第9話 静かな美術館の中で
週末がやってきた。ハルトとレニは、美術館へ向かうために待ち合わせをしていた。ハルトの車椅子を押しながら、レニは少し緊張した様子だったが、どこか期待に胸を膨らませていた。
「美術館、久しぶりです。」レニは小さな声で言った。
「俺もだよ。美術館って静かで落ち着くよな。レニが絵に興味を持ってくれてるって知ったとき、ここに連れてきたかったんだ。」ハルトは笑顔で応じた。
美術館の入口に着くと、静けさが二人を包み込んだ。薄暗い照明が絵画を際立たせ、観客は皆、静かに作品に見入っている。レニはその雰囲気に少し圧倒されながらも、次第にその空間の美しさに引き込まれていった。
「こんなにたくさんの絵があるんですね…」レニは驚いたように小さな声で呟いた。
「うん、いろんな絵があるけど、レニも描いてみたいなって思える絵が見つかるかもよ。」ハルトは彼女を励ましながら進んでいく。
二人はゆっくりと館内を回り、様々な絵画をじっくりと眺めた。現実の風景を精密に描いた作品、幻想的な色彩で感情を表現した作品、そして抽象画まで、どの作品もそれぞれの個性を持っていて、見ているだけで心が動かされるようだった。
「ハルトさん、この絵…」レニが一枚の絵の前で立ち止まった。
そこに飾られていたのは、どこか寂しさと温かさが同居した風景画だった。静かな湖のほとりに、一人の少女が立っている絵だ。その少女はまるで、何かを待っているかのように、遠くを見つめている。
「なんだか、この絵を見ていると、自分を見ているみたいで…」レニはその絵から目を離さずに言った。
「そう思えるんだね。この絵には、いろんな感情が詰まってるんだと思うよ。レニが感じたものが、そのままその絵に込められてるんじゃないかな。」ハルトもその絵をじっと見つめながら答えた。
「私も、こんな風に自分の気持ちを絵に表現できたらいいな…」レニはポツリと呟いた。
ハルトは微笑みながら、「レニならできるよ。絵は誰かに見せるためだけじゃなくて、自分のために描くことも大事だと思う。自分の気持ちを言葉じゃなくて、色や形で表せるんだから、それってすごく素敵なことだよ。」
「自分のために…絵を描くんですね。」レニは静かに頷いた。「そうかもしれません。誰かに見せることを意識しすぎて、自分が楽しむことを忘れていた気がします。」
「そうだよ。レニは自分の気持ちを表現するために、少しずつ楽しみながら描けばいいんだよ。」
ハルトの言葉に、レニは少しだけ安心したように微笑んだ。彼と話すと、いつも心が少し軽くなる。完璧でなくてもいい、自分なりにやってみればいいのだと、そう思えるようになってきた。
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その後、二人は美術館内のカフェに入り、軽い食事をとった。レニは、自分が感じたことをハルトに話すことで、心の整理がついていくのを感じていた。
「ハルトさん、今日は本当にありがとうございます。なんだか、少し勇気が出てきました。私も、絵を描いてみます。」
「それはいいね。レニの絵、俺もいつか見せてもらえると嬉しいな。」
レニは恥ずかしそうに笑ったが、「いつか…ちゃんと描けたら、見てもらいますね。」と約束した。
「楽しみにしてるよ。でも、無理はしないでね。楽しむことが一番だから。」
ハルトの言葉に、レニはまた微笑んだ。彼と一緒にいると、自然と自分を押し込めることなく、素直な気持ちでいられる。彼女にとって、ハルトの存在は心の支えであり、前に進むための力だった。
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カフェを出て、二人は再び美術館を歩きながら、様々な絵を見て回った。ハルトもレニも、お互いに新しい発見をしながら、その時間を心から楽しんでいた。
夕方、二人は美術館を後にした。外には柔らかな夕陽が差し込み、穏やかな風が二人の顔を撫でていた。
「今日は本当に楽しかったです。」レニはふとした瞬間に立ち止まり、ハルトに向かって感謝の気持ちを伝えた。
「俺も楽しかったよ。レニが楽しんでくれて何よりだよ。」
二人はゆっくりと歩きながら、これからも一緒にいろんな場所を訪れ、新しいことに挑戦していくことを自然と話し始めた。レニは少しずつ、自分の殻を破り、新しい世界へと一歩を踏み出していこうとしていた。
彼女の未来は、これまでとは違う。ハルトと共に、二人で手を取り合いながら、少しずつ光へ向かって歩んでいく。その足音は、今も続いている。
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