第3話 初めてのカラオケ

週末の午後、ハルトとレニは駅前のカラオケ店に来ていた。レニは少し緊張していたが、ハルトが隣にいることで、なんとか気持ちを落ち着かせようとしていた。


「大丈夫?緊張してる?」ハルトはレニを見て優しく声をかけた。


「…少しだけ。でも、楽しみにしてました。」


レニはそう言ったが、その手は少し震えていた。引っ込み思案で人前で歌うのが苦手な彼女にとって、これは大きな挑戦だった。しかし、ハルトとなら大丈夫かもしれない、という不思議な安心感もあった。


店員に案内されて二人は個室に入る。部屋に入った途端、レニは少しだけ息をついた。


「ここなら、誰も見てないし、リラックスできるよ。」ハルトが微笑みながらそう言った。


「そうですね…ありがとうございます。」レニは緊張しながらも、少しずつ落ち着きを取り戻していた。


「最初は俺が歌うから、レニはリラックスして聴いてて。」ハルトはリモコンを手に取り、曲を選び始めた。


最初に選んだのは、懐かしいフォークソングだった。ハルトの選曲は、穏やかで優しいメロディが特徴で、レニの緊張を少しずつほぐしていくようだった。


ハルトは、決してプロ並みの歌唱力ではなかったが、その素朴で誠実な歌声に、レニは自然と耳を傾けた。


「上手じゃないけど、なんか楽しいんだよな。」ハルトが歌い終えると、少し照れくさそうに笑った。


「…いい歌ですね。」レニはそう言いながら、少しだけ微笑んだ。


「ありがとう。次はレニの番だよ、好きな曲を選んで。」


レニは一瞬ためらったが、ハルトの優しい目に促されるように、リモコンを手に取った。普段、一人でしか歌わない彼女にとって、これは勇気のいる瞬間だった。それでも、ハルトの前なら、少しだけ自分を解放できる気がした。


彼女が選んだのは、ゆっくりとしたバラード曲だった。静かなイントロが流れ始めると、レニは小さく息を吸い、マイクを握りしめた。


「大丈夫、リラックスして。」ハルトの声が聞こえた。


そして、レニは一歩踏み出すように、ゆっくりと歌い始めた。


最初は小さな声だったが、少しずつ自信がついてくると、その声は部屋の中に広がっていった。彼女の歌声は、繊細で優しく、どこか心に響くものがあった。歌いながらも、レニは次第に自分の中にあった緊張が解けていくのを感じた。


ハルトはその様子を静かに見守っていた。彼女が自分を超えて挑戦する姿に、何か温かいものを感じたのだ。


曲が終わると、レニはマイクを静かに置いた。


「…上手く歌えたかわからないですけど、頑張りました。」レニは少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「すごく良かったよ、レニ。なんか、心に響く歌声だった。」ハルトは率直に感想を伝えた。


その言葉に、レニは少し顔を赤らめたが、心の中で少しずつ自信が芽生えていくのを感じた。自分でも驚くほど、ハルトの前では自然体でいられるのだ。


「ありがとう…ハルトさんと一緒だから、少しだけ勇気が出ました。」


「俺も一緒に歌えて楽しかったよ。やっぱり、カラオケっていいよな、気持ちが軽くなる。」


「はい、そうですね。歌うと、不思議と心が軽くなる気がします。」


その後も二人は順番に曲を選び、時には一緒に歌うこともあった。ハルトのユーモラスな選曲や、レニの真剣な歌声が、部屋を笑いと温かい空気で包んでいった。


「あっという間だったね。」ハルトが時計を見ながら言った。


「本当に…楽しかったです。こんなにリラックスして歌えたのは初めてかもしれません。」


レニの顔には、先ほどまでの緊張が嘘のように和らいだ笑顔が浮かんでいた。ハルトはその笑顔を見て、満足そうに頷いた。


「また一緒に来ようよ。もっといろんな曲、歌おう。」


「はい、ぜひ。」レニは素直にそう答えた。


外に出ると、晴れ渡った青空が二人を迎えていた。レニは小さく息をつき、ハルトの隣を歩きながら、これからも少しずつ自分を解放していけるかもしれないと感じた。


二人の関係は、また一歩前進した。カラオケという共通の趣味を通じて、少しずつ互いを知り、信頼し合うことができた。それは、これからも続く二人の物語のほんの始まりに過ぎなかった。

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