第2章 神の魔王 降臨

第9話

『回答としてはマスターの血液を介して対象種族――マスター呼称のコボルトを今後は使用――コボルトの保有するワレらの近隣種の書き換えに成功。コボルト族の言語の解析結果をマスターと同期させることに成功したためです』


 なるほど? わからん。という感想しか抱けない。


 いや、だいたいの内容はわかるのだが、彼の頭の中だけに響いているらしき声の正体がわからないのだ。そして、色々と気になる単語が混ざっている。


 マスター?

 ワレら?

 近隣種?


 どういうことだってばよ? という疑問がぐるぐるするばかりだ。

 若様に怪訝な――怪訝そうな――目を向けられながら自問自答する。

 しかし、同じような答えが返ってくることを期待するが、今度は何の反応も示さない。ますます自分の頭が信用できなくなっていく。

 とりあえず、マスターが自分のことを指しているらしきことは伝わってきたのだが、いやいや、そんな大層な身分になった記憶はないのだが? と困惑は増すばかりであった。

 しがないパートタイマ―従業員でしかない暮らしだったのだ。上司はいても部下は存在しない。年の差はあっても、同僚と一括りにしてきた集団の中においてどこの派閥にも属さずにマイペースに生きてきた。

 オンラインゲームの中ですらマスターを名乗ったことはなかったはずだ。


 待てよ?


 マスターが自分のことを意味するのであれば、コボルト達の言葉を理解し始めたタイミングを考えると血液を介して彼らに接触したということになるはずだ。

 自分の血液に特殊なものが……混ざっている! と、彼は思い至る。


 ワレらというのはウィンデーのことか⁉


 やはりというか何というか、ウィンデーが今回の様々な異変に関与していると考えて間違いなさそうだが、何で欲しい情報を欲しい時にくれないんだよと誰に吐き出せるもない愚痴として飲み込む。

 しかし、やり場のない感情は爆発してしまったらしく、ウガーーーッと思わず両手で頭を掻き毟りたくなったのだが、左腕は中ほどから消失したままであったために振り上げた勢いで傷口からぺちょりと血の塊が上空に飛んでいく。


「あ……」


 何やってんだと自分の行いに呆れながら飛んでいった血の塊の行方を何とはなしに追いかけてみたら、何の因果か先ほどから風に乗って宙に螺旋を描いていたトンビに上手いことヒットしてしまった。

 なんかゴメン。と、思ったのも束の間、驚いた様子もなくトンビは旋回を続け獲物になりそうなものを探しているだけだ。


「だ……大丈夫でござるか?」


 色々な意味で若様は心配してくれる。

 そりゃそうだ。ただでさえ人間とコボルトは交流がなさそうだというのに、突然現れた奇怪な人間を追いかけてみれば全身傷だらけでアッシュパンサーに腕まで食われてしまっている。

 その上、情緒不安定となったら普通であれば近寄るのはちょっと遠慮したいと考えるものだろう。

「あ、いや。大丈夫、ではなさそうだけど……大丈夫、です。それより、あっちの方が問題なんじゃないです? あっちこそ大丈夫なんですか?」

 しどろもどろになりながら、話題を無理やり寝っ転がっているアッシュパンサーの方に向ける。


 しかし、そこで再びあの声が頭の中に流れ始めたではないか。

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