第7話

 訳も分からぬまま頭から丸呑みされる未来を予見する。

 しかし、刹那。

 背後からぎゃわー! という逼迫したような声が聞こえたのと同時に引きずり倒される。

 何が起こったのかわからぬまま助かったと思ったが、不意にバランスを崩したことで左腕が逃げ遅れたように虚空に残ってしまう。

 

 そして。食われた。


「うがあああああああっ!?」


 痛みがあったのかどうかもわからない。

 ただ、折れていた左腕の肘から先が食いちぎられていたのだ。

 左腕がなくなったことを証明するように鮮血が噴き上がり周囲に飛び散る。

 

 混乱と呆然が入り混じり思考停止に近い状態に陥ってしまう。

 それでも獣の追撃を回避できたのは後方から入り込んできたコボルト達のおかげだった。どうやら、最初に助けてくれたのも彼らだったようだ。

 何だ。こいつら良いヤツだったんじゃん。と、場違いにも安堵してしまう。


 ところが、脳に思考がじわじわと戻っていく中、事態はなかなか進展しない。

 彼の腕を飲み込んだ虎のような狼のような巨大な四足獣はこちらを見下ろしたまま動きを止めてしまったのだ。

 その様子を固唾を呑んで見守っているコボルト達もどうするか戸惑っているみたいに見えた。

 どうするべきか。

 逃げなければという気持ちも強いがひとりではどうにもできない。

 すでにコボルト達と一蓮托生といった気持ちになっていたのだ。

 コボルト達がどうするのか体内から漏れ続ける血液を留めようとベルトを引き抜き何とか縛り上げながら眺めていると、不思議な現象が起こり始めていた。


「ぎゃわぎゃ……、ぎゃわわ。どうぎゃわ、ぎゃ? 逃げた方ぎゃわ、ぎゃ?」


 どういうわけだか、徐々にコボルト達が話す言葉が理解できるようになっていくではないか。

 戸惑いながら聞き耳を立てていると、片言だった言葉も程なくしてハッキリと理解できるようになっていた。

「アッシュパンサーだよな?」

「なぜ襲ってこんのだ?」

「お、おい。赤眼はヤバい。やはり、今のうちに逃げた方が良いのではないか?」

 ところどころ飛び散ってしまった俺の血を浴びた白色の体毛をしたコボルト達も、よくよく眺めてみると灰色がかっていたり所々に黒色の体毛が混ざっていたり小さな差異が個性を生み出していた。

 その中にあってぴょこんと立った耳の先端ともっふもふの尻尾の先だけ筆の毛先を墨に浸したように藍色になっている個体がリーダーであるらしいことがわかってきた。そもそも、ひとりだけ簡素ながら足軽のような甲冑を身にまとっているのだ。

 腰に刃物らしき物も差しており、アッシュパンサーというバケモノから目を離さずに柄を握りしめながら仲間達の言葉に耳を傾けていた。

「とりあえず、そこの人間殿を避難させるのじゃ。逃げたところでコヤツの興味が我らが村に向かえば壊滅的な被害は免れん。拙者が囮となって御山に向かわせるしかなかろう」

 命令している内容に反して、非常にかわいらしい赤ちゃん声。無理に威厳を出そうと頑張ってるのかな? と、彼も場違いながらも妄想してしまう。


 しかし、そんなリーダーの決意に従順に従おうとする者は即座には現れなかった。

 人間殿というのが彼のことを指していることは明白で、助けてもらえるのなら素直に従うつもりなのだが襲われた際に引き倒されたまま地面に転がったまま誰も手を貸してくれる気配がない。

 なんなら、彼には目もくれず互いに視線を交し合うばかりなのだ。

 誰が避難誘導の先導者となるかで探り合っているというよりも、もっと重いものを感じる。

 そんなことを思っていると、今まで後ろの方で黙っていた人物が重くしゃがれた声を発した。

「若。その役目は年寄りがするものじゃ。それに、人間殿を避難させるのも簡単な仕事ではございますまい。それこそ、若でなければ無事に村まで戻れないやもしれません」

「ジュウベエ殿の言う通りじゃ。腕を嚙み千切られた上に、そうでなくともケガをなさっておる。ひとりでは歩くのもままならぬ様子だったではござらんか。噴火は続くことも多い。次の魔獣に備えて若がお連れするべきじゃ」

 こいつらは本当にコボルトか? と、見た目からはよくわからないが年配組の言葉を聞きながら益々状況が飲み込めなくなっていく。

 しかし、どうやら年配組の意見が大勢を占める方向に偏ったらしく、若と呼ばれたリーダーコボルトも折れかけた時だった。


 それまで動きを止めていたアッシュパンサーの目がふいに彼に向けられた。

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