第5話 初めての日記

その日の夜、レニは自分の部屋でデスクに向かっていた。ハルトの言葉を思い出しながら、ノートを開いてペンを握る。彼に勧められたように、まずは自分だけのために書いてみることにした。


「誰にも見せなくていい、自分だけの言葉…」


その考えが、少しレニの心を軽くしていた。彼女は緊張しつつも、少しずつ言葉を紡ぎ出す。


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**今日のことを振り返る**


私はハルトさんと初めて一緒にカラオケに行った。最初はすごく緊張して、どうしようかと思っていたけれど、ハルトさんがいてくれたおかげで、少しずつ歌えるようになった。ハルトさんの歌は温かくて、優しい感じがして、私もそんな風に歌えたらいいなと思った。


それから、今日の散歩でも彼にいろいろなことを聞いた。ハルトさんは、足が不自由になった後も、前向きに生きようとしている。でも、彼にも辛い時期があったんだと知って、少し驚いた。あんなに前向きで明るい人にも、そんな時期があったんだって。


私も、前に進みたいと思う。新しいことに挑戦するのは怖いけど、少しずつ、できることからやっていこう。今日、初めてこうして日記を書いてみたけれど、思ったよりも気持ちが軽くなった。これからも、続けられたらいいな。


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ペンを置いたレニは、書いた内容を見返してみた。決して上手ではないかもしれないけれど、今の自分の気持ちを正直に表せたことに少し満足していた。ハルトが言っていたように、最初は自分のために書くことが大事なのかもしれない。


その夜、レニはいつもより穏やかな気持ちで眠りについた。彼女にとって、日記を書くという小さな一歩が、新たな道を開くきっかけとなっていく。


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翌日、ハルトはいつものカフェで待っていた。彼もまた、レニのことを思い返していた。彼女が自分の思いを少しでも外に出そうとしていることに、ハルトは嬉しさを感じていた。


カフェのドアが開き、レニが姿を見せた。彼女はいつも通りの控えめな表情だったが、どこか昨日とは違う、少しだけ自信に満ちた雰囲気があった。


「おはよう、レニ。」ハルトは微笑みながら声をかけた。


「おはようございます。」レニも微笑み返した。彼女の目には、何かを伝えたいという思いが込められているように見えた。


「昨日、少しだけ日記を書いてみたんです。」レニは静かに言った。


「そうなんだ!どうだった?」ハルトは興味津々で聞いた。


「うまく書けたかわからないけど、書いてみたら、少し気持ちが軽くなった気がします。ハルトさんのおかげです。」


ハルトは嬉しそうに頷いた。「それは良かった!無理せず、続けていけばいいと思うよ。」


「はい、少しずつでも続けてみたいです。ハルトさんが言ってくれたように、何かに挑戦するのは怖いけど、少しずつやってみようと思います。」


レニはまだ不安を抱えながらも、彼女なりのペースで一歩を踏み出そうとしていた。それを見守るハルトもまた、彼女のその姿勢に励まされるような気持ちだった。


「俺も何か新しいことに挑戦してみようかな。レニが頑張ってる姿を見たら、俺も負けてられないって思ったよ。」


「ハルトさんも…ですか?」


「そうだな、例えば…もっといろんな場所に行ってみたいな。今までは行ける場所が限られてるって思ってたけど、案外、探せばいろんなところに行けるんじゃないかなって思えてきたんだ。」


ハルトの言葉に、レニは驚きつつも感心していた。ハルトは、自分の障害を乗り越えるために、常に新しい可能性を探している。それが彼の強さであり、彼女にとっても大きな刺激となっていた。


「一緒にいろんなところに行けたら、楽しそうですね。」レニがぽつりと言った。


「そうだね。これから一緒に、いろんなことに挑戦していこう。お互いに、少しずつ。」


その約束が、二人にとって新しい一歩となることを、彼らはまだ知らない。しかし、今日の小さな出来事が、二人の未来に大きな意味を持つことになるのは、間違いなかった。

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