第7話 過去の影

ある日の午後、ハルトとレニはいつものカフェで過ごしていた。二人ともリラックスした雰囲気で、何気ない会話を楽しんでいたが、ふとした瞬間にレニの表情が曇るのをハルトは見逃さなかった。


「レニ、何か悩んでることある?」ハルトは心配そうに問いかけた。


レニは一瞬戸惑ったが、やがて深呼吸をしてから、静かに口を開いた。「実は…私、昔のことを思い出してしまっていて…」


その言葉にハルトは耳を傾けた。レニが話し始めるのは、彼女がこれまでなかなか語らなかった過去の話だった。


「私、子供の頃から発達障害を持っていて、学校ではみんなと同じようにできないことが多かったんです。何をやっても遅れてしまったり、言葉がうまく出なかったりして、ずっと浮いている存在でした。」


レニは少しだけ視線を下に向けた。「みんなと仲良くしたかったけど、どうしても自分が追いつけなくて、気づいたらひとりぼっちになっていたんです。それがすごく怖くて、それからは人と距離を取るようになってしまって…。そのせいで、誰とも深く関わることができなくなったんです。」


彼女の声は徐々に弱まり、ハルトはその痛みを感じ取っていた。レニが抱える孤独と苦しみは、表には見せなかったが、彼女を深く縛りつけていたのだ。


「レニ、それは辛かったね。」ハルトは優しく言った。「でも、今こうして俺と一緒にいてくれることが嬉しいよ。少しずつ、変わっていけるってことだよね。」


レニは静かに頷いた。「はい、ハルトさんと出会ってから、少しずつ変われるかもしれないと思ってます。でも、やっぱり過去のことを思い出すと、またあの頃に戻ってしまいそうで…怖いんです。」


ハルトはしばらく考えた後、真剣な表情で言葉を紡ぎ出した。「レニ、誰でも過去には辛いことや忘れられない出来事があると思う。俺も、車椅子になった時は未来なんて見えなくて、何もかもが怖かった。でも、今こうして少しずつ前に進めるようになったのは、何かを乗り越えるって決めたからだと思うんだ。」


レニはハルトの言葉を静かに聞いていた。彼の言葉には説得力があり、それが彼自身の経験から来ていることを感じた。


「過去の自分がいるから、今の自分があるんだと思う。だから、無理に忘れなくていいし、その過去をどう受け入れるかが大事なんじゃないかな。」


「…受け入れる…ですか?」レニは小さくつぶやいた。


「そう。過去は変えられないけど、今の自分がその過去をどう捉えるかは、自分で決められるんじゃないかな。レニがこうして自分のことを話してくれたことも、すごく勇気がいることだと思うし、それはもう一歩前に進んでる証拠だよ。」


ハルトの言葉に、レニはしばらく沈黙していたが、やがて静かに目を閉じて深呼吸をした。


「確かに…そうかもしれません。過去を変えることはできないけど、少しずつ受け入れていけるかもしれない…そう考えると、少しだけ心が軽くなった気がします。」


ハルトは微笑んで頷いた。「それでいいんだよ。無理に急ぐ必要はないから、少しずつ自分のペースで進んでいこう。」


レニは感謝の気持ちを込めてハルトを見つめた。「ハルトさん、本当にありがとうございます。こんな風に話せる人がいるなんて、今まで思っていませんでした。」


「こちらこそ、レニのことをもっと知れて嬉しいよ。俺たち、これからもお互いに支え合っていこう。」


その言葉に、レニは少しだけ微笑み、再び心を落ち着かせた。ハルトとの会話を通じて、彼女は過去をただ怖れるのではなく、それを受け入れる力を少しずつ手に入れ始めていた。


---


二人はその後もカフェで静かに時間を過ごした。外は穏やかな午後の日差しが降り注いでおり、レニの心も次第にその陽の光に照らされていくようだった。


過去の影はまだ完全には消えない。それでも、ハルトという存在が、レニに新しい光をもたらしていることを彼女は感じ始めていた。そして、彼女自身もまた、ハルトを支えられる存在になりたいと思い始めたのだった。

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