9月9日 公開分

【No.006】それでもイベントは回っていく【残酷描写あり/BL要素あり】

 さて、困ったことになった。

 成嶋なるしま公彦きみひこ、頭を抱えていた。一応、万が一の可能性として予想はしていたが、まさか本当にその事態が訪れるとは。


 彼の主催する『誰がいちばん上手かな? 人体改造アート祭り!』の参加者のひとりが、改造途中に興奮しすぎてモデルを殺してしまったのである。もちろんスタッフ一同がすぐに駆けつけて蘇生処置も施したが、あろうことか心臓をズタズタに傷つけてしまっていたからもう手遅れだった。

 調べてみるとモデルの体内からは参加者の体液も見つかったため、該当参加者はいくつもの規約違反の咎で管理事務所のガス室に送られた。


 公彦が見たかったのは、モデルを生かしたまま、もはや人間としての生活など考えられないような芸術作品として改造された人間たちである。そういった『作品』たちは好事家たちの間で取引されるし、その中のいくつかは縁起物として歴代の内閣総理大臣の至宝として秘密裏に受け継がれていたりもする。

 宮内庁の職員に去年贈ったのは、嬰児の皮膚を裏返し、血管ひとつひとつを配管に見立てて肉の都市を表現してみせた作品だった。神経細胞と接続した電飾が、絶えず動き続ける心臓に合わせて明滅する様子は圧巻の一言。そんな細工を生まれたばかりの小さな身体に施した制作者は、もちろん文句無しでその回の優勝者となった。


「僕は、そういうのが見たくて主催者を引き継いだっていうのに!」

 このコンテストは、古くは飛鳥時代から続く由緒ある催しだ。かつては朝廷やその時々の幕府主導で行われていたが、徐々に形態が変わり、大政奉還の折に江戸幕府が政治的な権限と共に『人体改造祭り』の開催権を手放したことから、この祭りは有志の人物たちによるコンテストへと変わっていった。


 公彦が元カレから主催者を引き継いで、初めて開催されたのが今回のコンテストである。公彦は、人体改造の楽しさをより多くの人に知ってほしいという思いから、参加条件を大幅に緩和した。

 最低限の技術を持ち、モデルを殺さないよう注意を払えて、機密保持の約束に同意すれば誰でも参加可能とした──それが失敗だったか。


 もちろん警視総監だってここの常連鑑賞者だ、警察にどうこうという心配はないが、公彦は『完璧なコンテスト』を目指したかったのである。

 せっかく人生の楽しさを教えてくれたこのコンテストだ、より多くの人にこの喜びを味わってほしかったのに……。これではただの猟奇的なイベントだと思われてしまう!


 それに、モデルの調達だってタダではない、身体機能を損なわないまま人格や意思だけを壊す程度の薬漬けなど、高度で緻密な技術を要するがためにだいぶ高くつくのだ。

 代々の主催者はその購入費をコンテストの参加費や協賛金から捻出していたらしく、公彦もその工面をしているのだが、次回以降の参加者が減ってしまったら大変なことだ。

 どうしよう、どうしよう!


「オ パキャマラド パキャマラド パオパオ」

 パンパンパン!

「オ パキャマラド パキャマラド パオパオ」

 パン!!


 彼氏にお尻を叩いてもらい、冷静になる。

「ふぅ……」


 規約違反をする参加者がいるなんて、予想できたことじゃないか。主催者なら、それでも毅然としなくては。

 公彦は、これまでの主催者たちが取りまとめてきたトラブルマニュアルを片手に、参加者たちにアナウンスを流す。


『ただいま、参加者による規約違反が確認されました。皆様、改めて規約を確認の上、引き続きお楽しみください』

 事務的にも聞こえそうだが、こういうときに慌てている様子は見せられない。参加者が安心して遊び続けられるようにするのも、イベントの主催の務めだ。


 問題が山積みだけど、まずは今回をちゃんとこなそう。

 決意を新たに、公彦は会場の巡回を続けることにした。

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