第11話

「何を言われる! よもや、自分ひとりが犠牲になろうと言うのではありますまいな!?」

 思わぬ申し出に、若様は正対しながら猛犬のような視線を向けてくる。下手したら、今にも噛みつかれそうな勢いだ。

 赤ちゃん声で騙されそうになるが、彼らはコボルト。人に非ざる猛獣の血を流しているのである。

 思わぬ反応に彼も気圧されそうになるが、落ち着かせるように上手く動かない体を総動員させて若様を落ち着かせる。

「待った待った。そんな殊勝なことをするつもりはないよ。せっかく助けてもらったんだ。無駄にするつもりはない。ただ、試してみたいことがあるだけで」

「それなら、我らを遠ざける必要はないではありませぬか」

 どう猛さは引っ込んだが、説明を聞いても若様は首を傾げるばかりだ。

 確かに、若様が素直に引き下がれないのもわからなくはない。

 彼としてもウィンデーからの情報を包み隠さず伝えて信じてもらえるのなら苦労はないのだが、腕を食われて頭がおかしくなってしまったのかと疑われてしまうのがオチであろうために言葉に詰まってしまう。


 と、そこに助け舟がどんぶらこと流れ着く。


「だったら、自分が人間殿をサポートするでござるっす。爺様達は人間殿の策が失敗に終わった時には死ぬ気で御山まで逃げ延びるでござるっす。ってのはどうっすか?」

 小さな集団の中ではひと際大柄な――とはいっても視線を下げなければ目を合わせることはできない――コボルトが間の抜けた雰囲気で妥協案を提示してきたのだ。

 口調は色々と気になったが、それどころではない。

「ふむ……。タユタであれば不測の事態で人間殿を担いで逃げることになっても何とかなるやもしれんな」

 先ほどジュウベエと呼ばれていた老コボルトが悪くないといった反応を示す。

 タユタの案ではジュウベエも大役を担うことになるのだが、それはすでに覚悟ができているのだ。

 決定権のない彼としては成り行きを見守るしかない。しかし、周囲の反応もタユタの案に肯定的なものばかりに見えた。

 そこで、ついに若様も折れる。

「人間殿。タユタは確かに頼りになる男ですが、根本的にお調子者。くれぐれも気をつけてくださいませ」

 若様は支える腕を外すと、彼の体をタユタに預ける。

「若様も心配性でござるっすよ。自分もやる時はやる男でござるっす」

「そういう軽いところが信用ならんのだ」

「かはー! 気をつけるでござるっす」

 このやりとりを隣で聞きながら、彼も早まったかもしれないと思ったのは黙っておくことにする。

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