第8話
焦点の定まっていない様子だったアッシュパンサーの赤い眼がコチラに向けられる。コチラ、というか、彼に。
獲物に狙いを定められた。
最初はそんな風に考えていたが、やはりどこか生命体というよりも無機物を思わせる赤い眼はカメラのレンズを向けられている感覚を思い出させた。
コボルト達も視線を向けてくるだけで襲い掛かってくる気配のないアッシュパンサーを相手にして対応に困っている。
何しろ自分を犠牲にして若様を逃がそうとしていたのに、その口実に使っていた人間が真っ先にアッシュパンサーに狙われているのだ。
この状況で若様に彼を預けてしまえば、共に襲われかねない。
ジュウベエを筆頭にした年長組も若様も彼も三者三様の思惑が判断を鈍らせる。
ところが、そこで突然音声が彼の頭の中に流れ込んできた。
『アカシックレコードとの接続を部分的に成功。一部権限を取得。マスターとの接続を確認。対象の管理者権限の上書きに成功しました。これよりアッシュパンサー、個体仮称レッドアイの管理者にマスターを登録。対象の情報とマスターの情報を同期させます。成功しました』
これ以降もよくわからない情報が続々と流れ込んできたかと思ったら、アッシュパンサーは思わぬ行動に移った。
「へ?」
逆立っていた灰色の毛はへたりと萎み、その場に伏せの状態で座り込んだかと思ったら、そのままゴロリと横になってしまったのだ。
「ど……どういうことでござるか?」
「緑眼の子パンサーであっても暴れ回って手が付けられんというのに」
戸惑いを隠せないのは彼だけではなく、周囲のコボルト達も同じであった。
完全に寛ぎモードになってしまったアッシュパンサーから少しずつ距離を取りながらコボルト達は視線と意見を交わしながら対応をどうするか検討しているが、初めての経験に決めかねているようだ。
そんな中、若様だけは彼に近寄ってくると手を差し出してきた。
「立てるでござるか?」
コボルトの中では平均的な体型なのだろうが、やはり小さい。
白色の体毛に覆われた体はもふもふした印象があるが、若様だけは簡素な甲冑を身にまとっているので緩さと硬さが入り混じる。キレイな毛並みに自分の血が飛び散ってしまっているのが目に入り、どことなく申し訳なく感じてしまう。
差し出された小さな手を取ると思っていた以上に力強く引き起こされた。
「よ……っとっと」
杖を失いバランスを取るのに苦労していると若様が肩を貸してくれた。
「あ、ありがとうございます」
彼としては何てことない言葉を発しただけのつもりだった。
「なっ⁉ 拙者らの言葉がわかるのでござるか⁉」
アッシュパンサーの奇怪な行動に勝るとも劣らない反応で若様は警戒することも忘れて彼を凝視してきた。
そりゃそうだ。
彼も特殊過ぎる状況の中で混乱し続けていたせいですっかり失念していたが、なぜにコボルト達の言葉を理解できるようになったのか分かっていないのだ。
「そういえば、何でわかるんだ?」
答えが返ってくるはずもないのに率直な感想を口にしてしまう。
そう。返ってくるはずがなかったのだ。
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