第4話 新たな挑戦
カラオケから帰った数日後、ハルトとレニは再び古寺で待ち合わせをしていた。今日は特に予定があるわけではなく、ただ一緒に時間を過ごすためだ。それでも、二人は少しずつお互いに会うことが自然になってきていた。
「今日はどこ行こうか?」ハルトは車椅子を少し前に動かしながら、レニに声をかけた。
「そうですね…特に決めていなかったけど、散歩するのもいいかもしれません。」レニはゆっくりと周囲を見渡しながら答えた。
古寺の周りには、緑が広がっており、静かで落ち着いた場所だ。ハルトもこの辺りが好きで、よく一人で散歩していたが、今日はレニと一緒に歩くことができて、少し嬉しかった。
「じゃあ、ゆっくり歩こうか。」ハルトは微笑んで言い、二人はゆっくりと歩き始めた。
しばらく無言で歩いていると、レニがふと立ち止まった。「ハルトさん、少しお聞きしてもいいですか?」
「もちろん、何でも聞いて。」ハルトは彼女に向き直る。
「ハルトさんは、いつもすごく前向きに見えるんです。でも、車椅子になってから、辛いこととか、たくさんあったんじゃないですか?」
レニの真剣な表情に、ハルトは一瞬考え込んだ。確かに、車椅子生活になってから辛いことは多かった。自分の体が思うように動かないこと、他人の目が気になること、そして何よりも自分自身を受け入れることに時間がかかった。
「うん、正直に言うと、すごく辛かった時期もあったよ。最初は自分を受け入れられなくて、どうやって生きていけばいいか、全然わからなかった。」ハルトは正直に答えた。
レニは静かに頷きながら、その言葉を聞いていた。
「でも、ある日気づいたんだ。足が動かなくても、自分にはまだできることがたくさんあるって。それからは、少しずつ自分を受け入れていけたかな。」
「そうだったんですね…ハルトさん、すごいです。」レニは、感心したように言った。
「いや、そんなことないよ。俺もまだ迷ってることは多いし、これからも悩むことはあると思う。でも、大事なのは、少しずつでも前に進むことかなって思ってるんだ。」
ハルトの言葉に、レニは小さく頷いた。彼の前向きな姿勢に、レニ自身も少し勇気をもらっていた。自分も、引っ込み思案であることや、発達障害に悩んでいたが、ハルトのように少しずつでも前を向けるかもしれないと思ったのだ。
「私も、少しずつ前に進みたいです。でも、時々どうしても怖くなってしまって…何か新しいことに挑戦するのが苦手なんです。」
レニは、少しうつむきながらそう言った。彼女の言葉には、まだ心の中にある不安や恐れが滲んでいた。
「レニ、無理しなくていいんだよ。でも、もし挑戦してみたいことがあるなら、ゆっくりでもいいから一緒にやってみようよ。俺も応援するし、手伝えることがあれば何でもするよ。」
ハルトは優しく声をかけた。その言葉に、レニは少し安心したように顔を上げた。
「ありがとうございます…実は、最近少し興味があることがあって。」レニは少し恥ずかしそうに続けた。
「何に興味があるの?」ハルトは興味津々で彼女に尋ねる。
「まだ漠然としてるんですけど…文章を書くことです。自分の思ったことを言葉にしてみたいな、と思うんです。でも、うまくできるかわからなくて…」
レニは、ずっと心の中で温めていた小さな夢を、初めてハルトに打ち明けた。彼女にとって、自分の感情や考えを言葉にするのは難しく、それが怖くもあった。
「それ、素敵だと思うよ。文章って、自分の気持ちを整理したり、誰かに伝えたりするいい方法だし。レニならきっとできるよ。」
「でも、まだ自信がなくて…どこから始めたらいいかもわからないんです。」
ハルトはしばらく考えた後、提案した。「じゃあさ、最初は誰に見せるでもなく、自分だけの日記を書いてみたらどうかな?誰にも見せないって決めれば、気楽に書けると思うし、少しずつ練習できるよ。」
その提案に、レニは少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。「そうですね…自分のために、書いてみるのもいいかもしれません。」
「うん、無理せず、自分のペースでやってみたらいいと思うよ。俺ももし手伝えることがあれば、言ってね。」
レニは微笑んで「ありがとう」と小さく呟いた。ハルトと話しているうちに、自分でも少しだけ挑戦してみようという気持ちが湧いてきた。完璧でなくてもいい。少しずつ、一歩ずつ進めばいいのだ。
「ハルトさんに、相談してよかったです。これからも、少しずつ前に進んでいきたいです。」
「もちろん、俺も一緒に進んでいくよ。」
二人はまた、静かに歩き始めた。お互いに自分の中にある不安や弱さを認め合いながら、それでも少しずつ前に進むことを選んだ。この日の夕暮れは、そんな二人の決意を優しく見守っているようだった。
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