第12話
「ところで人間殿。これから生死を共にする仲になるでござるっすから、お名前を教えて頂けないでござるっすか? 自分、人間殿とお呼びするのは、実はちょっと苦手なんでござるっす」
タユタに支えられるとすぐに尋ねられる。
これに対し、それもそうだなと思う反面、どう答えるべきか一拍悩んでしまう。
しかし、まさしく命がけで協力してくれようという相手に対して隠したままというのも忍びなく感じる。何より、アッシュパンサーの件が無事に成功した場合、コボルト達との関係は続けていった方が賢明なように思えた。
「紹介が遅れました。俺はカミノマオウと言います。よろしくお願いします」
可能な限りイントネーションに気をつけ発するも、これを聞いたタユタだけでなく周囲のコボルト達も一瞬ポカンとなる。
「神の魔王……様で、ござるっすか?」
物心ついた時から繰り返された問答に、どこか懐かしさを覚える。
飽きるほど繰り返した訂正。
「漢字ってわかるかな? 神野万桜って書くんだけど……。生まれた時、それはそれは見事に桜が咲き誇っていたんだとさ」
半世紀近くも前の話で、両親も4人兄弟の末っ子に対して苗字と名前が並んだ時のことなんぞ考えている余裕もなかったとみえる。
小学校に上がったばかりの上の姉が病院の窓から見える桜を見て弟の名前に桜を入れたいと懇願したのも、長男が十嬉、長女が百音、次女が千景と桁上がりになっていたのも無関係ではなかっただろう。
正直、引きこもり体質の陰キャとしては、初対面の相手に自己紹介した時にこの話題に助けられたことは数知れない。面倒臭いことになったことも数知れないが、最初のコミュニケーションを取ることに関しては一応の成果を上げていた。
今回も、どうやら成功の部類と言えそうだ。
コボルト達にも文字の概念はあり、漢字も普通に理解しているようだ。
しかし、それは万桜が思い描いていたものとは少しばかり様相が異なる。
「ほお。神名持ちのお方でござるか。さぞ、高名な家の出であられるのでしょうな。いや、拙者ら、神野という神名は寡聞にして存じませぬが。それにしても、神の魔王様とは、それだけのお怪我をされてもピンピンされているはずでござる」
若様を始め、ジュウベエ達もしきりに感心して見せる。
「いや。名前とゾンビみたいな体で動けてるのは何の関係もないと思うけど……。って、神名? って何?」
最後の疑問に対する返答は、頭の中から発せられる。
『回答。情報が不足しているため正確性に欠けますが、神名とは苗字に相当する概念のようです。この世界では苗字を持つ一族は役職を与えられた者に限られ、支配者階級として確固たる地位を築いている模様。また、その多くが特別な能力を保有しているようです』
いや。そんな大層な身分ではないのだが? と、マスターと呼ばれた時と同じような感想を抱いてしまう。
しかし、今はその勘違いは悪い方向には進まなさそうだ。
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