第15話
「えーと……」
いざ、命令を出そうと思うと何も思い浮かばなかった。
残った右腕を中空に差し出した状態でしばしの沈黙が続く。
それを周囲のコボルト達は固唾を呑んで見守るばかりなのだが、奇しくも万桜が神名由来の特殊な能力を使っているように見えるのだから不思議なものだ。
右腕を宙ぶらりんに差し出したまま固まった万桜はというと、アッシュパンサーの巨体を目の前にぼんやりと昔飼っていた愛猫のロゼのことを思い出していた。
見た目は全く違うが、こうやって自分の足元でゴロリと寝転がっては撫でろと催促してきたものだ。
両親が亡くなるのを待っていたように老衰で永眠したが、最後はまとも歩くこともままならないほど弱り横たわった体を摩ることしかできなかったことを思い出す。
感傷に浸りながら緊張感が薄らいでいく中、ふいにアッシュパンサーが寝転がったまま大きく伸びをした。
その際、背筋を伸ばすのに合わせて突き出された腕が万桜に向けられ一瞬ドキリとしたが、カパッと開かれた大きな手の中に浮かぶ綺麗なピンク色の肉球を目にして思わず呟いてしまう。
「ロゼと同じ色してるんだな」
頑固な父親がやせ細った仔猫が衰弱していくのを見かねて家に招き入れた日、母親が貰ってきたロゼワインの色が肉球の色にそっくりだったことから名づけられた。
と……。
『アッシュパンサー、仮称レッドアイの識別名称をロゼで登録。完了しました。マスターの声紋をロゼに認証。完了しました。マスターの特別な命令があるまではオードモードで活動させることを推奨します。了承しますか?』
「え? あ。はい。了承……します?」
言っている意味は理解できたが、何が起こっているのかは相変わらず理解が追い付かない状況だった。それでも、中途半端な回答に対して事態は進行していく。
『了承を確認。マスター及びマスターに害をなさない生物に対する攻撃を禁じた上でロゼをオートモードに移行します。またマスターとの意思疎通を円滑に進めるために会話能力を新たにインストール。完了しました。これによりマスターの意向をロゼに言語で伝えることが可能になりました。なお、この設定は後で変更も可能となっています』
そんな声が聞こえてきたかと思ったら、目の前のアッシュパンサーが万桜に正対して伏せのポーズをとり、ぺこりと大きな体でお辞儀したと思ったら嬉しそうに声をかけてきた。
「はじめましてマイマスター。ロゼなのです」
若様と同じような無垢な幼子を思わせる声だった。
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