9月8日 公開分
【No.003】読まれたい彼女
「読まれたいんだけど~~~」
僕の部屋でスマホを弄っていた彼女が突然そんなことを言って大きなクッションに
「なに、急に」
「だってさ、せっかく書いたんだし、読まれたいじゃん。書いた小説」
「そりゃそうだね」
実際、僕も読まされている。なんなら誤字脱字を見つけて報告までしている。
「SNSアカウントも作ってさ、宣伝?とかもしてさ」
「うん」
「でも全然読まれないの~~~~~」
ぶん投げられたスマホが壁に当たる前にキャッチして、僕は彼女の頭を撫でた。僕自身は小説を書く趣味はなくて、読めって言われるから読んでいるだけで本当は小説を読むのもそんなに得意ではなくて、だから彼女の悩みはきっとそこまで理解できていないんだろうけど、自分が頑張って書いたものを読んでほしいっていう気持ちは分かる。
「今書いてるやつ、ほぼアキラしか読んでくれてないのマジ泣ける」
「それは、寂しいね」
「はぁ……面白いと思うんだけどな」
僕はSNSを立ち上げ、彼女のアカウントを見に行った。リアルのアカウントとは別にある、ネットでだけ使う名前で作られた小説アカウント。
そこには更新したよ~の文字とURLが貼り付けてあって、その呟きすらもあまり見られていないようだった。
小説投稿サイトの名前を検索欄に打ち込み、人気の投稿を眺めていると、一つの呟きが目に入った。
「ねぇ、これ面白そうじゃない?」
「えー?」
先ほどキャッチしたスマホを彼女に差し出しながら、自分の画面を見せる。そこには黄緑色のスライムみたいなアイコンがあって、#匿名短文元神童企画と書かれていた。
「2,000字って短いよね?」
「んー、そうだね、短い」
「2,000字以内で書いた短編の企画だって。匿名だから、他の参加者さんのファンとかがユキの書いたやつも読んでくれるかもよ?」
「へぇ……」
ユキは自分のスマホで同じページを見つけ、募集要項を見ているようだった。天井を見上げてみたり、転がってみたり、しばらく考えたあと、起き上がって笑った。
「ありがと、書いてみる」
「うん」
小説を書き始めたユキをそのままに、僕は企画主催者のアカウントをフォローした。タイミングがよかったのかすぐにフォローバックされて、ダイレクトメッセージが開放される。少しだけ悩んで、僕は手紙のマークをタップした。
『初めまして。さきほど企画の概要を見つけ、参加しようと作品を書いている者の友人です。実は友人は自分の作品が読まれないことをとても悩んでおり、この企画に参加すれば読まれるのではないかと思い、友人に企画のことを教えました。このようなことをお尋ねするのは失礼だとは思いますが、参加作品が全く読まれないということはありませんよね?』
送信すると、少しして返事を打ってくれている表示が見えた。無礼なことをした自覚はあったので、緊張で手のひらに汗が滲む。
『初めまして、当企画をご紹介いただいたとのこと、嬉しいです。ありがとうございます。企画参加作品に関してですが、全く読まれないということはありません。毎回、私も含め何人か全ての作品を読んで感想を出す方がおられますので、その方々は確実に読みます。最終的に何作品になるかにもよりますが、おおむね100PVほどは見込めるのではないでしょうか。それと、もしaki様が感想を呟くのに抵抗がないのであれば、これ面白かった!とポストしていただくと、その作品のPVが伸びる傾向があります。ただ、今回の企画は匿名企画ですので、ご友人の作品がどれであるのかはなるべく分からないままでいていただきたいなというのが正直なところです。』
おお、怒られなかった。そしてとても丁寧に返事をいただいてしまった。
確かに匿名企画なのだから、彼女の作品がこれだ!と分かって応援するのはズルになるか。僕はうんうん唸っている彼女のスマホの画面をあまり見ないように、身体の向きを変えた。
「匿名企画だからさ、何書いたかは秘密にしておいてほしいんだけど、ヒントだけちょうだい」
「ん~? 神童ってさ、めちゃ頭いい人じゃん?」
「そうだね」
「私には神童のこと分かんないけど、神童には神童のこと分かるよね、きっと」
「確かにね」
「そーゆー話」
「そっか」
それだけで彼女の作品が分かるのかは謎だけれど、ずっと彼女の文章を読んできたのだし、なんとなくこれかなと思う作品が絞れればいいだろう。
作品を提出するタイミングは分かるから、前半か後半かくらいは予想できそうだし。
やっぱり前半の方が読まれそうだから、後半組っぽかったら特に読まれるように宣伝してあげたいな。
結局、参加作品のどれもが面白くて、彼女のものと予想した作品だけを
でも、たくさんの感想がもらえて、PV数や順位なんかはもはや気にならなかったみたいだった。
彼女のこんな嬉しそうな笑顔が見られるなら、僕も企画の主催、してみようかな。
黄緑色のスライムが、こっちを見て笑っているような気が、した。
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