第14話

 どのくらい近寄った方が良いのだろうか? と、万桜は悩む。

 ウィンデーの言葉を信じるのなら、近寄る必要はないように思う。しかし、タユタに妙な説明をしてしまったからには異能力的なナニカをやった方が良いようにも思える。

 神名持ちの人は、どうやって能力を使ってるんだ? と疑問に思うも、ウィンデーからの返答はない。

 結局、最終判断はタユタの方に任せることにした。

「俺が襲われても自信を持って助けられる距離まで連れて行ってくれたら、離れてくれ。そこで秘術を使ってみるから」

 アッシュパンサーの敏捷性など未知の話である。

 コボルト達にしても、滅多に遭遇する魔獣ではないので、どこまでの正確性を持って判断できるのか疑問だがタユタは力強く頷いて見せた。


「けっこう近いけど、ホントに大丈夫なんだよな?」

 アッシュパンサーが手を伸ばせば届くような距離だ。

 それでも問題の魔獣はゴロゴロと寝転がったままうにゃうにゃしているので、襲ってくることはないのだろうが緊張感が和らぐはずもない。

「コボルトの素早さを信じて欲しいでござるっす。それより、頼むでござるっす。あの村を襲われると困るでござるっす」

 万桜から離れる直前、タユタの雰囲気が変化する。

 それまでの軽口を叩くお調子者といったものから、急に真摯な好青年然とした雰囲気に切り替わっていた。

 どれだけみすぼらしい村であっても、彼らにとっては故郷なのだ。それを失いたくないという想いが軽いはずもない。

 その時初めて、万桜も気が引き締まった気がした。

 もちろん、覚悟を持って申し出てはいたのだが、まだまだ軽ったことに気づかされたのだ。

「……任せてくれ」

 本当は自信なんかなかった。もっと迂遠な言い回しで煙に巻こうかとも思った。

 しかし、口から出たのはこの言葉だった。


 タユタが離れ、準備ができたのをサムズアップで知らせてくれたのを確認してから万桜も視線をアッシュパンサーに集中させる。

「さて。準備が整ったとはいえ、どうすれば良いんだ?」

 バシッと格好良く決めたいところなのだが、状況を理解していないことに変わりはない。徐々に情報が増えていってはいるが、断片的なものばかりであるので結局のところ自分の置かれている状況は何ひとつわかっていない。

 そんな中、目の前にいるのは巨大なネコ科と思しき魔獣である。

 やれやれと首を振りたくなっていると、今回はウィンデーからの返答があった。


『仮称レッドアイはすでにマスターの管理下に置かれていますので、言語による登録を済ませるだけの状態です』


 「言語による登録?」


『この世界軸のマスターの音声データを登録させることで認証させることが可能。以後はマスターの命令に従って行動させることが可能になります』


 この世界軸? 

 ウィンデーの言葉に眉根にしわを刻むことになるが、自分の行動はコボルト達に監視されている。下手なことはできないと余計なことを考えるのは後回しにしてアッシュパンサーに声をかけることにする。

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