――カブトムシ達が用意されていた。


     ◆


 闘技リングの真ん中に、一本の丸太が横たえられていた。

 長さ3.5メートル。重さ124キロ。

 この上で行われるであろう体重20グラムの熱き戦いを思い、俺はマイクを握りしめ胸を強引に高鳴らせた。

 蝶ネクタイを確かめてから、ケンジの構えるカメラに向きなおる。


「皆様に、とある戦いをお見せしたいと思います」


 視聴者数は4000人弱。いずれも主催者のコネによる超富裕層や、ウラの住人。

 全員オンラインだが、盛り上がりを考慮して彼らの声はスピーカーで闘技リングにも響くようになっている。

 荘厳な音楽と共に『選手』が入場すると、ざわめきが起こった。


「最強の甲虫とは何か? それが今夜決定いたします! 時間制限なし、問答無用、容赦無用! 丸太の蜜を争い、ツノで下に落とされるか、背中からひっくり返されるか、それで勝敗を決します! 世界各国のカブトムシたちによる、ヴァーリ・トゥード・トーナメントぉ!」


 ドラムと共に選手紹介。


 ――アメリカ代表、グラントシロカブト!

 ――インドネシア代表、コーカサスオオカブト!

 ――カメルーン代表、ケンタウルスオオカブト!

 ――ブラジル代表、ヘラクレスオオカブト!

 ――コロンビア代表、ネプチューンオオカブト!

 ――そしてわれらが日本代表、カブトムシぃ!


 俺はカメラに一礼した。


「なおボクシング元世界チャンピオン、サクソン対、歴史的合気道家オオハシの対決は延期となりました」


 降り注ぐ当然の怒号。


「静粛に! 静粛に! 古来、その土地の甲虫には神が宿るとされ、信仰の対象とすらなってきました! そして甲虫の王とは!? そう、カブトムシ!」


 俺は何を言っているんだ?


「つまり世界各国のカブトムシによる対決は、もはや第三次世界大戦――! これは誇りをかけたワールドカップなのです!」


 カメラを構えるケンジが、はっとした顔で一筋の涙を流した。

 まじかお前。

 1人の男がスピーカー越しに話し始める。


『石油王のオイル・ジャバジャバードです』

「どうぞ」

『今の話は、本当なのですか?』

「え?」

『この戦いが、それほどの意味のあるものだと』

「もちろん」


 少しの間。


『――ならば私は、神話の名を冠すヘラクレスオオカブトに1億をベット』


 息が止まった。主催者のコネはどうなってるんだ?


『無論アメリカドルだ』


 ベッティング・タイムが始まると、次々とカネが集まる。

 さらに想定外だったのは盛り上がりだ。


『そこだぁ! コーカサスオオカブト!』

『NOォォオオ! ワタシのグラントシロカブトが!』


 丸太の上を駆け回る6WDの勇者達。

 主催は見抜いていたのかもしれない。どんな金持でも、悪者でも、男は強くてかっこいいものが好きなのだと。

 カブトムシの前では子供に戻ることを。

 やったぁ!

 連絡用のスマホが鳴る。


『石油王のオイル・ジャバジャバードです』

「いけぇ、コーカサス! はっ、失礼、なにか?」

『実は主催者と懇意で、共に昆虫愛好家。トーキョーに置いていたコレクションを、ぜひ今夜のバトルに混ぜていただきたい』


 闘技場に黒服の男が入ってきた。そいつは虫かごを持っており、黒光りする異形の甲虫が放たれる。


『ワオ――!』

『でかい!』

『まるで重戦車だ……!』

『ふふふ。遺伝子改造によって生み出された、最強のカブトムシですよ』


 解き放たれたカブトムシは、リングに乱入。

 またたく間に、準決勝を争っていたヘラクレスオオカブト達を丸太から叩き落とした。

 だが異形の虫は床までライバルを追いかけ、執拗に痛めつけていく。

 虫達の叫びが聞こえるようだ。

 どよめきがリングに満ちる。


『ふふ、やや攻撃性が強くなりすぎましてね。どうでしょう、トーナメントは中止にして、バトルロイヤルにしませんか?』


 カメラを回すケンジが、涙を払って叫んだ。


「やめろぉ! カブトムシは生き物を傷つける道具じゃねぇ!」


 各国の視聴者も唱和する。


『そうだ!』

『俺達は負けねぇ!』

『やっちまえ、ヘラクレス!』

『くく、いいでしょう! 全虫、まとめてかかってくるのです!』


 その日、地下闘技場は過去最高の輝きを見せた。

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